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三日坊主

 ぼくに友だちができた。

 席の近くでおしゃべりしてた二人がたがいに下の名前で呼び捨てにしてて、

 一年の四月なのにもうそんな仲良くなったのかとそっちに視線を向けたら、

「~ってどう思う?」と話をふられ、そのままヌルっと会話に参加した。



永太(えいた)



 と、二人ともぼくをそう呼んでいる。


 四月の終わりごろのある日の昼休み、


「なあ、永太の中学んときの友だちって、みんなべつの高校いったん?」

「そうだよ」

「へー、さびしーなーそれ」

「でも一応、幼なじみもここに進学してて……」

「まじ? いいじゃんいいじゃん。あれ? けどそいつ、友だちじゃないのかよ」


 だまって会話をきいていたもう一人の友だちが、口をひらいた。


「カツキ。かんたんな推理(すいり)だ。『幼なじみ』と認めているのに『友だち』じゃないということは―――」

「女っ! 女だ!」


 じろっ、とまわりの女子の冷たい視線。

 それを気にせず克樹(かつき)はぼくに質問する。


「名前は?」

有末(ありすえ)っていうけど……」

「クラスは?」

「となり」と、ぼくはそっちを指でさした―――らすぐに、


「ほう、ほう」


 一目散に走っていき、口元に手をあててニヤニヤした表情でもどってきた。


「なるほど。そりゃ友だちおらんくても、平気かー。むしろお釣りがくるぐらいプラスだよな」

「カツキ」さっ、と蛍一(けいいち)がメガネの横に手をあてて言う。「へんな気は起こすなよ」

「バカ。ツレの幼なじみだぞ。そんなわけねーだろ。ただ…………」


 じーっとぼくのほうを見る。


「え? なに?」

「めっちゃおれのタイプ」


 一瞬、むかしのことを思い出した。

 小学校のときの友だちが、やけにモジモジしながら、同じような内容をぼくに言ってきたことを。

 妙な気持ちだった。

 自分じゃないのに、なんか自分がみとめられたような、そんな感覚だった。


永太(えいた)。おまえは、あの子のこと好き?」


 そうそう。

 当時もそんな質問をセットでされて……、


(元気でやってるかな、あいつ)


「べつにきらいじゃないよ」ってお茶をにごしたんだ。


 それはぼくだって考えることはある。


 ――もしかしたら気があるんじゃないか

 ――ぼくと同じ高校がよかったから、むりして勉強がんばったんじゃないか

 ――ひょっとしたらつきあえるんじゃないか


 みたいなのを。

 まあ、ありえないけどな。きっと。


 

「うわっ!」

「おっ! とと……」



 シャンプーの香り。

 目の前に、知らない女子の頭のてっぺんがあった。ちなみに先に「うわっ!」と声をあげたのがぼく。


 いまは放課後。


 教室で二人とかるくおしゃべりしたあと、帰ろうとしていたところで、いきなり校舎のカドから人が飛び出してきた。


 運動部なのか、白いジャージを着ている。ジッパーを一番上まであげて。


 夕方の赤い光が反射して、両目がキラキラ光って見えた。奥二重でくりっとした目。 


「セーフ! セフセフ! だよね?」

「え? まあ……」

「ぶつかんなくてよかったー」


 たっ、と小さくうしろにジャンプして、さっ、と長い髪に指をいれて横に流した。

 髪は、まっすぐじゃなくて少し波うっているようだ。


「じゃあね」


 たたっ、と彼女は軽快に走っていった。きれいなフォーム。


 翌日の同じ時間。



「うわっ!」

「おっ! とっ、とと、ダ、ダメだーーー!」



 どん、とみごとに激突した。

 おたがい横の半身(はんみ)がぶつかって、おたがいクルリと半回転して地面にたおれる。

 てか、たおれるってほどじゃない。シリモチみたいなもんだ。


「セーフならず……いやー、部長に注意されてたのになー」

「大丈夫?」

「あっ。いけない」しゅばっと立ち上がり、きおつけをしてペコッと頭をさげた。「前方不注意でした! ごめんなさい」

「いや……それはぼくも、おたがいさまだから」

「んーん、こんな出会い(がしら)にダッシュでこられたら反応できないよ。って、あれれ?」


 おでこに片手をかざした。西日がまぶしいらしい。


「昨日の人かな?」

「昨日の人だよ」


 じつは、わざとだった。

 もしかしたら、こうなるんじゃないかって思ってたんだ。

 ぶつかりが知り合うきっかけなんて、

 ベタもベタすぎだけど。


「部活?」

「えっ? ああ、うん。そだよ」うすく笑顔をつくって、ぼくにバイバイのように手をふった……「じゃあね」……と思ったらほんとにバイバイだった。

 現実はこんなものだよな。

 ぼくがもっとイケメンなら、ここから自己紹介の流れになってた……か?


(そんなこと考えてどうする)


 もってるカードで勝負だろう、自分。

 あーあ、とため息とともにズボンについたほこりをはらっていると、



「おーい」



 ききなれた声が背後から。


「……なんだノアか」

「ノアよ」


 今度はぼくがひたいに手をかざす番だった。

 幼なじみが太陽を背負っていて、めっちゃ逆光。


「……」

「無言で鼻をおさえるなよ。もうあんなことしないよ」

「なにしてんの?」

「帰るとこだけど」


 そ、とつぶやいて、やっと両手の鼻ガードを解除。

 しかしいったん下げた手をまた上げて口元をかくした。


「さっ、さがしてたとかじゃないからね!! ……たまたま、あなたを見かけただけなんだから……」

「なんでアセってるんだ?」

「アセってません!」


 はぁ、と目をつむって息をはく。

 横顔を向けながら、そっけない感じでノアは口をひらく。


「もう部活きめた?」

「いや、ぼくは帰宅部」

「えー」

「ノアは?」

「またソフトテニスかなって感じ」


 中学のとき、ノアはけっこう部活で活躍していた。

 全校集会で賞状をもらってたこともあるし、他校の生徒から《疾風のアリス》って異名で呼ばれてたとかなんとか……まあそれは冗談だろうけど。


 その日、ぼくたちはべつべつに帰宅した。


 そして次の日―――



「……」

「……」



 放課後。昨日と同じ場所にぼくはいた。

 今日は少し、空はくもっている。


「ぶつかる気だった?」

「はい」

「な……なんで?」

「知り合いになりたかったから」

「あ、そうなんだ……。私、いそがしいから、ごめんね!」


 鼻の先にチョップの手をあてて、彼女は走り去っていった。

 相変わらずいい走り方だ。長い髪をなびかせて、体の上下動(じょうげどう)がほとんどない。


 そこからぼくはがんばった。

 ときにはイヤそうな顔を向けられ、ときにはフル無視もされたが、とにかく……



「キミ、名前なんていうの?」



 自己紹介までこぎつけたんだ。

 季節は梅雨が明けるころで、ぼくは夏服、彼女は白Tシャツの服装に変わっていた。


高泊(たかどまり)っていいます」

「へー、なにげに珍名(ちんめい)さんだね。わた――」ぶんぶんと彼女はあわてて手をふった。「いやなんでもない。私はひかり。ひかりって呼んでいーよ」

「あの……」

「ん?」

「上の名前は……」

「ごめん! 部活もどるね。じゃね」


 初速の風圧に、たっぷりシャンプーのいい香りがまじっていた。

 夏もすぐなのにあの長い髪はまとめないんだろうか?

 そう思っていたら、ちゃんと理由があった。


「ジョイナーって知ってる?」

「いや、ちょっと知らない。誰?」

「足めっちゃ速い人。その人がこんな感じの髪でさ、トラックをファーッって走ってたから、あこがれてるんだ」


 季節は秋になっていた。

 そのころにはもう彼女のフルネームはわかっていて、


 早足(はやあし)ひかり、という。


 どうもこの名字はあまり知られたくなかったらしい。


「はずかしいじゃん。こんな名前で足おそかったらさー。だから私、すっっっごく努力したんだよ?」


 負けず嫌いというより、名前負けしたくないと理由でがんばったみたいだ。

 朝はやく起きて、家の近所を走るとか、そういうことをつづけて。

 気がつけばいつのまにか――――



「これが勲章(くんしょう)。現時点のね」



 中学の全国大会で一位になってもらった、メダルの写真をスマホでみせてもらった。


 と、このころには、ぼくたちはいっしょに下校する仲になっている。


 季節は真冬だった。


「なれるかなぁ……永太(えいた)くんと同じクラスに」

「なれるといいね」


 ひかりは肩で肩を押してきた。


「気持ちがこもってないぞ?」

「そうかな……あっ!」

「えっ!?」


 ぶおん、とまあまあ至近距離をトラックが走り抜けていった。

 この、高校から駅までの最短ルートは車にのっている人も近道(抜け道?)につかっているようで、こういうことはよくある。実際、何年か前にはうちの生徒が事故にあったって先生が言ってた。


「あ……もう大丈夫だよ」


 とっさに抱き寄せたひかりの体は、思ったよりも軽かった。

 心配になるほど。

 そのしばらくあとで、



「ごめん。ごめんね」



 彼女は入院した。

 ダイエット――ひかりはかたくなに「減量」といったが――のやりすぎで、拒食症になったのが原因だった。


「ゆっくり、元気にもどればいいよ」

「うん…………」


 病床で手をつなぎ、ふたたび手をつなげたのは高二になってからだった。

 ひかりは相変わらず長い髪のままで陸上をつづけていたが、


「ダメ。なんか……短距離のタイムが、前のを維持できない。それどころか、下がっていくの」

「そうなんだ」

「あっ、いけない。こんなの、デートのときにする話じゃ、ないよね……」


 日常会話の中で、うまくいかないことをグチることが多くなった。

 ぼくもいい返答の仕方が思い浮かばなくて、



永太(えいた)にはわからないよっ!!!! 私がどれだけつらいか!」



 ある日、ついに彼女の感情は爆発した。

 二年の秋の文化祭でお祭りムードになっている校内で、ただ一人ジャージで走っているひかりに声をかけたときだった。


 泣いた。

 こどもみたいな泣き方だった。

 顔はくしゃくしゃになっていた。

「陸上やめればいい」とは言えなかった。

 それを言った瞬間、ぼくと彼女をつなぐ糸が切れると思ったからだ。



「………………私、かっこわるい。でも、これ以上かっこわるいのは、なかなかないよね!」



 そこからウソみたいにひかりは復調(ふくちょう)していく。

 自己新記録更新。大会最優秀成績。高三の高校総体も当たり前のように出場して、



「やった!」



 うれしそうに、ひかりは〈勲章〉を見せてくれた。

 スマホごしじゃなく、それを彼女の部屋で。


「…………好きだよ永太(えいた)……」


 そんな感じで、とうとう卒業式の日がきた。


(大丈夫だろうか……一応、ぼくへの引き継ぎはしておくけれど)


 手帳をパタンと閉じる。

 引き継ぎを書いたページに、しおりをはさむのも忘れない。


(なるほどな……高校最初にノアにした鼻ズボの意味は、そういうことだったか)


 さっき、ノアに告白された。

 こっちからそれらしいアクションもしなかったのに、あいつはぼくに好意をもっていたんだ。

 すなわち、高校三年間なにもしなかったら、


(ノアとくっついていたのか……しかし、それじゃあ高校からずっと出られない)


 だからこその鼻ズボ。

 いや、それでもなんでそこまでとは思っているが。


 ようするに警告か。


 そう考えれば、その意味合いと効果はたしかにあった。



「ひかり。手を」

「手? いいよ」



 春風に髪をなびかせる彼女をとなりに、ぼくは高校から早足(はやあし)で出ていった。 





 高校初日の朝からツイてない。

 寝癖(ねぐせ)はひどいし、家にスマホ忘れて定期券つかえなかったし、ほどけたスニーカーのひもをふみつけてコケるし。


「どーぞぉ!」


 あ。

 反射的に受け取ってしまった。

 駅前の広場で、ポケットティッシュみたくくばっていたから、てっきりポケットティッシュだと思ったんだけど。


 手帳だ。

 しかもずっしりくる革製。黒い色の。

 こんなのタダでもらっていいのか?


(……なんか、はさまってるな)


 しおりみたいなのが。手帳の上の部分にちょっとだけ見えている。


(なんだこれ……はっ!!!???)


「親愛なる自分へ


 まず、ページをさかのぼって『早足 ひかり』の名前をさがせ。

 すぐだ。急げ。」


 なんだこれは。

 でも自分にだけわかる、これが自分の字だって。

 何事かがさしせまって、ただごとじゃないのも。


(え、えーと、これか?)


 手帳の最初のほうに人名が列記(れっき)してある。 

 火宮(ひみや)時枝(ときえだ)とあって、

 その下に――――



 名前|早足(はやあし) ひかり 

 交際日数|3日

 破局理由|自然消滅



 あった。この人だ。早足、ってずいぶん変わった……まあほかの火宮とかもそうか。

 ぼくはふたたび、最初のしおりをはさんでいたページにもどる。


「もし彼女の名前があったら、とても残念なことだ。

 ぼくは彼女のことが心の底から好きだった。

 ほのかに想いを寄せていた、幼なじみよりも。


 長文が書ける余白はあまりないが、

 真実だけを書いておく。


 一生いっしょに生きるパートナーに

 なるのが【確定】してる相手と卒業式の日に手をつないで、

 じゃないと、その高校からは出られない。


 これがすべてだ。


 ゆえに創意工夫をもって、

 事態の解決に、あたられたし。」



 いや「あたられたし」じゃないよ自分。

 まあでも、これがせいいっぱいの、かしこまった文章なんだろうけど。



「――なお、幼なじみに鼻ズボする必要はないが、

 動向にはつねに気をくばっておくこと。」


 鼻ズボ……?

 なんだこの最後の文。わけわからないな。


(察するに、ひとつ前の〈ぼく〉はこの早足さんって人をパートナーにえらんだんだな)


 ページをもどして、彼女の名前に視線をおとす。


(その人と交際した期間が書いてある)


 でもこれ……。

 たった三日だけって、



「ぷっ」



 さすがにはやすぎだろ、と心の中でつっこんでぼくは、

 ちょっと笑った。


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