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一時停止

 この手帳は重い。

 なんでもスマホですませる世の中で、こんなものはレトロだと思うけど、いまのぼくにはこれが(たよ)りだった。


(たぶん、はじまりはちょっとした違和感からなんだろうな)


 なにかおかしいと思い、それを手帳に書き残す。

 そのうち、〈FOR YOURSELF〉のところに書かれた文字だけが、〈次〉の自分に引き継がれることを知る。

 一生いっしょのパートナーを見つけないと高校を出られない、というのがどうしてわかったのかはナゾ。


(やるしかない、ってことだけはヒシヒシ伝わるよ)


 友だちもできたし、がんばってみるか。


 ――と、



「キミ! スカートのぞいてるだろ!」



 出だしから盛大に失敗した。

 あらぬ疑いをかけられてる。


「え……いや、ちがいますよ」

「さっきもキミ、ここらへんウロウロしてた! 階段の近くをさぁ!」

「たしかに、さっきもいましたけど」


 ぐーっと、人差し指のさきで胸をおされた。


「目的は?」

「も、目的……ですか」


 やましい気持ちはまったくないんだが、 

 正直にそれを答えるのも、少しためらいがある。


 ―――出会いをさがして


 とか、ちょっとフツーじゃないよな。


「いこ!」

「わっ、ちょっ、ちょっと……」


 強引に手をひかれた。

 何事かと、ギャラリーもだんだん増えている。


「弁解は職員室でどうぞ。さあ、おとなしくしなさい!」


 おい。冗談じゃない。まずいぞこれは。

 詰む。いろいろ、おしまいになる。

 ちゃんと説明すれば、先生とかはわかってくれるはずだけど。



「ちょっとまったーーーっ!」



 ひかれてないほうの手が、いきなりひっぱられた。


「は? ……『まった』ってどういうこと」

「きいて。彼がウロウロしてたのはね、私をさがしてただけ。私も階段を上がったり下りたりしてたから、行きちがいになってたの」

「…………本当?」

「同じクラスじゃない、信じてよ」


 わかった、とため息まじりに言った。


「だがキミも疑われるようなことをしたんだ、私はあやまらないよ。キミ、この子がいて……有末(ありすえ)がいてよかったな」


 そんな捨てゼリフを残して、彼女は立ち去った。


 ふー、とノアが安心したように息をはく。


「危機一髪もいいとこじゃない。なにしてたのよあなた、あんなトコで」

「いや、あてもなくブラブラ……」

「太ももハンティングじゃないのね?」

「ヘンなこというなよ」

「あなたもあなたよ」

「なにが?」

「何もないのならキゼンとした態度とらないと。おろおろして相手のなすがままになってちゃ、やってないことで(おこ)られたりしちゃうんだから」


 また、ノアが手をひっぱる。

 ぼくは自販機の前につれていかれた。

 たん、たん、と笑顔でボタンを押すノア。

 やれやれとは思うが、あのトラブルを回避できてジュース一本ですむなら安いもんか。



「ははっ! 永太(えいた)それマジかよ!」



 翌日の昼休み。

 ぼくは昨日あったことを友だちに話した。

 一応、近くにあの人はいないか注意しながら。


「スカートねぇ……つまり、スマホで盗撮とかしてんじゃねーの、ってインネンつけてきたわけだ」

「それは重大な話だが、おれはいつだってフェアでいたい。永太は、そういう行動はしていなかったのか?」

「してないよ」

「疑ってすまん」ぽん、と蛍一(けいいち)がぼくの肩に手をおいた。「確認のために、必要な質問だった」


 廊下で三人で立って話している。

 窓があるほうを背にして、横並びで。

 克樹(かつき)がぼくに顔を向けて言った。


「ガミガミさんだよ、そりゃ」

「ガミガミ……?」

「もう一年の間じゃ有名さ。なあ、ケイイチ?」


 うむ、と無言でうなずいて、蛍一はそのあとをつづけた。


「実際、そういうことがあったときく。階段でその、ス、ス、スカートのなな中をだな……」

「あー、こいつほんと、(しも)っぽい話がダメだよな~」

「と、とにかく! そういうことをした男子生徒がつかまって、問題になった。そのとき被害にあった女子の友人が、以後、自主的にパトロールのようなことをはじめたんだ。少しでもあやしい挙動の男子には、ようしゃなく問いただすという」

「そうそう。それでガミガミさんって呼ばれるようになったってわけ」

「そうなんだ」


 いろいろ納得した。

 目的もなくうろつくように見えたぼくを、そのガミガミさんって人があやしんだって無理はない。

 もう少し、判断は慎重にしたほうがいいと思うけど。


「ちょいカワいかっただろ? めんどくさそーな性格だけど。永太(えいた)はああいうタイプ、どーよ?」

「うーん」


 ぼくはニガ笑いした。

 それよりさ、と克樹(かつき)は話題をかえる。

「地味に女装って楽しみなんだよな」と言ったのは、文化祭でやる『男女いれかえカジノ』。

 ふっ、と蛍一(けいいち)はメガネを中指で押し上げて鼻で笑っていたが、



「そんなに……見るな」



 いまは笑える余裕もなく、メガネを押し上げる指は少しふるえていた。

 文化祭当日。

 ぼくたち三人は全員、メイドさんの格好(かっこう)だ。


(やっと昼ごはんか)


 休憩時間が友だちとズレて、ぼくは一人で校内を歩いている。

 着替えたかったが、脱ぐにも着るにも時間がかかるのでそのままだ。

 長い髪のカツラはすぐとれるけど、とると不自然な感じになるのでそのままだ。



「わー……」



 ぼくの姿をみた幼なじみは、言葉を失ってしまった。


「いや何かいえよ」

「かわいいといえば、かわいいような、そうでもないような……」

「べつにぼくは、かわいくなくてもいいよ」

「あ。でも溶け込み具合はバツグン! メイド服じゃなくてふつうの女の子の服着てたら、あなたって気づかないかも」

「ほめてるのかそれ?」

「今から食事?」

「ああ」


 と、流れでノアと昼食をとった。

 三年生がだしてる店の、オムそば。

 二人で同じものを食べた。


「じゃあね」


 手をふってノアは行った。

 一人になったぼくは、なるべく人の目がないほうへ移動する。

 あいつのクラスの出し物は、たしか『脱出ゲーム』だったな。

 時間があったら行って……


(ん?)


 なんか今、聞き覚えのある声がきこえたぞ。



「キミ、しつこいなぁ!」

「しつこいじゃねーよ、てめー」



 あまり使われてなさそうな倉庫の壁に、女子が背中をつけ、男子がその正面にいる。大柄な体格で、服装は私服のようだ。

 トラブル?

 もしあの女子が大声で人を呼んでも、だれかが来るまでは時間がかかる、それぐらい人気(ひとけ)のない場所。


(あれ―――ガミガミさんじゃないか)


 もしかして、とモメてる理由を予想したら、そのとおりだった。


「おまえのせいで高校やめることになったんだよ。どーしてくれるんだ」

「あのさ……もろ逆恨(さかうら)みじゃない。友だちが性被害にあってても、見逃せっていうわけ?」

「う、うるせーよ。性被害とか大げさなんだよ。おれはな―――」

「あの子は被害届もださず、警察沙汰にはならなかった。学校からの処分も停学で、やめたのは完全にそっちの意志でしょうが」

「てめー」


 男がズボンのポケットに手をいれた。

 やばい。

 考えるより先に、体が動いて―――



「あー! こんなとこにいたのかー! すぐそこで先生が呼んでるよー!」



 かなりの棒読みで言った。

 男がぎょっとした目でメイド服のぼくを見る。

 そして、ちっ、と舌打ちして、


(行ったか。よかった)


 女の子だけが残った。


「キミは」

「大丈夫?」

「え? あ、うん、平気……」


 セーラー服のスカーフごしに自分の胸に手をあてた。


「助けて、くれたんだね」

「まあ、なんかズボンから出しそうだったから」

「あのさ、あの人は」


 前に蛍一(けいいち)が説明してくれたとおりだった。

 階段でそういうことをして、つかまえた男子生徒だと彼女はいう。


「正直、わるいと思う気持ちもあって……」

「どうして?」

「見なかったフリしたら、友だちは知らないままで、彼もふつうに卒業までできたのかな、って」

「……」

「でもやっぱり、私は正しかったと思ってる。それで、もう同じような人をだしたくないから――」


 ガミガミさんとあだ名されるような、チェックがきびしい人になったのか。

 まめに階段を見張っていたのは、予防して、

 かりにだれかが何かしても、できれば先生におこられる程度ですませたい、

 というのが彼女の(しん)の狙いだったらしい。


「ねえメイドのキミ、名前、おしえてよ」

「ぼく? ぼくは高泊(たかどまり)

「ふふっ。あまり縁起よくない名前かもね」

「なんで?」

「とまる、って前に進めないみたいじゃない」

「そんなことないよ。ぼくはこの名前、気に入ってるし」 

「私も気に入ってるよ、自分の名前」


 さーっと風がふいて、彼女の髪がゆれた。

 毛先が少し外にハネたような肩までの髪。


「私は……」


 ◆


 手帳をひらいて、ぼんやり(なが)めている。

 一ページ目の、最初にある名前。



 名前|火宮(ひみや) 十和(とわ) 

 交際日数|1632日

 破局理由|すれちがい



 ここにはおそらく、卒業式の日に手をつないで学校からいっしょに出ていった人が記入されているんだと思う。

 この火宮(ひみや)って人と出会えて、つきあえた〈ぼく〉は、きっとがんばったんだろう。

 手がかりもないまま手さぐりで努力したんだ。


 もしかしたら、棚からボタ餅みたいな感じで、幸運が手伝ってのことかもしれない。


 しかしそれでも、

 すごいことだ。


 この成功例――高校を出るという意味では失敗だが――があるからこそ、あとにつづくぼくたちも、

 自分もできると考えて、行動して、結果をだした。


 なのにぼくは……



(ノア。どこに行ったんだ)



 一歩も前に進めなくなって、その場に()まっていた。


「なあカツキ、きいてくれよ。ぼくにはノアっていう幼なじみがいて」

「え? おお……またその(はなし)すんのか永太(えいた)

「部活はソフトテニス部に入ってて、性格は明るくて、勉強は苦手で」

「はは。いーよな。おれも頭ん中に、おれ好みのかわいい幼なじみがほしいぜ!」


 気をつかわれてるのがわかって、ぼくは「ごめん」とあやまった。

 でも、こうやってときどきノアのことをだれかに話していないと、不安なんだ。


 あいつが消えそうな気がして。


 いまこの世界にノアはいない。


 いるのは、ぼくの中にだけだ。


 そして、その幼なじみとの思い出すらも、ゆっくり忘れていっているような感じがしている。

 とくになぜか、中学生のあたりが思い出しづらい。去年はぼくもあいつも中学生だったのに。



(ぼくは、もうダメかもしれないな)



 とてもじゃないが一生いっしょの相手をさがそうという気分にはなれない。


 ノアを忘れないようにするのでせいいっぱいで。


 (とど)まるだけで。


 高校から出られない?


 べつに、それもいいんじゃないか?


 ここでずーっと終わらない学校生活を、

 すごすことになったって。



永太(えいた)



 蛍一(けいいち)が無表情でそこに立っていた。


「話がある。きてくれ」


 教室で帰ろうとしていたぼくにそう声をかけ、蛍一は早歩きでどこかへ向かう。


(なんなんだ? わざわざ……教室で言えばいいのに)


 校内の(はず)れのほうまで来た。

 そばには、むかし使用していたという古びた焼却炉がある。


「なあケイイチ、どうしたんだいったい?」

「もう一学期も終わるな」


 意外なことを口にする。


「そう、だね……」

「おまえはずっと、いもしない幼なじみのことを話していた」

「……」

「はっきり言って、カツキのやつはあきれてる。おれだってそうだ。おまえは、どういうつもりなんだ?」


 キラッ、と彼のメガネが夕日を反射した。

 ぼくより背が高く、見下ろすような角度。


「あんなのただの冗談……くだらない作り話だよ。ぼくには、幼なじみはいない―――それが事実なんだから」

永太(えいた)

「気にさわるなら、二度としないから。ごめん」

「ああ。まったく気にさわって、しょうがない」


 目にもとまらぬはやさで、



(……えっ!?)



 ぼくは平手打ちされた。


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