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不完全花

 ぼくには秘密の趣味がある。

 ジグソーパズル。

 それも三千ピースぐらいの、大きいやつだ。

 それ専用のテーブルを部屋において、スキマ時間にちょっとずつ進めていく。

 ちょっとずつ、ってのがいい。

 だんだん完成に近づいているのが実感できて、いい気持ちになれるんだ。



「わ。新しいヤツじゃん。おに、先週ピラミッドとスフィンクスのを完成させたばっかりじゃなかった?」



 と言いつつ、手でピースをごそごそしている妹。

 中学二年で明るくて真面目な性格。

 しかしタマにキズなのは、


「あのな太依(たい)。百歩ゆずってぼくが不在のときに部屋に入るのはいいけど、そのジグソーにはさわらないでくれよ」

「ふぇっ?」

「とぼけるなよ。おまえ、前のピラミッドのあれも三分の一ぐらい勝手にハメただろ」


 部屋への不法侵入だ。

 これがあるから、部屋におちおちヘンなものを置けない。


 ぶー、と声と表情で不満をあらわにして出ていく妹。


 さあ、さっそくと思うが、


(じつはパズルどころじゃないんだよな……)


 高校一年生ももう終わりかけているのに、

 いまだにぼくは目的がさだまっていない。



「おーいおーい」



 メトロノームのようにゆれる白い手袋。

 毛先がかすかにゆれる黒いボブカット。


「ノアか」

「ノアよ……って、さっむーーー!」

「まあ、冬だからな」

「うわ、そのコメントっていかにも男の子って感じがした。いま、すっっっごくあなたに男を感じた!」

「おい……大きい声でヘンなこというなよ。誤解されるだろ」

「こういうときはね、『そうだね、さむいよね』でいいの。まず共感なの。わかってほしいのよ。もっといえば、べつにさむいことをアピールしたいわけじゃなくて、これは大切なコミニュケーションなんだから」 

「コミュな」

「え? なにが?」

「コミニュ、じゃなく、コミュニ。テストのときは、つづりまちがうなよ」


 白い手袋がぼくを指さした。


「そーいうとこ!」


 はいはい、とぼくはかるく受け流す。

 ぼくもこまかいことを言うつもりはないが、ノアはむかしからケアレスミスが多い。

 漢字とが英語とか、だいたい合ってるのに一部分だけまちがえて、点数を下げるんだ。


(ほんと、ラッキーだったよな。エンピツ回して入試突破……。そんなにムリしていっしょの高校―――)


 あれ?

 なんか、おかしい感じがした。

 一瞬の違和感だったけど。

 なんだろう……言葉にしにくいな。昨日あんまり寝れてなくて、頭が()えてないだけかな。

 となりで、まだノアのやつはブーブー言ってる。

 ぼくは「ああ」「うん」だけで、ずっとあいつのターンだ。



「まいったな~~~」



 教室に入ると、友だちの克樹(かつき)がニヤニヤしながらこっちにきた。


「どうしたんだ?」

「おれ、甘いのニガテなんだよな~。でも、わりー気はしねーっつーかさ」


 手にもっているのは、赤い紙と白いリボンで包装された正方形の物体。


「中に連絡先とかあんだろーな。ああ、(なや)ましいぜ!」

「……さっきから、なんの話?」

「おいおい永太(えいた)、そーいうスカした態度とりたくなるのもわかっけどよ」


 サッ、とスマホをだして画面をこっちに向け、日付のところを指でちょんちょんとする。

 2月14日。

 あ。

 バレンタインデーだったのか。


(そんなことより、はやくなんとかしないと)   


 この高校を出る。

 さしあたり、


[すでにやったことリスト]

・夏の海辺の学習に参加した。

・ダンス部に入部した。


 このリストを()めなきゃいけないんだが、いっさい何もできていないのが現状だ。


(部活をやるタイミングも(のが)したし、ほんとどうしようかな……)


 最悪、何もできなかったごめん、と自分で自分にあやまるしかない。


 放課後になった。

 部活前のノアがふらっと教室に入ってきて、「はいこれ」と借りていた教科書を返すようにそっけなくぼくの机の上におく。

 チョコ。

 ちいさめの箱で、包装はしてない。

「ありがとう」という()もなく、あいつはすぐに教室を出ていった。


(本命じゃないだろうけど……うれしいな)


 箱には、チョコがジグソーパズルのピースのようにカットされてる写真。

 縦横三つで九ピース。ななめのラインはホワイトチョコ。

 ……けっこう()ってるな。これほんとに義理か? 



「やあ」



 校舎を出ると、声をかけられた。

 ノアと同じぐらいの身長の女子。

 だけでなく、髪型までも同じだ。


「帰るとこかい?」

「はい」


 体操服姿で、たすきがけしてる黒いケースはたぶんラケットだろう。

 この子は、ソフトテニス部でノアとダブルスを組んでいる。

 花輪(はなわ)さんだ。

 いつか部活がないとき、三人でお好み焼きを食べにいったことがあった。


「よかったら、あげる」

「え?」

「友チョコのあまり。甘いのきらい?」

「いえ」


 帰り道。

 帰りながらもう食べていた。

 花輪さんがくれたチョコクッキー。

 気になるのは、その袋の中に、



 @hanawa_yura



 というメモが入っていたこと。

 これ―――どうやらインスタっぽいな。

 そういえば、やってるっていってたな、お好み焼きのときに。


(ぼくだけに……じゃないか。友チョコって言ってたしな)


 かりっ、とチョコレートのかたまりをかみつぶしたとき、

 閃光のようにアイデアがひらめいた。

 悪魔的な、おそらく、ふだんのぼくなら絶対やらない行動だ。



 ―――幼なじみの友だちに手をだす



 手をだす、とかすごくよくない表現なんだが。


(くっ。しかし、もうそれしかない気が……)


 ぼくの指はするするとスマホの画面をすべり。

 とうとうアカウントまでつくってしまった。

 こうなるとログインして、メモにあった彼女のインスタをチェックせざるをえない。


(これだ)


 自撮りみたいなのはなく、メインは花の写真のようだ。

 よしあしはよくわからないけど、とりあえず「いいね」するか。

 ハートマークをタップをくりかえす。


 すると寝る前、


(DMか? 送信者は「はなわ ゆら」)


 いいね!いいねー! とそれだけ。

 ああ、ぼくが「いいね!」したのを「いいね」っていう意味か。


(花輪さんらしいな)


 彼女はノアと同じか、それ以上に明るい性格。

 ノリがいいっていうのかな。

 というか、これは……


(DMを返すチャンス、だよな?)


 うん。

 当たって砕けろで、彼女だったら「あれは冗談」ってあとで言ってもゆるされる気がする。


 今度、二人きりで会えませんか?


 送信。

 妙にテンションが上がってる自分。

 返事は、こない。

 こないまま、二年生になった。



「やあ。やあ」



 花輪さんと同じクラスになってしまった。

 向こうは、あのDMを読んでいないかのように、ふつうに接してきた。


「ノアぴ髪、伸びたよね。私もだけど。出会ったころはショートボブだったのに、もうロングボブぐらいになってるかな」

「ダブルスって……髪型まで合わせる必要があるの?」

「あはは。それ面白いよ。『どっちがどっちかわからない』戦法? ま、でも実際、他校の子に『双子と思った』って言われたことはあってさ」

「へー」


 休み時間、こんなふうにおしゃべりすることもしばしば。

 そのせいか、周囲から「つきあってる?」っていう目で見られたりもする。


(これも……花か)


 久しぶりに彼女のインスタに写真が上がった。

 まわりは緑の葉っぱで囲まれてて、中心に白くて小さい花がある。


(キャプションには「不完全花(ふかんぜんか)」……この花の、どこが完全じゃないんだ?)


 とにかく「いいね!」しよう。


 しばらくするとDMがきた。


 予想してたのと、かなりちがう内容だった。


 ノアぴのことどう思ってるの? って。


 ぼくは正直な気持ちを返信した。


 仲の良い幼なじみだよ、と。


 そもそも、花輪(はなわ)さんと知り合ったのは、ほんの思いつきでノアの部活の試合を見に行ったときだった。

 まずかったことに、後ろ姿がノアにすごく似ていて、ぼくは気づかずに「がんばれよ」と気安く声をかけてしまった。

 おどろいたのは、その反応。

「もちろんっ!」と、見ず知らずのはずのぼくに向かって、彼女は笑顔で親指をグッと立てたんだ。


(……こないな)


 その日はメッセージは返ってこなかった。


 数日後の昼休み。


「タカっちは休みの日、なにしてるん?」

「いや、まあ、べつに」

「言えないようなことかい?」


 やや目を細めて、口元だけで笑う。

 ぼくの前の席のイスに、後ろ向きですわる彼女。背もたれの上で腕を組んでいる。下、足は―――おおらかな性格の彼女だから、きっと大きくひらいていると思う。


(言えなくもないけどさ……)


 ちょっとトラウマなんだよな。

 小学校のとき、女子にきかれて素直にこたえたら、「そんなの何が面白いの」ってストレートに否定されたから。

 以来、友だちにも秘密にしてる。ぼくの趣味を知るのは、家族以外じゃノアぐらいだろう。


「私はさ、部活がないときは自転車で遠出(とおで)して、めずらしい花をさがしにいくんだよ」

「あー、だからインスタに……」

「そうそう」

「前に不完全みたいな説明の写真があったけど」

不完全花(ふかんぜんか)でしょ? あれはね、そう言いたかっただけ。言葉の響きがカッコいいと思って」

「たしかにカッコいいね」

「あの花はドクダミで、けっこうどこにでも咲いてるよ」

「そうなんだ」

「はい。私は言ったよ。次はタカっちの番!」


 まいったな、と思ったが、こういうのはシブればシブるほどハードルが上がるもんだ。

 カンネンするしかない。


「ジ……ジグソーパズルしてる。もちろん、そればっかりじゃないけど」

「あー、いいね。私も、やろっかな」


 にこっ、と笑った。

 なんか―――ずっと体にささってた小さなトゲがとれた感覚があった。

 趣味を否定されなかった。

 たったこれだけなのに、うれしい。


(けっこう本気になりはじめてるぞ……)


「タカっち」とあだ名呼びされつづけてるせいだろうか、

 日に日に、彼女はぼくにとって身近(みぢか)で親しい存在になっていった。

 同じクラスというのも大きい。

 毎朝「おはよう」とあいさつを()わすだけでも、すこし関係が深まっているような実感がある。


(やましいことをしてる気もするけど、しょうがない)


 この手帳が証明しているんだ。

 幼なじみとは一生いっしょじゃないって。

 幼なじみと一生いっしょじゃないのは、世間ではめずらしくないどころか、きっとありふれたことだ。


 大事なのはそこじゃなく、

 一生いっしょの相手を見つけないと、高校から出ていけないという一点。


 つまりそれがある以上、

 ノアに対して、ある程度〈わりきる〉のもやむをえない。



「ど……どう? あはは。くるっと回ってみたりして」



 浴衣姿の花輪さんが、目の前でゆっくりターンした。


「よく似合ってる。黄色い色も、ぴったりだと思う」

「ありがとね」


 ぴっ、と彼女はぼくのTシャツのそでをひっぱった。


「いいね。タカっちもこの服、似合ってるよ」

「そうかな」

「うん!」


 縁日の人ごみをかきわけて、

 ぼくたちは河川敷に向かう。


(このへんがいいかな)


 適当なところでぼくが立ち止まると、


「……ノアぴ、はさ」


 また、ぼくの服のそでをひっぱる。


「仲の良い幼なじみ、なんだよね? それ以上じゃ―――ないんだよね?」 

「花輪さん」

「私たち、べつにわるいことしてるわけじゃ……ないよね?」


 花火が上がった。

 終わるまで、ずっとぼくたちは手をつないでいた。

 本当は今日、ノアもくるはずだった。三人でお祭りにいこうって約束だったんだ。

 でも、昼ぐらいにあいつから「夏カゼっぽいから」と、キャンセルの連絡がきた。


(ほんとか、ノアのやつ……)


 ひょっとして気をきかせてくれたのか?

 もちろん本当に体調をくずしてる可能性もあるけど。


 10月の修学旅行。

 ぼくは花輪さんと二人きりで自由行動をした。


 文化祭も二人で見学した。



「あれ? おに、まだパズルできてないの?」



 妹が部屋に入ってきた。


「ああ。これ、どうやら(いち)ピース足りないみたいなんだ」

「え~? 最初から中に入ってなかったのかな?」

「さあな」


 残りたった一つの、

 小さなピースがないだけで、これは永遠に完成しない。

 ずっと不完全なままだ。

 ぼくはそのパズルを、バラして箱の中にもどした。



 卒業式の日。



「ごめん。こんなところに呼び出して」



 髪が肩まで伸びた、幼なじみが目の前にいる。


「どうしても伝えておきたくて……迷惑、かもしれないんだけど」


 校舎と外壁の間のせまいスペース。

 周囲にはだれもいない。いるのは、ぼくたちだけ。


「あなたがずっと好きだったの。ずっと……たぶん、好きじゃないときなんて、なかった」

「ノア」

「これでもがんばったんだよ私……友だちを応援しなきゃって思った。でも無理、気持ちをおさえきれなかった」

「ごめん。ぼくは」

「私、もう行くね……バイバイ」


 あいつに似合わないさみしそうな表情を浮かべて、背中を向けた。

 ぼくはその場で、しばらく立っていた。

 ノアの体を追いかけたってしょうがない。心は、もう手のとどかないところにあるんだから。


(きついな……)


 このノアの告白を、ほかの高校三年をすごしたぼくは、どんな気持ちできいたんだろう。

 幼なじみが、胸に秘めていた想いを打ち明ける。

 しかしぼくは、高校を出られないからという理由で、それを正面から受け止めない。


(……)


 終わらせよう。それが、ぼくがすべきことだ。


 スマホで花輪さんに連絡した。



「タカっち」



 校門の数メートル手前に、彼女はあらわれた。

 髪は、まるでノアと合わせたように長く伸びている。  


「私でいいの?」

「えっ」

「後悔しない?」

「それは……」

「ノアぴはやっぱり知ってたみたい、私たちのこと。二年生の夏の花火のときも、仮病(けびょう)だった」

「……」

「タカっちは、本当は私よりあの子のほうが、好き―――なんでしょ?」

「……」

「そうやって何も言わないのは……よくないよ……」


 そこで、ぼくたちの話は止まってしまった。

 ついさっきのノアの言葉が、空白を埋めるように脳内で再生される。


 ――「あなたがずっと好きだったの」

 ――「あなたがずっと」

 ――「あなたが」


 ――「タカっち」


 ハッ‼ とぼくは思い当たった。

 この、ぼくの呼び方。

 おかしいとは思ってたんだ。

「あなた」と呼ぶのはおかしくない。

 だが、小さいころからいっしょにいるぼくを、下の名前やあだ名で呼ばないってことがあるか?


(思い出せ。思い出せるはずだ……絶対)


 ずいぶん長く考えこんでしまった。

 もう、目の前に花輪さんはいない。

 それでもかまわなかった。


 中学のときのあいつを強くイメージすれば……


 ひたいからツーッと下に汗が流れた。


 もう少しで―――――


 中学の制服に身をつつんだノアが、スローモーションで口をひらく。



「ターくん」



 そう、それだ!

 あいつはいつも、ぼくをそう呼んでいたじゃないか。

 なのに、どうしてこの三年間、一度も――気のせいとかじゃない、確信がある――そう呼ばなかった?


 ぼくが……「ターくん」じゃないから?

 ぼくは、だれだ?

 ぼくは有末(ありすえ)乃逢(のあ)の幼なじみじゃないのか?


 いま、自分が突拍子もないことを考えてるとは思わない。

 むしろ、この高校から出られないという奇妙な現象の核心にかぎりなく近づいている気がする。


 なじみのあだ名で呼ばれなかったのは〈ぼく〉だけなのか、それともこれまでの〈ぼく〉もなのか。

 こまかい記録はなくて知ることはできないが、今回だけが特別ではないだろう。

 基本、変化はないはずなんだ。

 ずっと同じ条件の高校三年間と考えていい。もし目だった変化とかがあれば、ぼくが必ず手帳に書き留めている。


(そう……この思いつきも、ちゃんと書いて残しておかないとな)


 しかし、どうする?

「ターくん」と呼ばれないからといって、どういう解決策があるんだ?

 呼んでくれとあいつにお願いしたって、それは上辺(うわべ)だけのことのような――― 



「おいっ! 永太(えいた)っ!!!!」



 前から、こっちに突進してくるのは克樹(かつき)だ。

 学校を出ようとする生徒にあたってつまずいて、ひざをつく。

 あわてて、ぼくは駆け寄った。


「どうしたんだよカツキ」

「はぁ、はぁ、そ、そこで交通事故……学校から駅にいく道……でけートラックがぶっつぶれてる」


 肩をかして克樹を立ち上がらせる。


「大丈夫か。たしかに大変なことだけど、そんなにあわてなくても。ケガはないようだし」

「バカ!」


 じろっ、とぼくをにらむ。

 そこで、うしろから克樹の肩に手がおかれた。


「冷静になれ……。永太(えいた)はバカじゃない」


 蛍一(けいいち)だ。


「おれから話す。いいな?」


 二人がアイコンタクトして、克樹がだまってうなずいた。


「どうしたんだ? 交通事故って」

「おまえの幼なじみの有末(ありすえ)さんが、どうやらその事故に巻き込まれているようだ」


 えっ。

 と声に出したのかどうか。


 わからない。

 気づけば、


 ぼくは全力で走り出していた。


 ◆


 高校初日の朝からツイてない。

 寝癖(ねぐせ)はひどいし、家にスマホ忘れて定期券つかえなかったし、ほどけたスニーカーのひもをふみつけてコケるし。


「どーぞぉ!」


 あ。

 反射的に受け取ってしまった。

 駅前の広場で、ポケットティッシュみたくくばっていたから、てっきりポケットティッシュだと思ったんだけど。


 手帳だ。

 しかもずっしりくる革製。黒い色の。

 こんなのタダでもらっていいのか?


(……なんか、はさまってるな)


 しおりみたいなのが。手帳の上の部分にちょっとだけ見えている。


(なんだこれ……はっ!!!???)


「親愛なる自分へ


 まず、ページをさかのぼって『花輪(はなわ) 有良(ゆら)』の名前をさがせ。

 彼女はどんなことだって、「いいね」といってくれた。

 それがうれしくて、また心強(こころづよ)くもあった。ぼくも同じように彼女のことを受け入れたつもりだ。


 でもただひとつだけ、たぶん否定されることがあって、

 そのひとつは、ぼくがぼくである以上、切っても切りはなせない部分だから、自分じゃどうしようもない。


 ありえない仮定だけど、

 もしぼくに幼なじみがいなければ―――いや、ここまででやめておく。


 がんばってくれ、ぼく。はやく高校を出ろ。」


 どことなく切羽詰(せっぱつ)まっているような文面だった。

 なお、書かれていた名前は、どこをさがしてもなかった。


 それより、


(おい。もう遅刻するぞ。なにやってんだ、あいつ)


 駅前でギリギリまでまっているが、まだノアは姿を見せない。


 高校初日から欠席?


 どうしたんだろう。


(あっ。スマホの連絡先も消えてる。もしかしてブロックとかか? いや、まさか)


 帰宅して、そわそわした気持ちでリビングにいると、妹があらわれた。

 お気に入りの、クマの耳つきのこげ茶色のパーカーに、黒い短パン。

 一直線にソファにすわるぼくのほうへ来る。


「おに。どうだった高校? 楽しくやれそ?」

「あ、ああ……まあな。でも今日、ノアのやつが学校休んでてさ。連絡もとれないんだ。おまえ、なにか知らないか?」


 口の下に人差し指の先をあてて「?」という表情で首をかしげる。

 しばらく無言で考えていたが、


「だれそれ?」

「おいおい太依(たい)。そういうの、あまりよくない冗談だぞ」

「そんなマジになんなくても……わからないものは、わからないよぉ~。ノアってだれ?」


 まったく、しょうがない妹だな。

 だが、こんな(わる)ふざけにもきちんとつきあってやるのが、いい兄貴ってもんだろう。


「よしわかった。じゃあ教えてやるよ。ノアっていうのは同じマンションに住んでるぼくの幼なじみで、おまえもよく遊んでもらって、今でもたまにいっしょに出かけたり……って、もうこれぐらいでいいか?」

「うーん……」むずかしそうな顔でつむっていた目を、急にパッとひらいた。「あ! そっか! そういうアレか!」

「アレ?」

「イマジナリー幼なじみみたいなやつ! おにだけに見えてる、って設定の女の子なんだね、そのノアって子は」


 妹は、わりと真面目な性格で、しっかり者だ。

 だから、こんなにしつこくボケてくるなんてことはあまりないんだが……。


 これは、妹以外にも確認をとる必要があるな。


 夕食のとき、親にたずねてみた。

 結果は「知らない」。

 逆に、ぼくのメンタルをひどく心配されてしまった。どうにか、つくり笑いでごまかしてやりすごしたが。


 夕食のあと、


(こうなったらもう、直接あいつの家にいくしかない!)


 マンションのエレベーターに乗った。

 はげしい運動はしてないのに、さっきからずっと心臓がどきどきしている。

 

(ここだ)


 ドアの前に立った。

 インターホンのボタンを押す。

 あれ?

 なんか手ごたえがないな。音が鳴ってる感じというか……。

 ちょっと失礼かもしれないが、数回、連続して押した。

 中からの、応答はない。

 だれかがいるような、生活してる気配もない。


(そんなバカな‼ ここはあいつの―――あいつの……)


 冷たいドアに手をついた。


 小さいころ、

 公園で遊んだあと、みんなでこの玄関の前までくるのが決まりだった。

 ノアのお母さんとノア、ぼくのお母さんとぼく。

 なんとなく照れくさくて、ぼくは「バイバイ」と大きな声でいう。

 そこに、同じようにノアの大声の「バイバイ」がぴったり重なって、

 みんなで笑ったことがあったな。


 最後にもう一度、無反応のインターホンを押した。



(ノア…………)



 バイバイもいわずに、おまえはどこに行ったんだ?


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