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10/13

半信半疑

 いきなり彼女ができた。

 ぼくは一年生で、まだ一学期も終わってないのに。

 これは、たのしい高校生活になりそうな予感。



 ――「私を彼女に……してくれますか?」



 これに対して「うん」って言ったんだから、まちがいないだろう。

 勝手な思いこみや妄想じゃなく、また「ぼくたちつきあってるのかな?」と疑う余地すらない。


「なあ永太(えいた)よぉ……、おまえ昨日、駅前で女子と腕組んでなかったか?」


 月曜日の昼休み。

 先日梅雨が明けて、来週から期末テストがある、そんな季節。

 当然、ぼくたちはみんな涼しげな半袖の夏服を着ている。


「あー、それはたぶんぼくだと思うけど」

「あのくっつき具合……友だちじゃねーよな?」

「まあ、そうだよ」

「つきあってんのか?」


 まあね、と返事すると、


(あれ?)


 あんまりいいリアクションじゃなかった。

 友だちの克樹(かつき)は急にだまって、ぼくから目をそらした。


「よかったな」


 ぽん、とぼくの肩に手をおいたのは蛍一(けいいち)

 おしゃべりの雑音が多い教室でも、よくとおって聞き取りやすいいい声だ。

 手をおいたまま、克樹(かつき)のほうに顔を向ける。


「カツキ。おまえは永太(えいた)に恋人ができたのに、うれしくないのか?」

「いや、なんつーか……風のウワサっつーか……あ、いやいや、なんでもねぇ! シンプルにダチとしてうれしいぜ!」


 と言って、ばんばんとぼくの背中をたたいたが、

 なんとなく歯にモノがつまってるような、ヘンな感じはあった。


(もしかして、ぼくが先に彼女ができたのがイヤなのかな?)


 しかしあれは、自分でもおどろくスピード感だった。

 一目(ひとめ)ぼれとか運命的とかそういうレベルの。


 梅雨のある雨がふる日―――――


(あの子、ずっといるな)


 忘れ物を思い出して教室にもどり、そこで克樹(かつき)に声をかけられてしばらくおしゃべりして、

 玄関前にもどっても、まだそこにいた。


 浮かない表情でドアの外をみてる。

 ドアはガラスばりで、ところどころ、雨のしずくが流れ落ちていた。

 手に()げているのはスクールバッグだけ。

 どうやら傘をもっていないようだ。それで、下校できずに立ちつくしているのだろう。


(でも、ぼくには関係ないか)


 ―――と、思ったにちがいない。

 もしぼくが、この特殊な条件を満たさないと出られない高校にいなかったら、きっとこう考えてスルーしていた。



「あ、あの……」

「はい?」



 顔をこっちに向けた。

 どこか中学生にもみえる、あどけない印象の顔だ。体格は小柄で、髪型は、おかっぱ。


「よかったらこの傘、つかいます?」

「えっ」

「ぼくはバッグの中に、折り畳みのやつがあるんで」


 感謝された。

 何度も頭を下げて、彼女は雨の中にでていく。


(あれ?)


 いや……見返りを求めるわけじゃないが、意味がなかったか?

 これはただの〈人助け〉で、恋愛とかにつながらなくないか?

 もっといえば、たんにかっこつけただけの自己満じゃないか?


(ミスったのかな……ま、何かにつながると思って前向きにいこう)


 大雨の中、傘ナシでダッシュ。

 すると、



「そんな……」



 駅の改札口にさっきのあの子がいた。

 おどろいた表情で、口元を両手でおおう。

 ずぶぬれのぼくの姿ですべてを察したらしく、


「ご……ごめんなさい。私のために」

「いいよ。大丈夫だから」


 ハンカチでぼくの顔をふいてくれる彼女の目は、涙ぐんでいた。

 セーラー服の組章(くみしょう)で、この子は同じ一年だとわかる。


 お礼がしたい、と彼女は言う。

 ぼくはことわったんだが、あまりの勢いに押し切られてしまった。

 さっそくその週の日曜日、二人で出かけることになった。



「好きなものをたのんでくださいね」



 おしゃれな喫茶店だった。

 そして、「私がお支払いしますから」と彼女は話す。

 が、そんなにガツガツ食べるのもわるいので、ふつうの値段のサンドイッチだけにした。


「…………やさしいんですね。私のために、ひかえめな注文にして下さって」


 その選択が、また彼女の心に響いたようで、

 そこから先、日曜日は彼女とすごす日になった。



永太(えいた)さん、ってお呼びしていい?」



 彼女の名前は須藤(すとう)さん。

 向こうははやくも名前呼びをはじめたが、ぼくはまだ名字にさんづけで呼んでいる。

 たぶん三回目に顔を合わせたときだと思うが、


 ――「私を彼女に……してくれますか?」


 と、ある意味告白っぽいことを口にした。

 内心、びっくりの展開の速さだったが、ぼくはなるべく表情に出ないようにクールに「うん」と返答。


(もしかして出会えたのか――?)


 一生いっしょの相手に。

 そんなことを抜きにしても、かなりテンションが上がる。

 いや、彼女ができて浮かれない男子高校生なんて、そうはいないはずだ。



「あ……また来てる」



 テスト終わりの日曜日。

 唐突に須藤(すとう)さんが気になることをつぶやいた。


「え? なに? 来てる?」

「ほら、あそこです。うしろの、自動販売機のところ。かくれるようにしてるでしょう?」


 なんだ? と疑問に思いながら、ぼくはそこに視線を向けた。

 がさっ、と夏場に見かけるアレのように、その黒い人影は瞬時に身をかくした。


「お気づきでした? あの人、前回のときもいたんです。いやになりますね……」

「あの人? キミが知ってる人なの?」


 ええ、と彼女はうなずいた。

 中学の時のクラスメイトで、どうやら須藤(すとう)さんに執着――早い話がストーカーみたいなこと――をしているらしい。

 男子ではなく女子。


「しつこいんだから。私がいくら『やめて』といっても、まるで無視なんですよ」

「そうなんだ」


 クールに聞き流す。

 しかし、心中はおだやかじゃなかった。

 そんなこと現実にあるんだ、っていう衝撃。

 しかも……こう、なんていうか、突出した美人って子でもなく、きわめてふつうの女の子なのに。


(デートを監視するのは、ただごとじゃないよな)


 いつか、なんとかしないといけないだろう。そう思っていた。

 そこへ、


(うっ……!)


 脅迫状がとどいた。

 机の中にあった紙には「須藤に近づくな。まだ間に合う」と書かれていた。

 ちがう日、またとどいた。まったく同じ文面だった。


(これはちょっと……シャレになってないな)


 先生に相談するか?

 それだと、大人を巻きこんでけっこうガチになるな。

 まさかネットでさわがれるとかは、ないと思うけど。


(よし!)


 ぼくは決意した。

 真っ正面から立ち向かおう。この状況に。

 次の日曜日だ。そこで、どうにかして須藤さんにつきまとってる人をつかまえて、まずは話をしてみよう。



「夏休みどっか行く~~~~?」



 終業式の帰り道。

 これからストーカーと対峙しようっていうぼくの気持ちなんていざ知らず、幼なじみはのんきに言った。


「いつもどおりだな。親の帰省が旅行を兼ねてるって感じの」

「はぁ~、じゃあまた同じお土産かー」

「なんで買ってくるのは決まってるんだよ」


 にっ、とノアは口をとじたまま笑う。


「信じてるからね? ちゃんと買ってきてよ?」

「はいはい」


 夏休みに入った。

 だが今は夏をエンジョイって気分じゃない。



「本気……ですか? あぶないですよ。あの子……スタンガンとかもってたりしますし」

「スタンガン!?」



 それはマジで冗談じゃない。

 やばすぎるだろ。

 須藤(すとう)さんはおかっぱの髪を、ゆっくりした指の動きで耳にかきあげた。


「あの子……前にも言いましたが中学のときのクラスメイトで、彼女はクラスで孤立してたんです。それで、私がやさしくしたものですから……」

「ああ」


 ぼくは彼女の言葉をさえぎった。


「いいよ。どうせいつか、ちゃんと話をしないといけないんだ。須藤(すとう)さんが危険な目にあうことはないから、ぼく一人でいってくるよ」


 はっ、と短く息をすう音がきこえた。

 胸を両手でおさえて、どこか熱のこもった目でぼくを見てる。

 また、彼女の好感度が上がるようなことを、口にしてしまったのだろうか。


(あそこだな)


 ショッピングモールのフードコート。

 トイレに行くフリをして、ぼくはいったん須藤さんからはなれた。

 遠くに、ノースリーブの服にスカートの彼女がテーブル席にすわっている。

 その場所と、今のぼくの位置とで三角形をえがけるような点のところに、


(いたぞ)


 あやしい人影を発見した。

 柱のそばに立って、須藤さんのほうの様子をうかがっている。ぼくには気づいていない。

 ゆっくり、さりげなく近づいていく。

 日曜のお昼どきでかなり人が多いから、おそらく大丈夫。


 そのとき、


(あっ!!!??)


 しまった。

 須藤(すとう)さんがぼくを心配して向けた視線の先を彼女に追われて、こっちに気づかれてしまった。

 目が合う。

 キャップを目深(まぶか)にかぶっていてマスクもしてて、どんな顔かわからない。

 逃げる。

 迷いがない。

 ぼくも必死にあとを追ったが、


(くっそー……)


 ダメだった。



永太(えいた)さん!」



 ぜいぜい息を切らすぼくに、彼女が駆け寄ってくる。

 いつかのように、ハンカチでぼくの汗まみれの顔を(ぬぐ)ってくれた。

 そのあとは、いつものようにデートをつづけた。


 別れる前、


「あの……ひとつだけ、おたずねしたいことが……」


 申し訳なさそうな感じで、須藤(すとう)さんが切り出した。


「なに?」

「終業式の日なんですけど、永太さん、だれかといっしょにお帰りになってました?」 


 だれか? ときかれて記憶をたどってみると、にっ、と陽気に笑う幼なじみの顔がすぐに思い浮かんだ。


「ああ。あの子は、ぼくの幼なじみだよ」

「そう……なんですか」

「それがどうかした?」


 いえべつに、とつぶやいたところで発車のベルが鳴り、彼女は電車に乗りこんだ。


 秋になった。


 ぼくはとうとう、彼女の部屋に招かれることになった。



「あの……」



 クッションにすわっているぼくの手に、手をのせてきた。

 ばくん、と心臓が大きく高鳴ったのを感じる。


(一応、心の準備みたいなのはしてきたけど―――)


 いざとなるとビビッてしまう。

 ぼくはそーっと手の位置をかえて、接触を回避した。


「ごめんなさい」

「あ、いや、ぜんぜん」

「私のこと、きらいにならないで下さい」


 そう言う須藤(すとう)さんの瞳はうるんでいた。 

 出会ったときより、日に日に大人っぽくなっている気がする。

 おかっぱの頭には、パーマなのか、ゆらっとした〈くねり〉ができている。最初はストレートだった。


 夕方ごろになって、


「あっ、こんな時間、そろそろお母さんが……」

「じゃあ、帰るよ」

「はい。二人っきりでたくさんおしゃべりできて、たのしかったです」


 きわめて健全な時間をすごしたぼくは、帰路についた。

 意外に、彼女はホラーなマンガやダークな映画が好きだということがわかった。

 会話の引き出しが少ないぼくは、つい幼なじみのことを話してしまう瞬間があった。

 それはよくなかったな、と歩きながら反省した。


(いっそのこと、ノアと仲良くなってくれるといいんだけど)


 それより不気味なのはあの人か。

 最近はデートを尾行してくるのはやめたようだが、不安のタネはつきない。


 冬になった。


 なんだかノアの元気がない。


「おはよー」

「ノアか」

「ノアよー」

「おい、まだ寝ボケてるのか。しっかりしろよ」

「あー、学校いきたくないなぁ~」


 耳を疑うようなセリフだった。

 こいつは確実に、家で一人ごろごろするより学校でみんなといるほうが好きなタイプ。

 げんに小・中とノアは無遅刻無欠席……いや、遅刻は何回かあった気がするな。


「どうしたんだよ」

「私……イジメられてるかもしれなくて」

「おまえが?」

「無視とかじゃないんだけど、ときどき身の回りのものがなくなったりするの」

「え?」

「でね、タチがわるいことに、いつのまにかシレっと元どおりに返却してるのよ」 


 ふう、とノアはでかいため息をはく。

 カンちがいじゃないのか、とぼくが言っても、ちがうちがうと否定する。

 ナーバス、ってやつなのかな。

 ちょっと元気づけてやらないと。


「ところでノア。面白いことがあったんだ」

「…………どんな?」

「この前、友だちと遊んだときさ」

「うん」

「カツキの家に行ったんだけど、あいつだけすぐ部屋着に着替えたんだよ」

「へー」

「脱いだやつそのままにしてて、そのときベルトがズボンから抜けて」

「うん」

「しばらくゲームとかして、カツキがちらっと床においたままのベルトを見たときさ、『ヘビだー!』って飛び上がったんだ」

「あはは! それほんと?」


 よかった。笑顔だ。

 これで少しは明るい気分になったかな。

 もしノアの持ち物がなくなったりもどったりがつづくようなら、ぼくが力になってやるか。


「あ……なんか」

「どうしたんだ?」

「流れでそのまま、いっしょに登校しちゃってるね」


 たしかに。男女ペアで横にならんで、学校の正門をくぐったな。

 たいしたことはないと思うが。ぼくたちは幼なじみなんだし。


 その日の放課後。


須藤(すとう)さんからライン?)


「永太くん」

「私、あなたが好き」

「好き、すごく好き」

「ねえ」

「愛してるっていって」


 日ごろ送られてくるものに似ているが、

 なんとなく、おかしな感じがする。

 ぼくの指先は、なぜか少しふるえていた。


「どうしたの?」

「ぼくも好きだから、心配しなくていいよ」


「私、不安になったの」

「あなたを信じたいのに」

「お願い。ちゃんと、私だけを愛してるって」

「いわなきゃ」


 そこからメッセージはこない。

 なんだ? いったい?


 胸さわぎがして、とりあえず教室を出た。

 となりのクラスにはノアがいる。

 あいつの席の位置は知ってるから、中をのぞいてみ―――


(ノアはいないけど、机の中に手をいれてる女子がいるぞ……)


 だれだろう。同じクラスの子かな。

 机から手をはなし、こっちに歩いてくる。

 長い髪の、頭がよさそうな顔の女の子だ。

 と、


「……!!!!」

(えっ、なんで!!?)


 ぼくと目があった瞬間、すごいはやさで横に動いた。

 この体の動き、走り方には見おぼえがある。

 ぼくは追いかけた。


(っ! 今度こそ!)


 スカートの走りにくさがあったのだろうか、

 それほど追いかけっこにならず、階段の手前で手首をつかむことができた。


「はなして!」

「おちついてくれ」


 息がととのうのをまって、ぼくは質問した。


「キミは……須藤(すとう)さんとのデートにあらわれたあの人なのか?」

「……」

「どうしてぼくたちにつきまとうんだ。それに関係ない、ノアまで巻きこんで……」


 ここでぼくは「ぼくはおかしなことを言ってる」と思った。

 この人が、ノアにいやがらせする理由はなんだ?

 ノアとぼくのつながりを切ったところで、須藤(すとう)さんと切ることにはならない。

 ぼくの近くにいるからといっても、克樹(かつき)蛍一(けいいち)は何もされていない。

 この人が、ぼくを好きならわからなくはないが、そんなはずはない。


(もしかして、とんでもない思いちがいをしていた―――)


 その疑惑は、彼女の一言で消し飛んだ。



「私は須藤(すとう)の友だち。彼女が暴走しないか心配だったの」



 ふーっと長く息をはきだす。


「さっきだって、須藤が盗んでかくした彼女の持ち物を、私がもどしにいってあげてたのよ」

「キミは……」

「敵じゃない。もちろん、そっちが思ってるようなストーカーでもないから」

「いや、ぼくに脅迫状みたいなやつを……友だちだったらあんなことは書かないだろ?」

「あれはね、あなたが幼なじみととっくにつきあってると思ってたの。須藤(すとう)とは二股で、つまり『遊んでる』んじゃないかと思ってて」

「ほんとに?」


 きっ、とつよい目をぼくに向ける。


「それより、あなたの幼なじみはどこ? あの子とはすれちがっていつも会えなくて……」

「ノアのことか? 部活がない日だったら、下校してると思う」

須藤(すとう)からコンタクトは?」

 

 数秒まよったが、ぼくはスマホのラインの画面をそのまま見せた。


「やばい。これ、かなりやばいよ」

「えっ」

「あの子は直接暴力はふるったりしない。そのかわり、心の底から邪魔だと思った相手には」

「……どうするんだ?」


 階段から落とす、と冷たい声で口にした。

 背筋に悪寒がはしる。


「走って!」


 全力疾走。スクバも学校に置いてきた。

 気にしすぎ、ならいいんだけど。


 駅までの道に、あいつはいなかった。

 改札も。

 この駅は、いちど階段を上がって、ホームに下りるタイプ。


(あ!)


 つきあたりにいるのは、

 横向きで階段を下りようとする幼なじみと、

 そのうしろに、

 肩に手をかけようとしている――ように見える、


 須藤(すとう)さん。



「ノアっ!!!」

「えっ? な、なに!?」



 ボブカットの髪がふわりと舞って、あいつの顔がこっちに向いた。

 うしろの彼女も。

 その表情は―――


(あれは、いったいどういう気持ちなんだ。おこってるような、でも、かなしんでるような……)


 言語化できない。


 その日を(さかい)に、彼女との交際はなくなった。

 スマホでもリアルでも、一切のやりとりが絶えてしまったんだ。 


 それが須藤さんとのすべてで、

 そこから先の高校生活、予想もしなかったことになる。



「いつのまにこんな関係になったのかな」



 デートを尾行していた(と誤解していた)彼女との付き合いが深まった。

 須藤(すとう)さんを心配する彼女に対し、相談にのったり同情したりしているうちに、そうなったようだ。

 ぼくたちの親密さはスロープのような坂じゃなく、階段のように、ある時期に一気に上昇、また上昇というのをくりかえした。

 須藤さんをダシにした、といわれればそれは否定できない。ぼくがいまだに罪悪感を感じている点でもある。



「風が、気持ちいいね」



 長い髪に桜の花びらがついた。


 とってあげようとする()もなく、彼女は花びらを自分でとった。


 指でつまんで、フッと息を吹いて飛ばし、

 そのまま手をぼくのほうへ伸ばしてきた。


「ショックだっただろうけど、須藤(すとう)はもう立ち直ってる。私も、そろそろ自分のことを考えないとね」

御守(みもり)さん」

「いえ、私たちも、だったかな?」

「うん」


 ぼくは彼女の手をにぎる。

 くすっ、と彼女は微笑んだ。

 今日は卒業式。

 ぼくはぼくなりに、高校を出るためにがんばれたはずだ。須藤さんのことは、残念に思うけど……。

 けど、幼なじみをキズつけようとした彼女のことは、やっぱりゆるせない。



「ゆ る せ な い」



 そう、そんな気持ち―――って、あれ?


「なにか言った?」

「私? ううん、言ってないよ」


永太(えいた)くん」


 静かな声だった。

 こどもに絵本を読んで聞かせるような。


「どうして、あなたたちが、いっしょにいるの」

「!」


 ふりかえって、そこにいたのは須藤(すとう)さんだった。


「ねえ、どうして。ねえ」


 おかっぱの前髪が長くのびて、両目にカゲがかかっているように見える。

 一歩、一歩、地面をふみしめるようにしてこっちへ来る。


「永太くん!」

「え……ちょっ」


 ぎゅっと手をにぎったまま、御守さんが学校から出ようと走り出した。

 すぐそこには校門がある。

 肩ごしにうしろをみると、



(あ―――――)



 ぼくらが出会った日と同じまなざしで、

 浮かない表情でこっちをみつめて立つ、


 彼女がいた。


 ◆


 高校初日の朝からツイてない。

 寝癖(ねぐせ)はひどいし、家にスマホ忘れて定期券つかえなかったし、ほどけたスニーカーのひもをふみつけてコケるし。


「どーぞぉ!」


 あ。

 反射的に受け取ってしまった。

 駅前の広場で、ポケットティッシュみたくくばっていたから、てっきりポケットティッシュだと思ったんだけど。


 手帳だ。

 しかもずっしりくる革製。黒い色の。

 こんなのタダでもらっていいのか?


(……なんか、はさまってるな)


 しおりみたいなのが。手帳の上の部分にちょっとだけ見えている。


(なんだこれ……はっ!!!???)


「親愛なる自分へ


 まず、ページをさかのぼって『御守(みもり) (ひとみ)』の名前をさがせ。

 あってもなくてもいい。あってほしいが、あるのがこわいような気もする。

 ぼくがすごした三年間は、ちょっとホラーだったかもしれない。

 いいか。

 彼女の名前があった場合は、その【破局理由】に注目するんだ。

 おそらく、平凡なそれではないだろう。

 もしかしたら、暴力的な表現をともなっている可能性もある。

 ゆえに、確認にはじゅうぶん慎重になることをおすすめする。


 すくなくとも〈今〉はやめておけ。

 そろそろノアがあらわれるから。」


 …………なんだ?

 なんか、すでに寒気がするほどこわいんだが。

 しかし、すごく興味がわいてきた。


「おーい」

「えっ!? ああ、ノアか」

「ノアだけど……どうしたの?」

「いや……」

「あーっ! いまバッグになにかかくした! エッチなやつでしょー!」


 大声をだされたせいで、いっせいに注目を浴びてしまった。

 本当に、今日はツイてない。


(さて―――)


 まちにまったこの瞬間。

 今日はこのことだけを考えていたといってもいい。

 ひとつ前のぼくがあれだけ書いているんだ。きっとふつうの【破局理由】じゃないんだろう。


(まさか……殺人……なんてことはないだろうな)


 こわいけど、こわいものみたさという感情は確かに存在する。

 よし。

 い、いくか。

 高校一年生の初日が終わり、

 明るくした自分の部屋で、テーブルの上においた手帳を手にとった。



 名前|御守(みもり) (ひとみ) 

 交際日数|99日

 破局理由|?


 これ……は、

 うそだろ?

 信じて期待してたのに、

 肝心(かんじん)のところが、



「……ハテナってなんだよ!」



 ぼくはその手帳をベッドにおもいきり投げつけた。

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