表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/13

比翼連理

 高校初日の朝からツイてない。

 寝癖(ねぐせ)はひどいし、家にスマホ忘れて定期券つかえなかったし、ほどけたスニーカーのひもをふみつけてコケるし。


「どーぞぉ!」


 あ。

 反射的に受け取ってしまった。

 駅前の広場で、ポケットティッシュみたくくばっていたから、てっきりポケットティッシュだと思ったんだけど。


 手帳だ。

 しかもずっしりくる革製。黒い色の。

 こんなのタダでもらっていいのか?


「あの、これ……」


 ふりかえったが、もうだれもいなかった。

 だれも。

 あれ?

 おかしいな、たしかにここに、水色のスーツを着たOLさんぽい人がいたのに。

 あの若くて足がキレーでアヒル(ぐち)がかわいい女の人はどこにいった?


 ―――ま、いっか。


 これでツイてないのが、少しは帳消しになったんじゃないか?


 どれどれ中身は…………


(?)


 名前|火宮(ひみや) 十和(とわ) 

 交際日数|1632日

 破局理由|すれちがい



 名前|時枝(ときえだ) なる

 交際日数|366日

 破局理由|浮気



 ……そんな一ページ目だった。下に、まだ何人かは記入できる余白がある。

 人の手書きじゃない。なんか印刷された文字みたいだ。

 なんだろこれ。

 パラパラめくるも、あとはずっと真っ白なページがつづくだけ。


「おーい」

「えっ?」

「わ! なーにその寝癖は~。ネコミミみたいになってるじゃない」

「なんだノアか」

「ノアよ」


 ぼくのそっけない名前の呼びかけに、同じトーンのそっけなさで返してくる。

 有末(ありすえ)乃逢(のあ)

 同じマンションに住んでる、むかしからの幼なじみだ。


「手にもってんの何? 手帳?」

「まあな」


 ぼくはそれをほこらしげに、片手で天高くかかげた。


「買ったの? それとも入学祝い?」

「いや。知らない人からもらった」


 むぅ、とノアがくちをトガらせた。

 ぼくを疑ってるときはいつもこうするんだ。


「どうしてそんなウソつくわけぇ?」

「そっちこそ、どうしてウソだって決めつけるんだよ」

「だってそれ、お父さんがつかってるのより()いやつそうだよ? タダってありえないよ」

「事実は事実」


 ぼくは幼なじみの顔先数センチに手帳をつきつけた。


「なんだったら、おまえにやるよ」

「え、まじ!!??」


 一気に機嫌が良くなったのが、この反応でわかった。

 ノアはこんなふうに、わかりやすい。


「なんかヘンな名前が書かれてるし、微妙に使用感があるんだよな」


 パラリとめくって、さっき見たページをしめす。


「な?」

「………………どこに書いてんの?」


 ん?

 これは一体……。

 白紙だ。なにも書かれてない。


「はー、いいかげんにしてよ。朝っぱらからもう……」


 首をふるふるふって、早歩きでさっさと行ってしまった。

 てか、あいつ髪切ってたな。もっと長かったのに、なんだか丸っこい形の――ああ、あれボブカットっていうんだっけ。

 心機一転ってやつ?

 中学のときは成績がパッとしなくて、入試もギリだったらしいしな。


(エンピツ回してラッキーで合格したとか言ってたけど、そもそも、ムリしてこの高校にしなくてよかったんじゃないのか?)


 ぼくは手帳をスクバにしまった。



 ―――そして一年たち……



「ねえ! 今日いっしょに登校しよ? 私、ウワサになっても平気だから!」


 二年がすぎ……「じつはね、この高校えらんだの、あなたが進学するからだったの……えへへ、とうとう言っちゃった!」


 月日はあっというまに流れ、ついに卒業式の朝をむかえる。

 駅前の広場に立ち、すう、と胸に大きく息をすいこんだ。


(いやー、最高の三年間だったなー。まさか幼なじみのあいつが彼女になるなんて、思いもしなかったけど。たしか、高校初日はめっちゃツイてなくて―――)


 はっ!

 ぼくはあることに思い当たり、スクバの底まで手をつっこんで、ゴソゴソあさった。

 あった。

 この手帳。


(結局、一度もつかわなかったな)


 まあスマホがあるしな。それもそうだろ。


(……)


 しまおうとした刹那(せつな)、なにやら言いがたい感情にとらわれた。

 ひらけ、と言われているような気がしたんだ。


(……やっぱり、あるぞ)


 なぜかノアに見せたときには消えていた、二人の女の子らしき人の名前。


火宮(ひみや)? そういえば、どこかでそんな名前の女子がいたような……。もう一人のほうは、ぜんぜん出会ってないな)


 このまま最後まで見ていくと、


〈FOR YOURSELF〉


 と一番上に書かれたページにきた。

 なんか書いてある。手書きだ。ぼくの筆跡に似ている。

 いやちがう。これはぼくだ。まぎれもなくぼくの字だ。


「親愛なる自分へ


 たぶんこれを読んでいるのは

 卒業式の日だろう。


 きっとそのはずだ。


 落ちついて聞け、ぼく。

 キミが三年間かよったあの高校は、

 とんでもない高校だった。


 とんでもないなんてもんじゃない。


 アリ地獄……いやシンプルに地獄。


 こう言われても、ピンとこないか。


 結論から言う。


 一生いっしょに生きるパートナーに

 なるのが【確定】してる相手と手をつないで、

 じゃないと、その高校からは出られない。


 この条件を満たせていない場合、

 ふたたび三年間をやりなおすことになる


 何度でも何度でも、はてしなく何度でも」


 そこでぼくはハッと顔を上げた。

 意味もなく、まわりを見わたし、

 もう一度手帳に視線を落とす。


「前回のぼく(キミからは前々回のぼく)は時枝(ときえだ)さんとつきあうところまでいって、

 それで気がゆるんだのだろう。次にバトンをつなぐことができなかった。


 だから、ある意味ぜんふ最初からになるが、ゆるせ。

 このスペースに記入して〈次〉の自分にとどく内容は、ひとつ前の自分が書いたものだけだ。

 この見開きの左のページがそう。右には、今のぼくつまりキミが書き残せる。


 このリレーが大事だったんだが……

 つまり結果を引き継ぐことがただひとつの希望なんだが、しくじった。


 もう時間がない。


 卒業式の日の駅前にいる時刻と、

 手帳をひらいた時刻、

 そこに読書速度を考え合わせれば、


 そろそろ幼なじみのノアが、キミの肩をたたくはずだ。


 ぼくよ。

 ぼくを信じて、あきらめず、未来のぼくへこう書いておけ―――――」


「おっはよー!」

「うわっ!」


 あはは、とおかしそうに笑っているのはノア。

 もう幼なじみ以上の関係になった女の子だ。


「どしたの? いっしょにガッコいこ?」

「あ、ああ……」


 当たり前のようにノアはぼくと手をつないだ。


 そして式がはじまり、式が終わって、

 最後に教室でのなんやかんやがあり、


「あーあ、高校生活も今日で最後だね」


 さ……と風がとおってノアの髪をゆらす。


「この制服ともおわかれか」


 セーラー服のグレーのスカーフを指でピッとひっぱる。

 三年の間に髪をのばして、今では毛先がスカーフを追い越していた。


「このあとなんかある?」

「え?」

「クラスの集まりみたいなやつ」

「あ、ああ、あるようなないような……そんなの、どうでもいいような……」

「じゃ、二人でいよっか? ね? そうしようよ!」


 ノアがぼくの手をとった。


(なんなんだ一生いっしょの相手と手をつないで……っていうのは)


 でも。

 いけるんじゃないか、これ。

 今のぼくたちは、まちがいなく気持ちが通じ合ってる。


「なあノア。あのさ」

「何?」

「ぼくはおまえのことが好きだ。世界一。この想いはずっと変わらない」

「えー、ちょっと」ほっぺに片手をあてた。ものすごくうれしそうだ。「いきなりそんなこと……」 

「おまえは、どうだ? ぼくを」

「うん。好きだよ」

「変わらないで、いてくれるか?」

「もちろん!」

「ほんとか?」


 ぼくはノアの手をつよくにぎった。


「ほんとに信じて……いいんだな?」

「いいよ。私たち、気心の知れた幼なじみじゃない。ぜーーーーったい、裏切らないから! もしそんなことがあったら、私にどんなことしたっていい。それぐらい本気だよ!」


 ぼくはうなずいた。

 ぼくたちは手をつないだまま、正門から、学校の外へ・・・・・出た。



 高校初日の朝からツイてない。

 寝癖(ねぐせ)はひどいし、家にスマホ忘れて定期券つかえなかったし、ほどけたスニーカーのひもをふみつけてコケるし。


「どーぞぉ!」


 あ。

 反射的に受け取ってしまった。

 駅前の広場で、ポケットティッシュみたくくばっていたから、てっきりポケットティッシュだと思ったんだけど。


 手帳だ。

 しかもずっしりくる革製。黒い色の。

 こんなのタダでもらっていいのか?


(……なんか、はさまってるな)


 しおりみたいなのが。手帳の上の部分にちょっとだけ見えている。


「!!!!! こ、これは……」


 信じられない。

 そこに書かれていたのは、明確にぼくの字だった。

 さらに信じられないのは、その内容。


 ぼくに〈これ〉をやれっていうのか?

 ぼくの未来のために?


 そして文章はこうしめくくられていた。

 ――「しおりはバトン。最終日、必ずこれをこのページにはさんでおくこと。さもないと、未来の自分がのこしたメモに卒業式の日まで気づけない。」


(健闘をいのる、だって? なんだよこれは。まるでヒトゴトみたいに……)


「おーい」

「えっ!!??」

「……どうしたの、そんなにおどろいて。てか、寝癖もひどいじゃない」

「な、なんだノアか」

「ノアよ」

「……」

「?」

「あのな、ノア」

「なに?」

「あの……」

「ん?」

「う……うぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」


 ぼくは決断して行動した。

 すぽっ、という音がしたかのように、

 二本の指は二つの穴にジャストフィット。


 ぼくの人差し指と中指の指先が、

 ノアの顔の出っ張ったところの空気の吸い口をふさぐ。


「な……」


 指のハラはこっちに向いていて、つまり、自分で自分にピースしてみせているような状態。

 すばやいアッパーのような軌道で、

 我ながらみごとな腕前だった。


「なにしとんじゃぁぁぁコラぁあああああっ!!!!!」

「ぶっ!!!」


 反撃もみごとだった。

 ものすごい威力だった。

 ぼくはビンタではり飛ばされた。男子なのに、女子にブたれて地面にノックダウン。


「バカっ!」


 捨てゼリフをはいてノアは歩いていく。


 目の前に、黒い手帳が落ちている。


 ぼくの知らないぼくの書いた字が、そこにはあった。


「高校初日の朝に、

 鼻ズボで幼なじみに徹底的に嫌われろ

 そこからがスタートだ。

 ぼくが高校から出るための。」


 だが、これでよかったんだろうか?

 べつのやりかたはなかったのか?

 ノアと仲良くなることが、なぜそんなにダメなのか?


(……フにおちないな)


 まったく。

 記憶を持ち越せないのに、何度も高校生をやってるなんていわれても、まるで実感がない。

 ただ、手帳に書かれていることが本当なら、永久にぼくは高校生のままってことだ。


 だったらぼくは自分を信じよう。


(さて)


 教室で席についてじっと考える。

 これは、むずかしい問題だ。

 ようするに「一生いっしょ」にすごすパートナーをさがせってことだが、

 ぼくにはこれまでの記憶がないから、だれに目星をつけて、その結果がどうだったのかがまったくわからない。

 ていうかまず、ぼくはモテないからな。かなしい事実だが。


(はー…………)


 おでこに手をあてて首をふった。

 この状況、どうやらヒントをもらえたりだれかが助けてくれたりっていうことはなさそうだ。


 すなわち―――

 たよれるのは〈自分〉だけ。


「……」


 高校初日の帰り道。

 ふと背後に気配を感じてふりかえると、


「なんだノアか」

「…………ノアよ」


 ぶすっとした表情の幼なじみがいた。


「……ほんと信じらんない」と、鼻をさする。「痛かったんだからね」

「ごめん」

「なんであんなことしたの? ただのイタズラ?」

「まあ、そう、だよ」

「はぁ……」ノアはため息をつく。「せっかく同じ高校になれたのに」

「せっかく?」


 ノアはいきなり背中を向けた。

 紺色のセーラー服のえりの下から、スカーフの三角がわずかにのぞいている。


「私、かえる」

「ああ」

「ついてこないでよ!」

「いや、しょうがないだろ。同じマンションなんだから」


 他人に見えるぐらいはなれて歩き、ぼくたちは帰宅した。


(この手帳のこと、相談してみるか?)


 あっ。

 まてよ。

 そうか、そういうことか。

 ぼくはたぶんすでに、ノアと手をつないで学校を出ようとしたんだ。

 でもダメだった――だから〈今〉がある……。


 けど、それだけだったら鼻に指つっこむ必要ないよな。


「徹底的に嫌われろ」というのは一体――? 


「ねえ、きてるんだけど。エレベーター」

「え?」

「乗んないんなら、しめちゃうよ」

「あ……いいよ。先いってくれ」


 ゆっくりとドアが横にスライドしてしまる。

 ぼくはその場に立っていた。

 そのまま階数の表示をながめる。【8】のところでとまった。あいつが住んでるフロアだ。

 そしてカウントダウンしながら、エレベーターは一階にもどってきてる。


(…………幼なじみ、か)


 ちん、と音が鳴って、ドアがスライドした。


 まだぼくはそこにぼーっとつっ立っていた。


 きょうだいみたいに育ってきた関係のノアと、

 ずっといっしょにいられないことがわかって、

 ちょっと動揺してるなんて、



「ばあっ!!!!」

「うわっ!!!」

「あはは! お返しお返し! ざまーみろなんだから!」



 エレベーターからビックリ箱みたいに飛び出してきたこいつには、

 とても言えない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ