宇宙人、もにゃぷす
「俺がたらこパスタで、荒木がカツカレー。透馬はオムライスにハンバーグトッピングで」
「それだけでいいの?」
注文を受けた母さんが、しゅんと寂しそうな顔をした。
「あ、あとでデザートも食べたいです!」
すかさず荒木が挙手をして、笑顔の戻った母さんは、うきうきと厨房へ消えていった。
「ありがと荒木」
「いや、こっちがゴチになるんだけどね」
「いいんだよ。あの人たちの趣味なんだから」
「じゃ遠慮なく~」
右目に眼帯を付けた荒木が、にへっと愛嬌のある笑顔になって、俺も釣られて頬が上がった。
新年を迎えると、こうして息子の友人にランチを振舞うのがうちの両親のきまり事だ。
若者を腹いっぱいにすると、なんらかの快感が得られるんだと思う。今年は健介たちが来なくて物足りなさそうにしていたから、荒木が察してくれてよかった。
「いやーそれにしても、マジでアイキが来たとはなぁ」
テーブルに置いたスマホに人差し指を滑らせながら荒木が言った。そこには例の記事が表示されている。
「そーなんだよね。俺も知らなかったけど」
俺がさらりと嘘をつくと、
「てかなんで聡太郎じゃないわけ? アイキは聡太郎に会いたいって言ってたじゃん」と疑問が荒木の口から投げられた。
目の痛みで眼科にかかってから来た荒木は、このやり取りがすでに既出であることを知らない。荒木の横で映画の広報誌を熱心に黙読している透馬を見ながら、俺はさっき透馬に返したのとは違う言い回しを素早く脳内で組み立てた。
「ただのバイトにアイドルは会わせらんないだろ。隠し撮りとかされちゃうかもしんないしさ」
すると荒木はムッとした顔になって、「聡太郎はそんなことしないだろ!」と、これまた透馬と同じ返事をくれる。
「まあはっきりとは言われないよ。未成年だからねって」
「あ~、そういうこと?」
荒木の表情筋があっさりと解けたのを見て、俺は少し驚いてしまった。これも透馬と同じ反応だったからだ。
未成年っていうのは、つまりは不信頼ってことなんだから、やっぱりむっとすべきだと思うんだけど、どうやらこの冠は、俺たちに色んなことを諦めさせる魔法の飾りとして馴染んでしまっているらしい。今の荒木のように、「じゃあしょうがないか」が反射に似たスピードでやってくる。こんなにも従順にさせられたのに、もうすぐ終わるっていうんだから怖いものだ。
「顔出しで載るのは俺も嫌かな」
無口だった透馬がぽつっと、俺が荒木が居ない間に言ったことを繰り返してくれた。
「あー、アイキの書き込みの時もみんなうるさかったしな」
頷いた荒木の目がお冷に落ちる。
嘘が通ったことにホッとしつつ水を口に含んでいると、テーブルに置いた自分のスマホに通知が灯る。そこに『健介』の名前を見つけて、俺はうんざりしてスマホを裏返した。
年明けに記事が映画のサイトにアップされてほどなく、俺のスマホにいくつか連絡が入った。内容はもちろん、「お前はアイキに会ったのか?」だ。
俺はその全てに今の嘘で応対した。みんなも二人と同様すぐに納得してくれたのに、健介だけがこうしてしぶとく追撃してくる。というのも、どうやら最近付き合い始めた彼女がアイキのグループのファンらしく、「アイキは律義な人だから、真心に何もないなんてのは絶対にありえない」と譲らないらしい。知らんがな。
付き合いたての彼女に逆らえないのか、健介からのメッセージにはおざなりさが滲んでいて、俺も同じ嘘を返すしかないから、まるで意味のないやり取りが繰り返されている。
実を言えば、贈り物はあった。
サイン入りの最新アルバムをなんと従業員全員分。当然これには箝口令が敷かれ、SNSに載せるのも転売も不可。
アイナさんは、「承認欲求満たすのに使えるアイテム」と悪魔のような顔をしていたけど、すぐに高橋さんに釘を刺されていた。
そしてさらに言うと、俺には手紙もあった。アイキからだ。
内容は、俺が真心として映画視聴の促進に一役買ったことに対しての感謝。それから、軽はずみに『会いたい』と投稿したことの謝罪と、会えなくて残念に思っているということ、そして俺の勉強と労働の両立をねぎらってくれ、これからも頑張ってくださいという言葉で締めくくられていた。
とても丁寧で、字も綺麗だった。忙しいだろうにわざわざ手紙なんて。健介の彼女の言う通り、律義な人なのかもしれない。
「なーこの二人が持ってるやつって、スタッフによる制作って書いてあるけどほんと?」
いつの間にか透馬にくっついて広報誌を覗いていた荒木が、眼帯の紐が掛かる耳を気にしながら紙面を指さす。
開かれたB4サイズの見開き。そこにアイキと支配人が笑顔で並んでいた。
いつもと違う髪型の支配人は、プロの技でくたびれた様子もなく、むしろ少し若く見えるほどだ。そして二人の間には、バスケットボールほどの大きさのハートの形のしめ飾り。
「それさ、実は作ったの兄ちゃんたちなんだ」
嘘の合間に事実をいれると嘘がバレないらしいけど、それはそれで緊張する。
「そうなの?」
「ほら、店のドアにも飾ってあるだろ? あれも兄ちゃんたちでさ」
「あ、あったな!」
「事務所にも作ってくれたんだよね。それを良く出来てるからって支配人が」
「えっ勝手にアイキにあげちゃったってこと!?」
驚いて声を上げた荒木につられて、俺の目も丸くなる。
「いや! えと、まあ事後報告だったけど、みんな喜んでたよ! 俺もちょっと手伝ったから、一応これで『アイキの真心』をアイキに返すって形になって、ちょうど良かったなって」
「はー」
とぼけた声を出す荒木から目を逸らし、俺は広報誌に目を落とした。
しめ飾りをハートにするために、中にワイヤーを入れた。縄目にはピンクとオレンジの組紐と三つ編みにした藁を編み込んでいる。
沢木くんが水引で結んだ『真心』と、ミツルくんが描いた映画のマスコットキャラクターも添えられて、よもや男だけで作ったとは思えないほどの可愛らしい仕上がりだ。
「俺がやったのは藁をたくさん三つ編みにしたくらいなんだけどね」
「すごくいいよ、可愛い」
透馬が言って、荒木が大仰に頷く。
「男が作ったとは思えない」
俺は小さく噴き出して、お冷を口に含んだ。
このプレゼントについてはアイナさんたちにも同じ話を伝えた。あれを社員の誰かが作ったとするには、それほど器用な人が見当たらなかったし、なにより添えられたマスコットキャラクターを見れば、彼女たちには誰の絵か分かってしまう。
もしもあれがしめ飾りじゃなかったら、どういう嘘になっただろう。とにかく、一つの嘘を成り立たせるには、たくさんの人に嘘が必要になると学んだ。心苦しいし、煩わしい。
俺があの時ヒナに折れてアイキに律のことを訊ねていたら、やっぱりアイキは嘘を吐かなくちゃならなかったんだろうな。迷惑になっただろう。支配人が押し切ってくれて助かった。
「真心、返しちゃったんだね」
ぽつりと透馬が言って、俺はもう一つ嘘を吐かなくてはならなくなった。
「元々貰ってないんだけどね」
「おまたせ~!」
再登場した母さんが、湯気の上がるカツカレーと、ハンバーグの載ったオムライスを運んできた。
「うまそ~!」
「で、これが聡太郎のたらこのパスタね」
「ありがと」
父さんもやって来て、サラダとスープをテーブルに並べていく。
「二人ともあけましておめでとう。もう五日だけど」
「あけましておめでとうございます! 今年もご馳走様です!」
「いっぱい食べてってね!」
「いただきまーす!!」
嬉しそうにする両親を見送って、三人でカトラリーに手を伸ばす。
「やっぱここのカツカレーうめえ~! な、聡太郎のパスタひと口くれ!」
「うん。透馬もパスタいる?」
「食べる」
しばし食事に気を取られる間が空いて、残り数口となったところで、出し抜けに透馬が口を開いた。
「ねえ、あのハチワレパンダのポストカードって、なんであそこに飾ってあるの?」
ギク。
「ほんとだ、なんか額縁がすげえ」
二人の視線が揃って俺の背面に注がれている。
「か、可愛かったから……」
じいちゃんが趣味で作った鶴と亀が彫り上げられた額縁。縁起がいいかなと思ってあれにしたんだけど、さすがに仰々しかったか。
「俺もポストカードセット買ったけど、あれが一番好き」
「あ、いいよね~」
下手くそなセリフみたいな声が出て、頬がびりびりする。
実を言うと、あのポストカードもアイキから貰ったものだ。
ハートのしめ飾りが俺からのプレゼントだと聞いたアイキが、売り場にあったポストカードにメッセージを書いてくれた。
『君の真心をどうもありがとう! とても可愛い! 大切にするね!』
俺はミツルくんの提案に乗って、『アイキの真心』を当人に返したつもりだった。ファンが作り出したこの不思議な繋がりを終わりにするために。近江さんにもそう伝えたけど、アイキは『君の真心』と、わざわざ書いてよこした。
「つまり、返したつもりが交換って形にされたわけだ」
支配人に言われて胸がぎゅっとなった。
だってこれで俺はこの先ずうっと、テレビに映るどの芸能人よりもアイキのことを少しだけ身近に感じてしまう。なんなら積極的に視聴するかも。雑誌の表紙になっていたら手に取ってめくってしまうかも。コラボグッズを買ってしまうかもしれない。
発光して見えるほどの存在感があって、律義で筆まめ、字も綺麗。こんなアイドル人気が出るに決まってる。これからもっと有名になるに違いない。近江さんはあんな風に言ってたけど、あんなジジイの言うことは関係ない!
「あれって、もにゃぷす出てくるところだよね?」
「うんっ? うん!」
誰かを推すという気持ちをしみじみと理解している最中だった俺の声は、荒木の問いかけに見事に裏返った。
「荒木も見に行ったんだ」
「かーさんが見たいって言うからさ。まさかパンダの正体が宇宙人アイドルだったとはね~」
感心したように腕を組んだ荒木に、透馬が目を光らせて語り始めたのを見て、俺はそっと壁に飾ったポストカードに目をやった。
アイキが選んだのは、ハチワレパンダの額が割れて箔押しの光線が溢れ出しているカット。映画ではこの後、中から宇宙人『もにゃぷす』が登場する。
もにゃぷすはコスモドリアン星のアイドルで、武者修行のために降り立った地球で人気のあるパンダに扮装し、ひと目を惹くためにしていた活動が、偶然悪の組織を次々と壊滅させていく、というストーリーだ。
そしてポストカードになったシーン、クライマックスでいよいよ正体が――。
「正体と言えばさ、ちょっと聡太郎に聞きたいことがあるんだけど」
唐突に荒木が言い、食べ終わったお皿がずいとテーブルの端に寄せられて、露出した左目が俺を見た。
「え、今聞くの!?」
なにかと思う俺の向かいで透馬が声を大きくし、さらにぎょっとした顔になる。
「だって食べ終わったから」
「俺はまだ食べてる!」
「別にいいだろ。聡太郎は食べ終わってるし」
「でもまだデザートが――」
「別にそれはそれで――」
突然言い合いを始めた二人に完全に置いていかれた俺は、慌てて割って入った。
「なに? いきなり揉めないでよ」
するとそれを待っていたかのように二人がピタッと口論を止めた。そして三つの目がこっちを見る。
俺はまるでホラー映画のような気味の悪さを感じて、思わず二人から少し距離を取った。
「……な、なに?」
「あのさ」
荒木が口元に微笑みを作り、悪い話じゃないと匂わせてくる。が、隣で透馬は真面目な顔だ。
「うん……」
「実は俺たちさ、イブの日に聡太郎の家に来たんだ」
「…………」
イブ。半月も経っていないのに、年を跨いだためか、すぐに記憶を取り出せない。
沈黙する俺に、荒木が続けた。
「十時に仕事が終わるって言ってたろ? それで、俺たちサプライズで突撃しようぜってことになって」
突撃? 二人が? いや、あの日俺のところに突撃して来たのはヒナだ。それから俺を助けに来た支配人。兄ちゃん、朔くんにトオルくんに――……。
「それでさ、俺たち聞いちゃったんだんだよね。聡太郎の、告白」
「告白?」
告白ってもしかして。
「聡太郎がゲイって、あれ本当?」
やっと終わりが薄っすら見えてきた。エンディングまであと何話必要だろう。毎度ダラダラとすみません。
エンディングは決めて書いているので!!ちゃんと終わるので!!暇つぶしとして!!どうぞよろしく!!
訂正 アイキにはヒナとの一件が伝わっているのに、伝わっていないような一文が入っていたので削除しました!!




