ミツルくんの真心
クリスマスが終わって、26、27とバイトのない俺は、うちで創作活動に勤しむ兄らに囲まれていた。
「聡太郎、そこの束こっち寄せて」
「はいよ」
和室に敷き詰められた新聞紙を踏んで、藁の束を兄ちゃんの元へ運ぶ。
俺はその場にしゃがみ込んで、迷いなく藁をよっていく兄の手元を眺めた。
みんなが作っているのは、しめ飾り。売るわけでもないのに、値段の高い青色の藁を使うところに、美大生のこだわりを感じる。
どこか落ち着く香りと、乾いた繊維の立てる音。みんなでお揃いの綿入り半纏なんかを着ているもんだから、職人のような風格がにじみ出ていて面白い。
当然これは、学業には関係がない。彼らの話を聞いている限り、締め切りの近い課題もあるようだけど、思いついたことはやらずにいられない性分なのだからしょうがない。
「それ可愛い」
俺はミツルくんの手元を見て言った。
「だろ。これはどこに付けてもいいやつ」
簡素に編まれた輪に、藁が数本、女の子の前髪みたいに垂れていて、素朴なところに神聖さを感じる。
「これに、さっきそーちゃんが作ってくれた紙垂を挟んでー……完成!」
「おー」
「部屋のドアに飾んな」
「ありがとう」
渡された出来立ての輪飾りは、ミツルくんの手の温もりが残っていて、俺は特別嬉しい気持ちになった。スーパーでパッケージされたものがたくさん吊るされてあったけど、どれもこれには敵うまい。
「その余った南天も付けていい?」
「いいな、やってみ?」
小ぶりな南天の枝を貰って縄目に差し込むと、ますます愛着が湧いてくる。
「これっていつまで飾れるんだっけ」
「正月明けまでじゃないか?」
「そんなにすぐしまっちゃうのか、もったいない」
「また来年作ってやるよ」
次の輪飾りに紙垂を挟むミツルくんが、軽い調子でそう言って、俺の頬がうさぎの鼻みたいにひくひくっと震えた。
変わらない関係に、改めて幸せを感じる。ミツルくんも、向こうで熱心に組紐と向き合う沢木くんも、今日は来ていないリョーキくんも、俺になにも言わなかった。ただ、あの場に居なかったメンツがヒナのことを蒸し返そうとすると、庇ってくれた。
「できたやつ家中に飾ってこようぜ」
輪飾りを抱えて立ち上がったミツルくんに、俺は喜んで頷いた。
和室、リビング、キッチン、洗面所。
小さなフックを柱に刺して、迷うことなく家中を清めていく。結界を張っていると考えると、失われつつある童心がぐんと刺激された。
「あとは二階だな」
「うん」
ミツルくんの後について階段を上がっていると、「そういやアイキに会うのって明日だったよな?」と質問が降ってきた。
「うん。でも俺はやらないことになった」
「例のあの子のせい?」
俺はミツルくんのお尻に向かって頷いて、「代わりにうちの支配人が会うことになった」と首を竦める。
「そっかー。生アイドルの感想聞きたかったのに」
「会いにだけでも来たら? とは言われてるんだけどね」
言うと、ちょうど二階に着いたミツルくんが勢いよく振り返り、その目がきらりと輝いた。
「行けばいーじゃん!」
ずいと顔を寄せられて、階段の手摺に縋る。
「でもさ、ギリギリになって、やっぱりやれませんってなったんだよ? なのに見には来るなんて、図々しくない?」
俺はミツルくんを追い越して、自分の部屋のドアにフックを刺した。
「あの子の事、伝えてねーの?」
「それは伝えてる」
「じゃあ図々しくないだろ。もとはと言えばアイキの書き込みが原因なんだし」
「んー、それはそうなんだけど、あの子にも会わないって言ったし」
「そんなの律義に守る必要ないだろ! てか、アイキとあのおじさんが会ってもしょうがないんじゃないの?」
おじさんと呼ばれた支配人に、つい笑いが出る。
「そこは一応、未成年の俺の代わりに支配人が、という形になるから」
「ふーん」
ぽんと頭に手を置かれて、わしわしと髪を混ぜられる。俺はされるがまま、フックに南天付きのしめ飾りを掛けた。
「そりゃ見るだけなら見たいけどさ、事情を聞いたアイキが謝罪したいとか言ってるらしくて、ファンがしたことって、アイドルのせいじゃないと思うんだよ。しかもあの子はアイキのファンでもないし。真心云々もファンが言い始めたことだと思うと、これ以上よくわかんないことさせたくないなってさ」
俺が言うと、「んー、んー? うーん」と悩む声を漏らし始めたミツルくんが、頭の毛をほわほわと揺らす。
「でも、芸能人だぞ? アイキ一人じゃない。事務所の人とか、映画関係者もくるかも」
「だから?」
「色んな大人の男を見るチャンスだってこと! 知らない世界も!」
ほわほわの髪が動きを止め、ミツルくんの丸い目が俺を捉えた。
「そーちゃんの周りに、大人の男が何人いる? おじさんと、学校の先生と、バイト先に何人か? 俺らを大人の男と思うなよ? 二十歳は過ぎてても俺たちはまだ学生だし、なにより俺たちは変なんだから!」
「変?」
一体何の話が始まったんだろうと思いつつ返事を返すと、ミツルくんが「うんうん」と頭を縦に振った。
「今年も終わるっていうのに、里帰りもしないでせっせと藁編んでる。変だろ!」
自らを変だと切り捨てたミツルくんに、ますます話が見えない。
「ミツルくん、里帰りしないの?」
「うん。俺、家に居場所ねーもん」
「え……」
予期しないことを言われて、言葉に詰まった。すると、今まで見たことのない悲しい顔が、俺に笑いかけた。
「俺、小さい頃から変だったんだ。家中の物、なんでも使って工作してた。母さんのお気に入りのブラウスも、父さんの高い革靴も、姉ちゃんの漫画も。ぬいぐるみにしたり、恐竜にしたり、でっかい紙飛行機にしたり」
「そうなん?」
「もーっと色々やらかしてたよ。買ってもらったおもちゃはすぐ解体してたしさ」
「えー」
「そのうちさ、家中に鍵が付いた。部屋にも、クローゼットにも。当然だよな。俺の部屋にもついたよ。中からは開かないやつ」
驚いて、それから、廊下にジャック・オ・ランタンを放って、閉じたドアに耳を押し当てた日のことがフラッシュバックした。
「いつも閉じ込められてたわけじゃねーぞ? 本当にやらかした時だけ。父さんの貯金箱を破壊して、小銭でリビングの壁を水玉模様にしたときとか、トイレの小窓を油性ペンで塗りつぶした時とか」
「どうしようもない悪ガキだろ」と笑うミツルくんに、弱く笑い返す事しかできない。
確かに、凡人の俺には思いつかない行動だ。家族は何度頭を抱えたんだろう。でも同時に思うのは、うちの両親なら、怒らないし、困らないだろうってことだ。
「今はもう、やんないんだけどな」
アイキに会う会わないの話から、いつの間にかミツルくんの過去に飛んで、俺は廊下で立ち尽くした。兄ちゃんも、俺の知らない苦労をしていたっけ。
「……ミツルくんは、どうして色んな男を見てくるべきだと思うの?」
「だって、そーちゃん男が好きなんだろ?」
唐突に話題がそこに降り立って、心臓がぎょっと驚く。かと思うと、ミツルくんがどかっとその場に胡坐を掻いた。
「そーちゃんの日常にうろついてるのって、俺たちじゃん? それでさ、俺たちを『付き合う』って目で見てみたら、いい男なんて一人もいねーじゃんって思ったんだ」
俺は驚いていたけど、ミツルくんは口を曲げて、眉を凹ませた。
「俺も付き合ったけどさ、なんか作ってる時は、彼女のことをころっと忘れる。大事な約束も、お祝いも。怖いことに、うちの学校にはそんなやつがいっぱいいる。沢木もほぼ俺と同じだし、お前の兄貴は好意に気付きもしないクソ鈍感。リョーキは爬虫類のことしか愛してないし、トオルは顔はいいけど、二人で居ても多分つまんねえ。朔が一番まともかなとは思うけど、あいつはあいつで時々抜けてるとこあるしな。井上はキス間だから絶対ダメだし、先輩にも見当たらねえんだよ」
「……朔くんは、彼女いるけどね」
「そうだな。まあとにかく、顔がいいやつは性格もいいっていう話もあるらしいし、アイドルなんてめちゃクソ大変そうな仕事を頑張ってる男には、絶対に会ってきた方がいいって俺は思うんだよ」
「見るだけじゃ、人間性はわかんないんじゃない?」
「そうか? 仕事中が一番人間性がよく見えるって、父さんがよく言ってたけどな。やらかした俺のことを散々叱ってから、でもお前は使ったものをきちんと片付けて、ゴミも少ないところがいいって」
胡坐を揺らしてヘラヘラと笑うミツルくんに、また頬がひくひくと震えた。
確かに、変わっている。
友人の弟がゲイだと知って、自分たちを恋愛対象として眺めてみたなんて、めちゃくちゃ変だ。変で、とてもあったかい。
「ただ見に行くだけじゃなくて、他になにか目的があればいいか?」
いつもふざけてばかりのミツルくんが、とても真剣に、俺に男を見る目を養えと言っている。
こんなにあったかいのに、もう誰かの大切なものを壊したりしないのに、生まれ育った家に居場所がないなんて。俺もちょっとだけその気持ちがわかるから、今凄く胸がじわじわする。まさかミツルくんにこんな気持ちを覚える日が来るとは。
ミツルくん。ミツルくんはいい男だよ。言わないでおくけどさ。
「あ、いいこと思いついた!」
「いいこと?」
「アイキにさ、真心を返すんだよ」




