直筆
ハル様のマンションはあたしの家から1駅先にある。
しがない中学生だから、雨が降らない限りは自転車でお届けしてる。
大きな公園の近くを通るから、都心にしては緑豊かな風景だと思う。
駅前の駐輪場に自転車を停めて、ハル様のマンションから少し離れたコンビニ前に立つ。
「何してるの?」
あめるが不思議そうな顔をする。
「んー、少し待って」
スマホ画面に目を落としながら答える。
今17時ちょうどくらいだから、そろそろなはず。
少しすると目当ての人物が歩いてきたので駆け寄った。
「あっ、お姉さんお疲れ様ですー!」
「あれ、リタちゃん。今帰り?」
「はいっ!最近バイト始めたんですよー」
会話しながら、お姉さんはマンションの暗証番号を入力する。自動ドアが開く。それに続いてエントランスを抜ける。
一緒のエレベーターで私は4階、お姉さんは6階へ。
このハル様と同じマンションに住んでいるというスーパーラッキーなお姉さんは、新宿でOLをしていて、残業がない限りいつも19時頃に帰ってくる。毎週土曜日はピアノのレッスンで17時、日曜日はカフェ巡りしたりしてやっぱり17時頃には帰宅。
規則正しい生活って素晴らしいな。
「じゃあまたね」
「はい!」
笑顔で手を振ってエレベーターを降りると、あめるがすごく何かを言いたそうな顔だったけど、結局何も言ってこなかった。
いつものようにドアノブにごはんの入ったビニール袋をかけようとしたら、ハル様のお部屋のドアに何か小さい紙が貼ってある事に気付いた。
メモ帳を破ったもので、黒いボールペンで殴り書きのように文字が書かれている。
何だろうと思って顔を近付けて文字を読んだ。
『いつも食事持ってくるやつへ
もう持ってくんな 気持ち悪い』
こんな紙が貼られているのは初めてで、びっくりした。
これって、明らかにあたし宛てだよね?
「は、ハル様の直筆メモ……!」
あたし宛てって事は持ち帰っていいって事だよね!?
大切に持ち帰らないと!!
え、めっちゃ嬉しい。
「リタさん。これってストー……」
「えぇ?そんなわけないじゃん!」
ストーカーってゴミ漁ったり盗聴器仕掛けたりするんでしょ?あたしはそんな事してないもん。
明日は何を作ろうかな。モチベーション上がったから少し難しいの作ろっかな。楽しみ!
「帰ってごはん食べよっか」
幸せな気分でハル様のマンションを後にした。普通に歩いてるけど、心の中ではスキップしてる。
「……人間っておもしろ」
全然面白くなさそうな表情で、あめるは言った。