生活
「着いたよ!うち!」
「長いね」
あめるは首を限界まで上にあげて、マンションのてっぺんを見た。
エントランスにはいるとコンシェルジュのお姉さんが「おかえりなさいませ」とあたしに挨拶してきて、あめるは毛を逆立ててびっくりしていた。
「マンションなのにフロントがあるの?」
「うん、クリーニングとか荷物の預かりとかしてくれる」
「ホテルみたい」
エントランスの綺麗さで期待値が上がってしまうような気がして、これから行く部屋の散らかり具合を考えると憂鬱な気分になった。
朝は渋滞を起こすエレベーターで23階へ上がり、「ちょっと散らかってるんだけど」と言い訳しつつドアを開ける。
いろんな色のバーキン。フィリコのボトル。頭痛薬。ストッキング。靴の箱。レモンサワーの空き缶。100円ライター。充電器。クライナーの瓶。コンビニの袋。リモコン。バカラのワイングラス。ティッシュ。ヘアアイロン。バスタオル。香水。菓子パン。
床は見えない。ママが「大理石なのよ」と言っていたから多分そうなんだろう。
「窓から眺める夜景が最高」とも言っていた。洗濯物や高く積まれた靴や服の箱で外は見えないけど。
「オゥ」
あめるは外国の人みたいな反応をして、けれどもそれ以上は何も言わなかった。絶句するほどだったのかな。
散らかしたのあたしじゃないし!
「ピアスとかフツーに落ちてるから床歩かないほーがいいよ。壊すとママうるさいんだよねぇ。じゃあ片付けてよって」
「お母さんはどこにいるの?」
「さぁー?彼氏の所じゃない?滅多に帰ってこないから気楽にしていーよ」
手を洗おうと獏を肩に乗せたまま洗面所へ向かう。その過程で足元で何回かバキッという音がした。
「ごはん作るね。獏って何食べるの?」
ママは家事全般苦手だから、ごはんはいつも自分で作ってる。
リビングはご覧の有り様だけど、動画撮影もあるしキッチンは死守してる。
「今日は初めて中華に挑戦してみました〜!油淋鶏と春雨サラダを作ってこうと思います」
カメラを回しながら作業していく。
鶏肉の余分な脂肪をとって、均一な厚さになるように切り込みを入れる。フォークで何箇所か刺して、ビニール袋にお肉と調味料を入れて10分程放置。
その間に春雨サラダを作っていく。
これからは魔法の練習もあるし、忙しくなるな。動画編集作業の時間はどうやってとろう。
そう考えていたら、春雨サラダの薄焼き卵を少し焦がした。これは自分用にしよう。
お肉に味が染みてきたら、片栗粉をまぶして、多めに油を敷いたフライパンに入れる。
ジュッと良い音がして、フライパンの上で細かく油が跳ねる。
両面焼き色がついて中まで火が通ったのを確認してから、油から出す。
軽く油を切って、お皿に盛ってタレをかけたら完成!
「できました〜!」
食べてる所は後で撮るとして、一旦カメラを止める。
たまに失敗するけど、今日はおいしそうに作れた。
ママの分はラップをかけて、粗熱がとれるまで置いてから冷蔵庫。
朝、冷蔵庫からなくなっていなければそのままあたしの朝食とか昼食になる。
ママは同伴やらダイエットやらで食べない事も多いから。
ママ用とは別に、ごはんとおかずをそれぞれ使い捨ての紙容器に詰めて、ビニール袋に入れた。
「それは誰用?」
「えへへ、実はあたしハル様と同じ学校なんだよね!」
「ハルさんの正体知ってるの!?」
「あっ、これ言っちゃいけないやつだった?」
あめるの反応にドキッとする。迂闊な発言だった。
「ううん、大丈夫だけど。もう身内だし」
「よかったー」
ほっとして続けた。
「ハル様はマンションで一人暮らしされてるの。だからあたしが毎日ごはん届けに行ってるんだ」
「仲良いんだね」
「えっ!?仲良いなんてそんなおこがましいよ!」
「おこがましい?」
「これから届けに行くから、一緒に行こっ」