3話 オンリーワンの職業
私は今、自宅マンション内にあるプールで泳いでいた。
昨日は初ゲームである『アスセーナ・コンタクト』を一日中プレイしていた。ウサギ討伐からゴブリン果は巨大なゴーレムまだ戦闘していた。色々な敵と多種多様な武器を駆使して戦ったので楽しく心地良かった。
あそこまで熱中するとは自分でもびっくりしていてリアルに戻って時計を見ると深夜2時になっていた。
朱実や友達がいつもは返信が早い私からの返信がないからと1人あたり平均100件のメッセージが送られてダブルで驚いていた。
いくら母さんから夏を謳歌しなさいと言われても日々の健康のための運動は続けている。
ずっとゲーム三昧ってのも悪くはないけど調べたらVRゲームはそれを使うプレイヤー、つまり私のリアルの身体情報を正確に読み取っているらしい。リアルの自分が怠ければ正常にプレイができないと判断しゲームスタートが出来ない。なのでVRゲームをやっている人は意外と体育会系なんだと感じた。
プールから出てタオルに手を伸ばそうとした時、スマホの画面に視線を移動する。
12時のお昼時。
簡単にご飯を済ませ『アスセーナ・コンタクト』に入る準備をしていた。
今日は朱実もログインできるので一緒に狩りに行くことにする。
因みに朱実のプレイヤーネームはヴァーミ。朱は英語でヴァーミリアン。実が単語に含まれているから縮めて【ヴァーミ】にしたらしい。私も安直で考えたけど朱実も朱実で安直な考え方するんだね。
昨日のバックの鍛錬は卒業しておりいつでも出入りが可能になった。報酬として3種類の武器を貰いアクセサリーも1つ、お金も貰った。
選んだ武器種は片手剣・ナックル・ロッドにした。
【初心者の鉄剣】(アイアンソード)
【潔白の拳】(イノセントナックル)
【鉄の棍】(アイアン・ロッド)
アクセサリーは指輪だった。男性から貰う機会が多い私でも厳つい筋肉ムキムキの男性から頂くとは思わなかった。しかも指輪を手渡しではなく下投げで渡してきたのだ。
もう少し渡し方ってものがるでしょうと心で思っていたが口に出すことはしなかった。
渡されたのはオレンジ色の玉が嵌め込まれているだけの何の変哲もない指輪。
【燈の指輪】
バックの修練を卒業した証。誰かへの道標。
・5回までその場に復活できる
へぇ〜結構、良さげな性能している指輪。このゲームはプレイヤーがHPがゼロになればリスポーンを更新したベットに戻される。アイテムボックスに入っていない装備しているアイテムはプレイヤーが消滅したら、消滅した場所に置かれる。置かれて10分は所持していたプレイヤーの物。
10分を過ぎれば所有権を解除されて近くにいるプレイヤーが持っていける仕様になっている。仲間が持って帰れば何とかなるけど偶々いたプレイヤーやプレイヤーキラーと呼ばれる人達に拾われれば終わってしまう。
一応、他のプレイヤーに触らせないようなアイテムなどがあるらしいが新人である私には当然、持っていないのでバックから貰った【燈の指輪】はありがたい。
最後にベットに寝たのはバックの修練場にある簡易的なベット。もし外で私が消滅すればこの修練場に戻ってくる。
ステータス画面を確認してポイントを振り分けようか悩んでいた。
リリー 女性
種族:人間
Lv:10
HP:25
MP:20
SP:20
STR:1
AGI:1
VIT:1
DEX:1
LUK:1
職業:【 】
装備
頭:
体:【初心者の服 女】
右手:【初心者の鉄剣】
左手:
腰:【初心者のスカート 女】
足:【初心者の靴】
アクセサリー
【燈の指輪】
残っているステータスポイント:10
スキル
片手剣専用
・スラッシュハイ
・バインドハーフ
双剣専用
・ダブルハイスラッシュ
大剣専用
・憤撃
棍専用
・ライトニス
拳専用
・力崩し
盾専用
・エリアフォール
色々触ってきたことでスキルを取得できた。専用武器をしないといけないのが難点だけど戦闘もしやすくなった。バックが言うには武器スキル以外にも自身を強化できるスキルがあるがこの修練場では獲得できないと教えてくれた。ここはあくまで【無職】に武器の扱いを指導する場。
自身の強化は修練場を卒業してから自由にやれと言われた。
修練場での戦闘中はステータスをいじることはしなかったのでポイントが満タンになっている。
自分が選んだ道なので仕方ないがあれだけ頑張ったのに貰えるポイントがたったの10となると心にくるものがある。
更にどれに振るかも頭を悩ませていた。STRにすれば重量のある武器を持てる。
AGIにすれば素早さが上昇するから敵からの先制攻撃や回避に役に立つ。
VITにすれば防御力が上がるのでHPの減りも遅くなるくらいに生存率が高くなる。
DEXは命中率が上がり攻撃のクリティカル補正がかかるらしいが今はほっとこうかな。
LUKはドロップアイテム率が高くなったり状態異常回避率上昇とかあるらしい。
安定の選択肢ならSTRかAGI……こればかりは朱実に聞いてみますか
私は修練場を後にして朱実との待ち合わせにしている噴水に向かう。
噴水付近に到着すると明らかに場違い感が否めない女性が座っていた。
今私がいるのは『始まりの街』で基本は初心者くらいしかいない街。
朱色の聖騎士がこちらに気づく。
「ようこそ! アスセーナ・コンタクトへ リリー!!」
「よろしくね、ヴァーミ!」
私達は早速、フレンド登録を行い私が今抱えている現状を話した。
「初めは悩むでしょうね」
「STRかAGIにしようかなって思ったんだけどどれをあげれば良いのかさっぱりでね」
「無難ちゃあ無難だね。もし思い通りに行かなかったら3つ目の街に行っても良いかな」
「どうして?」
「3つ目の街には職業を変更したりスキルの調整やステータスの再振り分けが可能なの」
3つ目の街は別名:商業の街と呼ばれており初期職業を変更したり新たな職業を選ぶためのクエストを受けたりできる。職業変更だけではなく捨てたスキルや魔法も再取得できたりステータスをいじれることができる教会があるらしい。
「そっか〜 じゃあ今は自分が思ったステ振りで良いか!」
「そんな感じで良いよ! 今上位にいるプレイヤーも毎日3つ目の街にいるから」
「そういえば今、どこまで街が行けるの?」
「先月のアップデートで11まで拡張したよ!」
「ありがとう。じゃあ早速ステ振りしますか!」
「そういえばリリーは初期職業何したの? 【戦士】とか?」
「えぇ 空欄にしたけど……」
突然、隣に座っていたヴァーミは青ざめていた。へぇ〜人間の表情をここまで表現できるなんてこのゲーム中々やるね
などと感心している私に向かって慌てた表情で私の肩を持つ。
「冗談だよね……いつもの冗談って言ってよ! リリー」
何をそんなに慌てているのか分からないが質問には答えた。
「冗談じゃなくて本当に空欄にしたんだよ」
「何でそんなことしたのよ……」
「いや……どうせゲームをやるならいろんな武器を扱いたいからの理由だけど」
私の言葉を聞いたヴァーミは肩にあった手を離し脱力していった。
「どうしたのよ」
「リリーは空欄がどういうものか調べてないよね」
「軽くは調べたよ。【無職】って呼ばれるのはちょっと嫌だけど、多種多様な武器を使えるなら別に良いかなって」
「それ以外は……」
「1レベ上がっても1ポイントしか貰えないこと位かな……」
「リリーは他の初心者のステータス見たことある。勿論【無職】以外……」
「ないけど……それがどうしたのよ?」
「リリーは今、レベル10。仮に同じレベルを持つ【戦士】の場合、5つあるステータスの合計は100ちょいなのよ」
うん……?? レベル10でステータス合計100? あれ? 私は今……
自分のステータス表を見る。未だ振り分けていないポイント10を含めて合計15。
「まぁ〜 良いんじゃない別に」
「3つ目の街まではそれで良いんだけど……4つ目からの街にある市販されている武器や防具、鍛治スキルを持っている職人が作った特注のアイテムは全てステータスが要求されるのよ」
「ステータス要求?」
「これ持ってみて……」
そう言われてヴァーミが出したのは短剣。
「これは4つ目の街で買える短剣。仲間が素材に必要だっていうからリリーに会うついでに私が買ったものよ」
短剣の持ち手を持つと薄い赤色の画面が表示される。
『この短剣に必要なステータスはSTR:30 DEX:50』
私は使えなかった。
「これで分かってでしょう。今は良いかもしれないけど今度このゲームを進めていくには圧倒的に不利になる職業なのよ」
「しかもね」
まだあるんですか。私のお腹は一杯だよ
「先月のアップデートで【無職】に修正がかかったのよ。盾以外の防具が装備できない」
「何で不遇の職業に更に追い討ちかけているのよ。運営は頭、大丈夫なの?」
「リリーと同じ意見を出した人もいたけど、3つ目の街で行うことができる『転職』システムの選択肢の中に【無職】はないのよ」
初めに【無職】にした人が『転職』システムぜを使うと選択欄の一番上に現在自分の職業が表示される。当然、【無職】が一番上。【戦士】を選ぶとすぐに【戦士】になる。元【無職】のプレイヤーが再度が『転職』システムを使用すると他の職業などは表示されているけど何故か【無職】だけは表示されない仕様になっていた。
まぁ、職を手に入れた人が再び無職になるなんて許さないと言ってるみたいだ……
で、先月のアップデートで謎の縛りを追加したことで逆に【無職】には何かあるのではないかと調べるために『初心者の街』で張っている高プレイヤーがいるが殆どの初心者が予めて調べてから職業を選んだから誰も【無職】を選ばないとか。
「だから……今の所、リリーだけなのよ。【無職】を持っている人」
私はそれを聞いて笑いが止まらなかった。
「つまり、私だけのオンリーワンの職業ってことね!!」
「そ、それはそうだけど……メリットよりもデメリットがあるんだよ。不遇も良いところだよ」
「甘いわね、ヴァーミ」
「な、何がよ!?」
「ゲームなんだよ! 楽しく行かないと勿体ないじゃん!!」
「はぁ〜 これがちょっと前まで『暇だよ』って言って人と同一人物なのが不思議ね。でも、貴方のその前向きな性格……羨ましいわ」
「褒めても何も出ないよ」
そうなやりとりをしてから私の実践練習のためにヴァーミ同行のもと、近くの森に向かう。
「凄い!!」
2時間戦闘をやってきたが周りにドロップアイテムの山が出来上がっていた。
「今は私とパーティー組んでいるからリリーにも補正がかかっているのよ」
今ヴァーミは【煉獄の骸武者】というユニークモンスター討伐の為にアイテムや武器に必要な素材集めをしている。素材集めを効率良くするためにドロップ率を最大限アップできるアクセサリーを付けたまま私と一緒に戦闘をしてしまいドロップの山が形成された。
「これ……リリーにあげるわ」
譲渡されたのはポーチ?
【半無限の箱】
見た目は腰に付けるタイプのポーチ。チャックはあるけど開かない。飾りか……
「本当は結構先まで行かないと手に入らないんだけどせめてそれくらい良いかなって」
驚きの吸引力を思わせる勢いで山のようになっていたドロップアイテムが姿を消した。
それと同時に私の左端に小さな画面が出現した。
画面を見ると先ほど地面にあったアイテムが個別に分けられていた。
「便利だね、このアイテム」
「リリーの現状なら、どんなものを入れても満タンにはならないと思うから大事なアイテムは【半無限の箱】に入れておきな」
日が沈みかけてきてもうすぐ夜に差し掛かろうとしていた。このゲームは昼と夜では出現するモンスターが違い夜の方が凶暴となっている。私の今のステータスでは死に戻り生活を送る羽目になる。
「今日はここまでにして帰りましょう」
「了解!!」
『始まりの街』の正門
ここで私達は別れた。ヴァーミはこれからギルドに戻って仲間達と追加の素材集めをするらしい。ヴァーミからギルドに誘われたけど遠慮しておいた。いきなり初心者が入っては何かと揉めるだろうし今は一人でどこまでやれるか楽しみで仕方がない気持ちが高かったので辞退した。
「じゃあね!」
「ありがとう! ヴァーミ」
さてと……どうしますか? 武器の耐久力が風前の灯だったので新調する。2つ目の街は日が上がった時にでも行くとして当面の目標をどうするか……
武器屋に素材を渡して完成するまで一旦、現実に帰還する私。
スマホをとると母さんからメッセージが届いていた。
「ひーちゃん!! 夏は満喫している?」
「満喫中」と返信してシャワーを浴びに行く。