1.前編
今年のゴールデンウィークは、超大型連休の並びとなった。
カレンダーの配置が、良かったらしい。
そして、そんなゴールデンウィークに合わせるかのように、宇宙の彼方から、超大型彗星が接近した。
どうやら軌道的に地球の近くを通って過ぎ去っていくらしく、連休中の観測ツアーが大量に組まれて、なんなら国立の施設を開放して天体観測まで出来ると、お祭り騒ぎにまで発展し大盛り上がり。
勿論、日本だけでなく世界各国でそんな動きを見せており、航空会社も全て満員で、乗ろうと思えばキャンセル待ちという状況にまでなっていた。
そう。巨大彗星が通り過ぎるまでは、確かに沸きに沸いた状態だったのだ。
通り過ぎた直後、その興奮は一瞬で冷め、別の騒動へと発展したと思われるけれど、そんなものはその場所にいる人たちの言動によって千差万別、様々な事態になっただろう。きっと。
いや、だって、この現代で電気が全てストップする状況とか、誰が想像できるのか。
一瞬なら良かったけれど、数日にも及ぶ長期間であれば、人が多ければ多い程混乱も酷かったであろう。
幸か不幸か、私は自宅に籠る気満々で事前準備を済ませていたので、それ程切迫した事態にはまだなっていない。
ご近所の両親と仲の良い一人暮らしの老人は、別のご近所さんと一緒に急遽開設されたという避難所へと早々に移動して行った。
ご丁寧に私も誘われたけど、丁重にお断りして、無事をお祈りしておいた。
何時まで経っても帰ってこないご近所さんたち。
確かに電気ストップという前代未聞の事態が数日続いてしまった訳だけども、後半に入る頃には復旧しており戻ってきても良い頃合い。
何故に戻らないのか。
「どうして、何時まで経っても更新されないのよっ!?」
そう、復旧して繋がると思っていたインターネットなのだけど、何時まで経っても、何処も最新記事がアップされないのだ。
ようは、現状の状況が全く分からない。
そもそも、見ることが出来るのは、巨大彗星接近に湧き上がる現在!という記事が最新となっているものばかり。
一体、どういうことなの!?
決してオフラインのローカルデータを見ていて、実はネットに繋がっていませんでした!というオチではない。
履歴消したり、見たことないページみたり、何なら電波状況を表すアイコンだって、きっちり確認したからね!
「謎だらけ...。」
既に連休は終わっているけれど、会社とも同僚とも全く連絡が付かないので、出社していない。
それでも、家に籠ることは何ら問題ないわけで。
快適な日々を過ごしている。
ピンポーーーーン!
「ん?」
数日振りにチャイムが鳴る。
前に警察官が訪ねてきたのは、え~っと、五日くらい前だっただろうか。
「ヴォン!ヴォン!」
久々の来客に騒ぐ愛犬を落ち着かせて、インターフォンに向かって答える。
「どちら様でしょうか?」
インターフォンで顔は見えている。
男の人の顔がアップされているが、その後ろに、複数の人が一緒に居るのも見える。
そして、その人たちは警察官ではないっぽい。
迷彩柄の服を着ているのって、自衛隊か、そっちの趣味を持っている方々くらいだろうか。
「この地区を担当している森原自衛隊基地に在籍している米原少佐です。少々お話よろしいでしょうか。」
森原にある自衛隊基地は同じ県内にあるけど、ここからはちょっと遠い場所にあったはず。
もしかして、県内全域を一軒一軒回っていたりするのだろうか?
えっ?もしかして、お家から強制退去とかっ!?
だから、誰も帰ってこないのっ!?何故に!?
「えっ、どのようなことでしょうか?」
「はい。警察組織から情報を頂きまして、現在自宅にいらっしゃる方々を訪問させて頂いております。」
そこは国の組織同士、情報のやり取りがあるのね...。
まさか、自衛隊まで出てくるとは思わなかったけど。
っていうか、初めて生で見たよ。
「顔を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
と言われてしまったので、愛犬と共にお外へ。
一人だと、ちょっと怖いので。
「ヴォン!ヴォン!」
外へ出ると、柵の向こう側に四人の自衛隊員と、車道には迷彩柄のシートを被せたトラックと大型バスの二台が止まっていた。
バスには、私服と思われる人たちもいるので、もしかしたら籠っていた自宅から連れ出された人たちかもしれない。
「こんにちは。」
「ヴォン!」
「こ、こんにちは。」
お話しする人はにこやかな笑顔を見せてくれているのだけど、その背後にいる三人は肩から銃をぶら下げている。
本物かしら?本物よね?まさか、玩具なはずないものね!?
「出て来て頂いてありがとうございます。最近変わったことはないですか?」
愛犬に鳴き続けられると会話が出来ないので、手で待機するように指示して大人しくしてもらう。
流石に、このくらいは教え込んだのだ。
うちの子、良い子ですから!
「変わったこと、ですか?巨大彗星が地球を掠めた、とか?」
「えっ、えぇ、そうですね。その後の話しをお聞きしたいのですが。」
ここ最近の一番の話題ネタを申し出るも、聞きたいこととは違うらしい。
そうだよね、そんな雑談しに来たわけじゃないよね?
「まず、幼子の家庭や老人の一人暮らし、持病持ちの方は、自主的に避難所へ移動して行きましたね。その後、警察官の方々が一軒一軒回って、避難所への移動を推奨していましたから、殆どの方が避難所へ移動したと思います。ですから、ここら辺に残っている人は殆どいないと思います。」
私が把握している範囲でご近所事情を語って見せるも、それも違うらしい。
まぁ、警察組織と連絡のやり取りが出来ているのであれば、知ってるよね?
しかし、質問が漠然としすぎていて、何を聞かれているのか分からないのですがっ!?
「う~ん、火事場泥棒や不審者なんてものは見てないですよ?基本的に室内に籠っていたので、いたとしても気付かなかったと思いますし。」
「そ、そうですが。貴女がご無事で良かったです。野生動物の狂暴化についてはお聞きしてますか?」
「あっ、はい。最後に来た警察官から、そのような話は聞きました。ここら辺では、見かけないですが。」
「えぇ、ここは、比較的安全な場所のようですね。」
「はい。」
一日二回は愛犬を外に出して運動させているものの、野生動物が争っていたり、襲ってくるような状況には出くわしていない。
むしろ、日々平和に過ごしていたくらいだし。
「こちらのお宅では、家庭菜園をなさっているのですか?」
ちらり、と視線を移したであろう先では、確かに夏野菜が数種類実を付けているのが、ここからでも分かる。
「はい。買い物も出来ないので重宝していますよ。...もしかして、種がご入用ですか?」
まさか!?と思いつつも、聞いてみる。
いや、だって、ホームセンターや種屋さんに行けば、大量にあるだろうに。
わざわざ個人宅に来てまで欲しがるものじゃないよね??
「いえいえ、そういう訳ではなく。野生動物に荒らされてはいないのですね。」
「あぁ、そうですね。今はこの子を室内に入れちゃってますが、元々は外で番犬してくれていたので、そういったことはないですね。」
足元で大人しくお座りしている愛犬を、誇らしげに自慢してみる。
うちの子、とっても良い子なんですよ!!
「たまに土いじりしていると出てくるネズミかモグラかそこら辺の形をしたのは、瞬時にカラスが攫って行ってくれるので、助かってますし。」
「はっ?えっ?カラスがっ!?」
「えぇ、食べる、んですかね?恐らく。」
うん。その後のことはあまり考えないようにしてますよ?絶対スプラッタでしょうから。
害虫駆除に一役買っていただいているので、それ以上の追及はしておりません。
私が食べきれないトマトとかも、完熟する前に少し離れた地面に置いておくと食べてくれるので、そちらも助かっていたりする。
たまに料理に使うことはあれど、そのまま食べるのって好きじゃないのよね。
「それは、巨大彗星が来る前からですか?」
「はい、そうですよ。」
「おい。」
「あ、あぁ、少々お待ちください。」
後ろにいた強面の銃を持った人に声を掛けられて、少し離れた場所へ移動してから、何やらごにょごにょを内緒話をする自衛隊員四人。
すごく待たされるのかと思っていたら、意外にも直ぐにお話合いは終わった模様。
「実は少々込み入った事情がありまして、一度自衛隊基地までご同行頂きたいのです。それと言うのも、」
「おいっ!説明は移動中にしろ。バスは先に行かせるぞ。」
「時間がないので、まずはご同行頂けますか?きちんと説明は致しますし、ご自宅へ戻る際はお送りいたします。」
「えぇ~っと、拒否権は...?」
「ありません。」
「ん~~~、ペットの同行を認めて頂けないと、行けないのですが。」
「えぇ、それは聞き及んでおります。ご一緒頂いて問題ありません。手荷物程度であればお持ちいただいても構いませんので、早急に準備頂けますか?」
「...分かりました。急ぎます。」
強制と言いつつ、そのまま強引に連れて行かれないだけマシだろう。
以前来た警察官に、避難所へ行かない理由を伝えておいたので、そんなことまで自衛隊へと情報が流れているらしい。
それでも、ペット同行を許可して貰えるなら、強制であれば素直に従いますよ!
うちの愛猫は繊細なので、あまり移動させたくはないんだけどねっ!
急いで準備しなきゃっ!
くるり、と回れ右して玄関へ急ぐ。
足元の愛犬も、一緒に駆ける。
「あのっ!入って良ければ、お手伝いします!」
後方から女性の声が。
振り向くと、迷彩柄を着た小柄な人もいるな~と思っていたのだけど、その人はなんと女性だったらしい。
若そうな可愛らしい声だ。
帽子被ってるし、大柄な人たちに囲まれていたので、顔まで見ることが出来なかったから気付かなかった。
「えっと、お願いしますっ!」
一瞬戸惑ったものの、折角なので手伝って貰うことにする。
とはいっても、何時でも移動できるように最低限の荷物は纏めてあるし、すぐ持ち出せるように玄関近くの部屋に移動もしてあるのだ。
一緒に室内へ入り、手前から優先順位の高いものだと説明して、持っていって良い量だけ持ち出して貰うようにお願いしてから、私は急いで二階へと移動する。
愛犬には、荷物と一緒に外へ出て待機するように指示する。
「みゃ~。」
二階の自室では、愛猫がお出迎えしてくれるので、そのまま抱き上げて猫用の肩掛けバック(特大)に押し込む。
手元に置いておいた貴重品やら、今まで弄っていたノートパソコンや携帯を別のバックへ詰めて、そちらも肩へ掛けると、急いで戸締りしてからお外へ。
その間、数分。
果たして、自衛隊の人たちは、そのままの格好でとは言えなかったけれど、私のお願いした荷物をそれぞれ肩に掛けたり背負ったりして、待っていてくれたらしい。
「急いでこちらへ!」
何をそんなに急いでいるのかは分からないけれど、言われるままに迷彩柄のシートが掛けられたトラックへと誘導され、荷台に乗せられる。
全員が乗ると同時にトラックが動き出し、凄いスピードで前進。
荷台には、他にも自衛隊員と思われる迷彩柄の服を着た人が三人ほど乗っていた。
運転手と助手席に一人いると仮定して、自衛隊員が九人いるということだろうか。