窮鼠猫を嚙む?
「……ユメコ」
暗い瞳でもう一度私の名前を呼んだアルフレッドは、ゆっくりと私に近づく。
「あら、ごきげんよう、アルフレッド様」
何事もないように、挨拶を返しながら首をかしげる。
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そんなに暗い瞳は今まで一度も見たことがない。
気でも触れたか? それとも、ヒロインに攻略されて私を敵対対象とみなした?
まぁ、どちらでもいい。
私には、そんなこと微塵も関係ないからだ。
なぜなら奴――アルフレッドは薄情婚約者であり、チョロインならぬチョーローである。
そんな御仁に惑わされている時間は、勿体なさすぎる。
「それで、スミィ様、先ほどのお話は……」
「え? あ、あのでも……」
スミィは相変わらず私に話があるようだが、ちらちらとアルフレッドの方を見ていた。
「ああ、ここでは話しにくいことでしたのね? では、一緒に学園内にある喫茶店にでも――」
「ええと、その……」
私は、しぶるスミィの手を握り、教室をアルフレッドとは反対側の扉から出ようとした。
そう、出ようとした。
しかしながら、チョーローランキングの栄えあるナンバーワン男こと、アルフレッドが、私の目の前に立っていた。
「……は?」
いっけなーい、素の声が出ちゃった☆ 私ったらうっかりさ……じゃなーい!
なんで、アルフレッドが目の前にいるんだ。
私は確かに、反対側の扉から出ようとして、反対側の扉に立っているのに。
あれか? アルフレッドはもしかして、超能力者か何かなのか!?
いや、待て、そんな設定ファンブックにもなかったはずだ。
つう、と冷たい汗が背中を流れる。
アルフレッドが、虚ろな瞳で私を見た。
「ああ、ユメコ。そんな声も――」
こわいこわいこわい。
え、ホラーゲームでしたっけ、この乙女ゲーム。いや、ヤンデレはいたが、ホラー展開になるのは、ユメコ・ユメミールくらいで……って私だ!
えええー、私の学園ライフ~ヤンデレを添えて~も楽勝だとか言ったやつ誰だ! 私だ! って、そんなことを考えている場合じゃない。
早く、早く、逃げないと。
だが、スミィはどうする。今日の私のアリバイ作りに――本人にその気がないとはいえ、付き合ってくれた少女だ。彼女をおいてはいけない。
「スミィ様、行きますよ!」
「え、ユメミール様!?」
見てろよ、ちょろい攻略対象第一こと、アルフレッド。窮鼠猫を嚙むのだ。
私は、どん、とアルフレッドを突き飛ばした。
「!」
思ってもみない行動だったようで、アルフレッドがぐらりと揺れる。
そのすきを逃す、私ではなかった。そのまま強行突破し、スミィの手を引っ張りながら、走りだす。
「ユメミール様!?」
スミィは目をぐるんぐるんしながら、ついてきてくれている。
彼女、おっとりして見えて足が意外と速いらしい。
そんな感想を抱きつつも、女子寮まで走ること十数分。途中から、アルフレッドのことも忘れ、ただ走っていた。
「ふー、走ると楽しいですね」
「私、久しぶりに汗をかきましたわ」
なーんて、二人して女子寮の前で熱い青春の一ページを刻んで微笑みあう。
そういえば、なぜ、私は走っていたのだろうか。
まぁ、いい――……。
「ユメコ」
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