淀んだ、瞳
翌朝、朝の支度を整え、鏡の前で確認をする。
「……今日から頑張らないと」
鏡に映る自分の口角が下がっていることに気づいて、口角を上げる。表情から受ける印象も重要だ。目標を達成したいなら、陰気な顔をしているべきではないだろう。
最後に、淡く色づくリップを塗って、自室を出た。
「……?」
女子寮の門前で、首をかしげながら立ち止まる。そこには、私の婚約者――もうすぐ元婚約者になるかもしれないが――アルフレッドが立っていた。
「っ! ……ユメコ」
アルフレッドは私の姿を見て、目を見開いた。当然だ。伊達メガネと一つ結びを変えただけで、今までの地味子は何処へ? となるほど美人へと変貌を遂げたのだ。(自画自賛だが)
アルフレッドに出会う前の私を知らない人なら、きっと同一人物だとは気づくまい。
アルフレッドは私を地味子にした張本人であるため、当然気づいたのだろう。
なぜ、彼がここにいるのかは知らないが、どうせもうヒロインと会った後だ。薄情者の婚約者を気にする必要もないか。
私はアルフレッドに向けてにっこりとほほ笑んで、歩き出した。
「あら、おはようございます、アルフレッド様」
では、とその場を去ろうとして、立ち去れなかった。
「っ!」
腕を掴まれたのだ。
「アルフレッド様?」
レディの腕をいきなり掴むなんて、ぶしつけだ。普段ぼんやりしている印象の強いアルフレッドがこのような真似をするなんて……はっ! もしかして、ヒロインにもう出会ったはずだから、乙女ゲームのストーリーが進みだしてしまった?
その可能性は十分ありえる。しかし、おかしい。物語が始まるにしても、まだ乙女ゲームのユメコも主人公であるアメリアに危害を加えていない時期のはずだ。
表情から意図を探ろうにも、腕を掴んでいるアルフレッドは俯いていて、彼のさらさらな金髪でその表情が隠されている。仕方がないので、覗き込むようにして、赤い瞳と目を合わせる。
「え――」
見間違いかと思った。けれど、違った。何度瞬きをしてみても、アルフレッドの瞳には涙が溜まっている。
「アルフレッド様……?」
もう一度、その名前を呼ぶ。ようやく、彼は私の腕から手を離した。
「あ、ああ。……ごめん、ユメコ」
そう言う彼は、もう顔を上げていた。その瞳に溜まっていたはずの涙は、もう、消えていた。だけど深く淀んでいるような……というのは、気のせいか。
「いえ。では、失礼いたしますね」
一礼して、その場を立ち去る。特に、呼び止められはしなかった。
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