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噴水広場

 この王立魔法学園の中庭には立派な噴水があった。周りにはベンチがあり、その周囲には季節の花々が咲いている。生徒達の憩いの場でもあった。


 義妹のパールに呼び出されたガーネットは噴水前に一人やってきた。


「パール呼び出したりしてどうしたの?」

「イベント発生ですわ、お義姉様」

「あ、まだ続いていたのね」

「当たり前よ。それじゃなくてもへっぽこ悪役令嬢は何一つ役に立ってないんだから」


 入学して数ヶ月。季節も夏からもうすぐ秋に変わろうとしていた。今着ている夏仕様の制服もそろそろ衣替えの季節となる。


 まだまだ残暑で学生達は白を基調とした制服を身に纏っていた。女子生徒は白のワンピースにセーラーカラーで、ネクタイ。

 男子生徒は白シャツにネクタイ。


「これからサファイア様達がここへ来るわ。私が合図したらお義姉様、水魔法を使って私に水飛沫を放って」

「え?え?」

 

 パールの言っている意味が理解できず戸惑う。


「お義姉様、水魔法使えますよね」

 魔力が少なく魔法がほぼ使えないガーネットは、パールの威圧感に少し後退りする。菫色の瞳が宙を彷徨う。


「お義姉様?まさか使えないの?」


「え、えっと……。使えることは使えるのだけど……。その、えっと」


 ガーネットはもじもじしながら、手のひらをそっと開く。すると子供の拳ほどの大きさの水球がフワリと浮き上がった。


「あの、これぐらいならできるんだけど……ダメかしら」

「嘘でしょ……」

「あ、でも飛ばすことはできるわ!」

 

 エイ!と言って、ガーネットは手のひらに現れた小さな水の塊を弧を描くように緩やかに飛ばした。


「お、お義姉様、私を馬鹿にしてるの⁈なによそのへっぽこ魔法は‼︎」

「ごめんなさい。今の私ではこれが精一杯なのよ」


 想像以上のへっぽこ魔法にパールは頭を抱える。


「おかしいわ。ゲームの中のガーネットは魔力は少ないながらも、もっと使えてたはず……。これじゃあ噴水で水浸しイベントが難しいじゃない」

 

 口元に手を当て、ブツブツと自分の世界に入り込むパール。心配そうにその様子を覗き込むガーネット。


「仕方ない。いい?お義姉様。今のを連続で出せる?」

「えっと、多分五回くらいならいけると思うわ」


チッ

舌打ちするパール。


「気合いでなんとか五回以上出すの!とにかく私の制服がビチョビチョになるまでよ!」

「え⁉︎そんな酷いことできないわ」


 いくら意地悪な義妹の頼みでも、流石に令嬢の制服をびしょ濡れにするなんてもっての他である。ガーネットは首を左右に振りながら、できないと伝える。


「これは私とサファイア様、それにジェット様、ターコイズ様との大事な合同イベントなの」

「合同イベント?」

「そうよ。制服がびしょ濡れになった私にサファイア様が風魔法で乾かしてくれるの。しかもそっと包み込むように抱きしめて!」


「なっ!そんな人前で⁈」

「そうよ。これは牽制なの。俺のパールに手を出すな、ってね。ここはサファイアの気持ちがグッとパールにいく一大イベントよ」


 水色の目をキラキラさせ、体をくねくねさせながらパールは夢の世界に浸っていた。ガーネットはそんな義妹の姿を見ながらため息を吐く。


「分かったわ。なんとか頑張るから、処刑と北の大地の修道院行きは阻止してね、パール」

「大丈夫よ、お義姉様。私だってそこまで悪魔じゃないわ。私がサファイア様の婚約者になったらちゃんとお義姉様を国外追放にしてあげるから心配しないで」


「頼んだわよ、パール」

 そう言って、ガーネットは近くの木の後ろに隠れた。両手を胸の前で祈るように組む。


 お願い。どうか処刑だけはやめて……。あと、できれば北の大地の修道院も回避できますように。


 遡ること数週間前。ガーネットはパールの部屋の掃除をした後、手作りのケーキとお気に入りの紅茶をセットしていた。その行動を当たり前のように見守るパール。


「お義姉様の手作りケーキって本当に美味しいわね!」

「ありがとうパール」


 この時間は普通の姉妹のようでガーネットが唯一、パールと楽しめる時間だった。こんな義妹でも、毎回ガーネットの作ったケーキやお菓子をとても美味しそうに食べてくれるのだ。


「こんなに美味しいお菓子を作れるのに北の大地の修道院送りじゃもったいないわねー」

「ひっ」


 ケーキを頬張りながらポロリとこぼした一言に、ガーネットの紅茶を飲む手が止まる。

「パール……。私……断罪されて北の大地に行くなんて……本当に無理よ……」


 菫色の瞳が潤む。


「このジュエルラビリンスの世界では、お義姉様が悪役令嬢だって説明したわよね」


 コクコクと素直に頷く。


 幼い頃から散々言われ、ガーネットなりに悪役令嬢を頑張って演じている。毎回パールにはへっぽこ悪役令嬢と言われてしまうが。


「意地悪なことをしたお義姉様はサファイア様や他の攻略対象の方の怒りをかい、サファイア様に婚約破棄を言い渡され、最悪の場合、処刑よ」


「処刑……」


 ガタリと椅子から転げ落ちるガーネット。顔面蒼白になり、床を見つめることしかできない。

 久しぶりに聞いたその言葉の重みは半端ない。


「そ、そんな……しょ、しょ……」

 恐ろしくて処刑と言う言葉が出てこない。


「あぁ、お義姉様。そんなにショック受けないで。大丈夫、これは本当に最悪なルートだから」


 ケロッとした表情でふわふわピンクの髪を自分の指に絡める。

「言ったじゃない。北の大地の修道院送りもあるって」


 ショックが酷すぎて、もう声に出すことができない。


「この国で一番過酷な修道院でお義姉様は毎日反省しながら祈るの。最北にある修道院だからとても寒いけど、頑張って火の魔法を使えるようになれば空気を温められるから大丈夫よ」


 他人事だからしれっと酷いことを言える。ガーネットはここ最近やっと一番扱いやすい水魔法が少し使えるレベルなのだ。


「私……寒いのは苦手なのよ……」

 床にへたり込む義姉の姿を見て、口角を上げるパールの顔はいかにも悪役令嬢そのものだった。


「仕方がないわね。まぁ、あと一番軽い爵位剥奪の国外追放があるわ」


「そ、そうだったわね。国外……追放……」

「そ、国外追放。サファイア様に婚約破棄を言い渡されたその日に、爵位を剥奪されてそのまま隣国に追放されるルートよ」

 

 潤んでいた菫色の瞳に光が戻り、頬も紅葉し始めた。


「なんて素敵なの‼︎」

「はぁ⁈どこが素敵なのよ。国外追放よ。しかも爵位剥奪だからこの先一生を平民として生きるの」

 処刑からの国外追放。ガーネットからすれば、地獄から天国に行けると言われたも同然。床に座り込んでいたのを椅子に戻る。


「だって、自由なのよパール。公爵家の令嬢として生きなくてもいいのよ。自由に好きに生きれるって素敵じゃない」


「ふーん、そんなもんかしら。私は貴族がいいけどね。サファイア様の妃となって、王宮で綺麗なドレスに沢山の宝石に囲まれて生活したいわ」


 そんな義妹を見てガーネットは少し悲しそうな表情をする。

「どんなに綺麗なドレスや宝石で着飾っても、籠の中にいたら自由はないわ。青空で好きに羽ばたくこともできない」


 ガーネットの言っている意味がいまいち理解できないパール。義姉を馬鹿にしたような表情で、

「じゃあ平民の何がいいの?食べる物も質素だし、綺麗な服も宝石も身に付けられない」

「それが全てじゃないわパール」


 これ以上話してもパールの心には何も届かないことを察したガーネットは、残っていたケーキをそっと口に運んだ。


 そっか。平民になったらスウィーツ屋さんでも開こうかしら。そこで、働き者の優しい方と出会って平穏に暮らすのもいいわ。なんだか国外追放が楽しみになってきた。


 さっきまでの処刑の話はすっかり抜けて、ガーネットの中では国外追放で平民として生きるが目標となったのだ。


 そして今、国外追放を目指して噴水広場で第二王子達の登場を待つガーネットの姿が木の影にあった。

 一応頑張って隠れてはいるが、いかんせん艶やかな赤髪は目立つ。


 大勢の女生徒に囲まれて広場に向かって歩くサファイアには、ちらちらとその赤髪が見えていた。


 うむ。またなんか面白いことをやろうとしてるな。


 これまで数々のイベントの為にガーネットがパールに協力して動いていたことは、サファイアは気付いていた。それだけガーネットの悪役令嬢ぶりがへっぽこだったのもあるし、サファイアがガーネットを見守っていたからでもあった。


 噴水前にサファイアとその護衛兼友人のジェット、ターコイズが並ぶ。ただ立っているだけでも絵になる3人だった。

 一緒についてきた女子生徒達が仕切りに、見目麗しい三人に話かけている。そこへピンク色の髪をサイドに編み込み、水色のリボンで愛らしく飾り立てたパールが登場した。


 さすがジュエルラビリンスのヒロインと言ったところで、駆け寄る姿は他の男子生徒の目を惹く愛らしさだ。制服の白のワンピースがふわりと揺れ、チラリと細く白い足が覗く。


 噴水広場は生徒達の憩いの場だ。サファイア達以外の多くの生徒がベンチに座っていたり、木陰で立ち話をしたりと楽しんでいる。

 女生徒と一緒にいる男子生徒も、パールの登場で目の前にいる令嬢からヒロインのパール・クレランス公爵令嬢に目を移す。


「ご機嫌よう、サファイア様、ジェット様、ターコイズ様」

 とびきりの笑顔で声をかけてきたヒロイン。


「あら、クレランス公爵家の」

「今、私達が殿下とお話をしているところよ」

「そうよ。公爵家の娘だからって邪魔しないでくださる」


「そ、そんなつもりじゃ。ただご挨拶しただけなのに……」


 猫をかぶり、お得意のうるうる攻撃。小柄な容姿のパールは、愛らしく男性から見ると庇護欲を掻き立てられる。ただし、例外はある。

 

「悪いな、パール・クレランス嬢。後にしてくれ」

 右目の金の瞳はパールも、また周りにいる女生徒達も映ってはいない。その先にある木の後ろに隠れている悪役令嬢だけだった。


「合図ってまだかしら」

 そわそわしながら、チラリとパールがいる輪を木の影から顔を覗かせた。

「あ……」

 

 てっきり、パールや他の生徒達と楽しく話し込んでいるはずのサファイアの右目と目が合った。


 慌てて隠れるガーネット。手を胸に当てて乱れた呼吸を整える。


 やだ、なんでサファイア様がこっち見てるの⁈どうしよう、ここに隠れてるのバレてるかも……。


シャアァァ

 噴水の水飛沫の音で周囲の話声が聞き取れない。パールの合図も分からない。サファイアには見つかった。


 もうこうなったらやるしかない。処刑も最北の修道院もイヤ。目指すは国外追放!


ガサッ!


 赤髪の悪役令嬢ガーネット・フェアリー・クレランスが木の影から現れた。その手の平には小さな水の塊が浮いている。


 パールはそれを確認すると、すかさず皆の前に飛び出して叫ぶ。


「お、お義姉様!何をするつもり‼︎」

 まるで第二王子やその他の生徒を悪役令嬢から守るかのように立ちはだかった。


 ガーネットは何も言わずにその小さな水球を放った。


 ふわりふわりとゆっくり噴水へと向かう。パールもサファイアもジェットもターコイズも、そして一緒にいた女生徒達もその行方をじっと見つめる。


 ゆっくりゆっくりと宙を漂いそして、ポチョンと噴水の中へ落ちた。

「え?」

 段取りではこの小さな水の塊がパールに当たって、制服が水浸しになる予定だった。しかし、予定とは違ってそれはパールの前を通り過ぎ、噴水に落下したのだった。


 皆の目線が噴水に集まった。その瞬間、噴水の水が小さな粒となって一斉に空へと舞い上がる。


「きゃっ!」

 周囲にいた生徒達が驚く。


 その粒は雨のように広場に降り注いだ。雨とは違うのはただの水の粒と違って七色に輝いていたことだった。


「なんて綺麗なの!」

「なんだコレ!すごいぞ‼︎」


 ガーネットの目には、噴水に出たくさんの妖精が水の粒を抱えて投げっこしている様子が映っていた。


「かわいい」


 嬉しくなったガーネットはその七色の粒に手をかざし、そっと歌を口ずさんだ。幼い頃に妖精から教えてもらった虹の歌を。


 たちまち噴水広場に小さな虹があちこちと浮かび上がった。


「なんだこれ。奇跡か……」

 ターコイズが周囲を見渡す。ジェットもまた両手を掲げてその美しい景色に心奪われていた。


 この奇跡の源が全てガーネットと妖精の仕業だと気付いているのはサファイアだけだった。サファイアは美しい虹と妖精に囲まれ、楽しそうに歌を奏でるガーネットの姿に釘付けだった。


 ガーネットが歌を歌い終えた途端、虹が消えた。儚いからこそより美しいと人は感じる。


「今のはなんだったんだ」

「なんて素敵な景色だったのかしら」

「一緒に歌も聞こえたような気がしたわ」


 広場にいた生徒達が興奮気味に話し始めた。


「全く何なのよ!みんなを喜ばせただけじゃない。あのへっぽこ悪役令嬢は」

 そう言って、パールは風魔法で濡れた制服を乾かしその場を去っていった。

 

 ガーネットは妖精達にお礼を伝えていた。勿論、他の誰にも妖精は見えていない。ガーネットとオッドアイのサファイア以外は。


「ふあっ」

 急に後ろから抱きしめられたせいで変な声が出てしまった。


「こら、いつまでそのままでいるんだ」

「サファイア様」

「様はいらないって。それより、いつまでその姿を俺以外の奴に見せてる気?」

「え?何を言ってるの?」


 意味が分からずキョトンと後ろにいるサファイアを見上げる。サファイアがガーネットの赤髪を指ですくい、耳に口を持っていき囁く。


「濡れて制服が透けてる。下着も肌も見えてるよ」


 耳元でサファイアが囁くたびに息がかかる。くすぐったさと、恥ずかしさで息をすることを忘れてたガーネットだったが、最後の言葉に体が跳ね上がった。


「え⁈ウソでしょ⁈」


 慌ててサファイアの腕の中から飛び出した。自分の制服をよく見るとびしょ濡れで、白のワンピースは足にペッタリとまとわりついていた。白い布地は水を含んだせいで透けていてくっきりと下着も体のラインも丸見え状態だった。

「きゃあ」


 自分の姿に驚く。風魔法が使えないガーネットは、この場を急いで離れて寮の自室に戻って着替えるしか手立てはない。


 その場を走り去ろうとしたガーネットの腕を掴み、サファイアは再び自分の腕の中に引っ張りこんだ。

「言っただろ。俺以外の奴に見せるなって」


 そう言うとサファイアは風魔法をかけた。やっと肩まで伸びてきた艶やかな赤髪がふわりとなびく。白のワンピースがめくり上がったので、サファイアが手で押さえた。


「あ、ありがとうございます……サファイア」

「うん」

「あ、あの、もう離して。恥ずかしいです……」

「んー。でももう少しこうしていたい。それに話したいこともある」


 ある意味処刑だわ。公開処刑……。


 翌日から学園内は、第二王子の腕の中でぎゅっと抱きしめられている赤髪の公爵令嬢の話題で持ちきりとなった。


 






























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