貞操の危機です
テーブルの上のクッキーをトパーズが手に取る。
「ちょっ‼︎絶対口にするなよ」
宰相の息子ペリドットが慌てる。
「分かってる」
匂いを嗅ぐが、クッキー独特の甘い香がするだけで媚薬が入っているかはトパーズには判断できなかった。
「で?なんで、ガーネット嬢が媚薬入りクッキーなんか食べたんだ?」
ジェットがガーネットに質問する。
「えっと、私の義妹のパールが手作りしたから食べてほしいって言ってきて。明日食べるって伝えたら、今すぐにって口に入れられて、この部屋に押し込められたんです」
「……。」
なんて恐ろしい妹だ。この場の全員がそう思ったが、口には出さなかった。
「誰か後からこの部屋に来させるつもりだったか……」
父を騎士団長に持つジェットは険しい表情になる。
媚薬入りクッキーを食べさせ、男を部屋に入れると言うことはつまりそういうことだ。
ガーネットを抱きしめるサファイアの腕の力が強くなる。
「パールは、その。部屋にターコイズ様がいるから、ターコイズ様にもこのクッキーを食べさせてほしいって言ってました」
全員の視線がこの国で王族の次に権威のあるターコイズ・アルテミスに向かった。
アルテミス国の国王陛下の弟の息子。サファイアは従兄弟を睨みつけた。今にも魔法で攻撃するのではと周りは構える。
「いやいやいや。ないないないない」
手と首を大きく左右に振る。
「部屋にはターコイズ様じゃなくてラピスラズリ先生一人しかいませんでした」
ガーネットの言葉に次のターゲットは魔導士ラピスラズリになった。
「だから、オレは一時間も前からここで次の授業の準備してたんだって。この部屋なら広いバルコニーがあるから、外に出て星祭りにも参加できるし」
同じく手と首を左右にぶんぶんと振った。
ふと、サファイアがクッキーのカケラを手にした。これはガーネットの口からラピスラズリが引っこ抜いたカケラだった。
「こっちにはほぼ媚薬が入ってなかったんじゃないか?」
そう言うなり、いきなりそのカケラを自分の口に放り込む。
「サファイア殿下‼︎」
ラピスラズリが絶叫する。
無理もない。自分がどれだけ細心な注意を払って二人の王太子を変な薬から守ってきたのか。
このアホ王太子は何してくれるんだ、と叫びたくなった。
「お、おいサファイア。体に変化は?異常ないか?」
従兄弟のターコイズが心配そうに覗き込む。
「あぁ、特に何も」
「やっぱり私が食べたものには入ってなかったのかしら」
右の金の瞳を見つめる。他の者がいる時は、左目の眼帯を取らない。
ドクン……。
「⁈」
ドクン……。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
耳鳴りかと思う程、体が脈打つ。全身が熱を帯び、呼吸が激しくなる。明らかに様子がおかしい。
「サ、サファイア?」
次の瞬間、膝の上にいたガーネットは体を反転させられソファーに押し倒された。
「え⁈」
覆い被さり、深く口付けをする。
いくら抵抗しても、体格差で全く歯がたたない。両手で第二王子の肩を掴み押しのけようとするが、筋肉質の体はびくともしない。
「サファイア‼︎」
一斉に周囲にいたメンバーがサファイアの体を掴み、ガーネットから引き離そうとした。しかし、正気を失っていたサファイアは魔法で大の男達を次々に吹き飛ばす。
「グフッ‼︎」
「ガッ……」
トパーズを庇ったペリドットは壁に打ち付けられ、ジェットとターコイズは折り重なるように床へと叩き込まれた。
唯一、ラピスラズリだけ制御の魔法でかわした。
「殿下‼︎落ち着いて!ガーネット・クレランス嬢から離れなさい!」
濃紺の長い髪が一筋ハラリと頬に落ちる。
サファイアの暴走は止まらない。ラピスラズリの魔法でサファイアの背中に打撃を与えようとするが、片手で制される。二人の魔力はとても強く、お互いが本気を出せばこの城はほんの数分もあれば壊滅状態になりだろう。
そしてガーネットに贈った星空のドレスをたくし上げようとする。
「だ、だめー!サファイア、やめて‼︎」
ガーネットの涙の懇願はよりサファイアを刺激し、煽るだけだった。そこへガーネットの足蹴りが入るがパシっと簡単に止められた。
再び唇を重ねる。
サファイアは、はぁーっと深く息を吐くと体をむくりと起き上がらせ、ガーネットの上から離れた。
「す、すまない……、ガーネット。まさかこんなことに……なるなんて」
両手で顔を覆う。
その金の瞳には先ほどまでの野獣のようなギラ付きは消えていた。
「オレたちには謝罪はないのか、サファイア」
ジェットが左肩を押さえながら起き上がり、壁を背もたれがわりに支えていた。
「まぁ、今回はガーネット嬢の美しい太ももを拝めたことでチャラにしてやるよ」
ターコイズは右肩を押さえながら、目はドレスが捲り上げられたままのガーネットの足に釘付けになっていた。
「チッ」
慌ててサファイアが星空のドレスを戻した。そして再度、ターコイズは壁に体を打ちつけられる羽目になった。
口は災いの元……。皆、心の中で呟いたのだった。




