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第二王子サファイアの思惑

 もうじき隣国シーファでの留学生活が始まる。兄トパーズは王立魔法学園に入学前の二年間シーファに留学をしていた。これは王族の義務でもある。


「サファイア、留学準備はできたか」

「兄上。だいたい荷物はもうまとめてあります」

「いや、荷物のことじゃないよ」


 珍しくオレのプライバシーが気になるらしい。

「なんのことです」

「分かってるだろ?ガーネット嬢のことだよ」

「はぁ……」


 正直、人にあれこれ言われるのは好まない。王族として、最低限のことは守るが、自分自身の感情については例え兄でも踏み込んでもらいたくない。


「なぜ婚約しない?」

「ストレートすぎます、兄上」

「回りくどい言い方嫌いだろ?」

「そうですが、流石に。それに婚約するしないはオレが決めます。父にも了承もらってる」

「それは分かってる。でも、もう決めてるんだろ?」


 自分はエメラルド嬢と婚約したからって、オレのことはほっといてほしい。


「ぐずぐずしてると、他の奴に取られるぞ」

「それはない」

「すごい自信だな。ガーネット嬢はクレランス公爵家の娘だぞ。それにあの美貌。あちこちの令息から引くて数多だろ」

「誰も手は出しませんよ」


 学園にいる貴族令息は皆、ガーネットはこのオレのお気に入りだと言うことを知っている。いや、見せつけてる。

 この国の第二王太子のお気に入りに、わざわざ求婚して喧嘩売る様な真似をする奴はいない。

 この学園にいなくとも、兄弟や親、親の社交会仲間にもこの話は広まっている。どこも王家の噂話は好きだからな。


「手は打ってあるので」

「そうか?じゃあ、この噂は違ってるのかな?コールマン伯爵がクレランス公爵に直々にガーネット嬢との婚約を申し込んだ、って」


「⁉︎」

 なんだそれ⁈コールマン伯爵だと?

 確か、すでに三十歳を超えてるはず。二度も結婚しているし、社交会では派手な女性関係の話も後をたたない、あのコールマンだと‼︎


「兄上、その噂もう少し詳しくお願いします」

 

「そうこなくっちゃ」

 兄の嬉しそうな顔がムカツク。


「コールマン伯爵は二度の結婚離婚をして、現在はフリー。で、以前から目を付けていたガーネット嬢が十四歳になり、婚約者も決まってないといことで申し込んだ」


「以前から目を付けてたって……」


「どうやら、もともとはガーネット嬢の母上に好意を寄せていたらしい。ガーネット嬢が成長し、亡き母上に似ているガーネット嬢を今度は自分のものに、と考えたのだろう」


 なんて気持ち悪い奴なんだ。オレのガーネットに手を出そうなんて。


「クレランス公爵はどう返事したんです?」

「ガーネット嬢が十七歳になるまでに、他に婚約者が見つからなかったらコールマン伯爵との婚約は成立。しかも、学園も途中で辞めてそのまますぐに結婚だって」


「なっ⁉︎」

 あのヤロウ、すぐにでもガーネットを抱くつもりだな‼︎


「いいの?サファイア。このままだったら、ガーネット嬢はあのコールマン伯爵に美味しく頂かれちゃうよ」


 大人しそうな顔して意外とエゲツない言い方をしてくる。さすがこの国の第一王子でオレの兄上だ。


「でも、まだダメなんだ。今のままじゃ……」


 オレが婚約を申し込んだら、必ず受け入れる。それは、王家からの申し入れだから。そこにはガーネット自身の意見は含まれない。それではダメだ。


「サファイア……」

「ガーネットの気持ちを尊重したい。命令じゃなく……」


 第二王子のサファイアではなく、オレ自身を見てもらいたい。


「二年間離れることになるけど、大丈夫なのか?」

「その二年で今よりもっと成長してやる。ガーネットにオレに惚れさせてやるよ」


「すごい自信だなサファイア」

「自信があるわけじゃない。自分でそう言い聞かせなくちゃ苦しくなるから……」


「サファイア……。お前はすごいよ。本当はお前の方がこの国の王に向いている」

「何言っているんですか、兄上。この国の次期王になるのはあなたしかいない。オレはそれを支えていきます」


 オレはこの国の王にはなれない。これは生まれた時からの運命。この赤い瞳がその証だから……。


「兄上、お願いがあります」

「なんだ、サファイア」


 オレがいない間のことは兄上に頼んだから大丈夫だろう。あとは、ガーネット本人に直接伝えないと。


 今しかない。

 

 転移魔法を使うか。

 集中しろ‼︎集中しろ‼︎

 

 ガーネットのビスクドール。金の巻き髪に青い瞳。お気に入りの赤いドレスに黒のレース。その胸元には亡き母の形見のブローチ。


シュン……


 成功か。

「ガーネットはこの部屋にはいないようだな」

 

 隣から声が……。

 

ガチャ


「待ってよ、お義姉様」

「今日はもうこの話は終わりよパール」


 ん?廊下に出てきた。


「もう、サファイア様と婚約してよね」

「だから……」


ガチャリ


「もう、私は自分で婚約者を探すわ。サファイア様でもコールマン伯爵でもない方とね」

「そんなぁ」


「当たり前でしょ?なんで私がサファイア様に婚約を申し込んでもらう為に、その、い、色仕掛けしなくちゃいけないのよ」


「だって、お義姉様は悪役令嬢なんだから。悪役令嬢はその美貌を生かして色んな男をたぶらかせようとするものなのよ。サファイア様もまずは体でなんとかして、婚約して、それから婚約破棄されればいいから」


 ん?何言ってるんだ?この姉妹は……。

 気になるけど、今はカーテンの後ろに隠れてるのが得策だ。


「この前も話したけど、やっぱり私はサファイア様の婚約者になるなんて無理よ。嫌なの‼︎」


 なっ‼︎そこまで嫌がるか、ガーネット‼︎

 確かに、オレがいくら構っても全くなびかないからおかしいとは思っていたが……。こんなにも嫌われていたとは……。

 

「処刑も北の大地の修道院も絶対に嫌‼︎」

「そうだ、お義姉様。前に言ってたじゃない。運命は信じないって。運命は自分で切り開くものだって」

「そうよ。だから、王族とは婚約しないのよ」


 処刑に修道院?確か、前にもガーネットが言っていたな。


「サファイア様と婚約しても別ルートを作ればいいじゃない!処刑でもなく、修道院でもなく、国外追放でもない別の新しいルートを」

「新しいルート?」


 ルート?


「お義姉様が望むのは?」

「私が望むのは……。普通の結婚よ。旦那様になる人に愛されて、子供ができて。ごく普通に平穏に暮らすこと」

「ふーん。なんかつまらないけど、まぁ、それなら簡単じゃない?」

「え?簡単?」


「だって、断罪ルートの中にただの婚約破棄だけにすれば、いけるんじゃない?」

「サファイア様は、ただの婚約破棄にしてくれるかしら」

「大丈夫。お願いすればただの婚約破棄にしてくれるわよ。あ、そろそろお母様と買い物の時間だわ。じゃあ行ってきます」


「ふぅ、慌ただしい子」


「本当にその通りだな」

「え?」

「おっと。叫ばないでくれ、ガーネット」

 今叫ばれたらヤバすぎるからな。口を押さえちゃったが、仕方がない。


「しー」

 コクリと頷くガーネットも可愛い。


「サファイア、どうしてここに?どうやって入ったのですか」

「ん?まぁ、それな。転移魔法ってやつだ」

「え!転移魔法できるのですか⁈」


 ガーネットが驚くのも当たり前か。この国で転移魔法が使えるのはオレとオレの魔法の師でもあり、この国一番の魔導士ラピスラズリだけだからな。


「誰にも言うなよ」

「は、はい」

 

「で?オレと婚約はしたくないって?」

「ほえ?」

 うん。いちいち可愛い。


「き、聞いてたんですか⁈」

「聞いてた。で、オレと婚約したら処刑か北の大地の修道院行きか、国外追放になるとか」

「もっと詳しく言うと、爵位剥奪の国外追放です」

 

 おいおい。どうなってる。

「あー、ガーネット。お前と義妹の会話がほぼ理解出来なかったのだが……。オレにも分かるように説明しろ」


「うっ……」

「王族の命令だ。説明を」

「ヒィィ」

 ガーネットには使いたくはなかったが、致し方ない。


「あ、あの。私がサファイアと婚約したら、そのうちサファイアが私のことを憎くなって、処刑か修道院行きか国外追放を命じるのです」


 これは長期戦になりそうだ。ひとまず、ガーネットにそうならないことを分からせよう。


「きゃっ」

 おっと、これはなかなかいいな。柔らかくて、良い香りがする。

 

「あ、あのサファイア……。どうして膝の上に」

「オレがこうしたいから」

「恥ずかしいです」

「誰も見てない」

「そういう問題じゃなくて」


 オレの膝の上にちょこんと座るガーネットが愛おしすぎる。

 このまま城に閉じ込めておきたくなるが、それは我慢だな。


「じゃあ全部話して、ガーネット」


 











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