悪役令嬢になりました
「ガーネットお義姉様、あなたは悪役令嬢なので私と王子様の仲をしっかり邪魔してね。いい?」
目の前に立ちはだかるのは、淡いピンクのふわふわ頭の可愛らしい少女だった。そんな愛らしい少女に面と向かって悪役令嬢と罵られ、指差されているのが燃えるような真っ赤な髪、猫のようにツンとした少しキツめの瞳を持つガーネット・クレランス。このクレランス公爵家の長女だ。
「えっとー、パール?あの、よく分からないのですけど、悪役令嬢?私が?」
「はい、そうですわ」
フンと何故か威張るようにふんぞりかえるその態度の方が悪役令嬢ぽい。
まさか初めて会ったその日に、義妹から悪役令嬢と言われるとは夢にも思っていなかった。なにがなんだか意味が分からず、菫色の瞳を何度もパチパチと瞬きさせる。
「悪役令嬢って……、小説とかで出てくる?」
「小説?まぁ、そんな感じね。私が、この国の王子様と結婚するの。ガーネットお義姉様は、わたしと王子様の仲を邪魔して断罪されて」
「断罪されて?ん?え?」
断罪されてと言われ、素直に断罪されますなどと言う人がいるのだろうか。いやいない。
ガーネットはつい先ほど、父の再婚によって継母と義妹ができたばかりだった。
義妹の名前はパール。淡いピンクのふわふわした髪が特徴的で、瞳の色は水色。天使のように愛らしくガーネットと同い年だが小柄で庇護欲をかきたれる。
せっかく可愛い義妹ができたと思ったのに。パールからは挑戦的な言動が見られた。
「わたし、この世界のヒロインなの。で、お義姉様が悪役令嬢よ。色々教えてあげるから、しっかり役割果たしてね」
「え、ええ⁈」
終始押されっぱなしのガーネット。これから何年もこのゆるふわピンク頭の義妹に翻弄されて生きていくことになるとは、今はまだ知るよしもなかった。
*
「まぁ、なんてお可愛いらしいんでしょう」
産声をあげた元気な女の子を優しく見守る人々。
クレランス公爵家の長女は、ガーネットと名付けられた。
燃えるような深紅の髪に、菫色の瞳。肌の色は透き通るように白く美しい。
母の愛を一心に受け、ガーネットは3歳となっていった。いつも通り、母と屋敷の庭園を散歩する。美しい花が咲き誇るクレランス公爵家の庭は母の為にあった。
妖精に愛されし母。
庭師の手入れ以上の輝きがあるのは、ガーネットの母が妖精の加護を受けているからであった。
この世界には妖精が存在するが、姿を見ることはできない。ましてや、妖精から加護を受ける者がいるというのは伝説の中の話。
その為、母も妖精から加護を受けていることは誰にも話していない。
「ねぇ、お母しゃま。ようしぇいさんたちが、お歌をおしえてくれるって」
まだ言葉がたどたどしいガーネットは、妖精を「ようしぇい」と呼ぶ。
「それは素敵ね、ガーネット。あなたは本当に妖精に愛されているのね」
美しい母は、小さな無数の光に囲まれている深紅の髪の娘を愛おしそうに見つめる。
母は妖精の加護があっても、その姿がはっきり見えるわけではなかった。小さな光として認識している。しかし、娘のガーネットははっきりと妖精の姿が見えるだけではなく、会話をしているのだ。それだけ加護の力が強いということだ。
「いい?ガーネット」
母がいつもガーネットに言い聞かせる言葉。
「絶対に誰にも、妖精の話をしてはいけませんよ」
以前のガーネットは小首を傾げて母に、どうして?と聞いていたが、今では呪文のようにこの言葉を唱えられるので、頷くだけになった。
妖精の存在は尊い。まして加護者は神のよう崇められるか、政治に利用しようと囚われるか……。
その為、母も誰にも言わず今日まで過ごしてきたのである。
母と妖精の秘密を共有する生活も、その二年後には幕を閉じた。
流行り病に倒れた母は、妖精の加護があっても亡くなってしまったのである。ガーネットは毎日泣き続けた。
そんなガーネットを優しく励ましてくれたのも妖精達だった。
「ガーネット、泣かないで。ボクたちがずっと側にいるよ」
「そうよガーネット。ワタシたちの姫」
妖精達は歌でガーネットを癒した。
ガーネットの母が亡くなり一年が経とうとする頃、突如クレランス公爵家に新しい家族が増えた。
「ガーネット、彼女は今日からお前のお継母様だよ」
「え……?」
戸惑うガーネットを無視して父は続ける。
「で、この子は娘のパール。ガーネットとは同い年だけど、生まれはガーネットの方が少し早いから、お前の義妹になる」
「い…いもう…と」
パールと紹介された少女は、淡いピンクの髪に水色の瞳。凛としたガーネットとは対照的に、柔らかい印象である。
「初めまして、ガーネットお義姉様」
愛らしい唇から発せられた声は、誰もが心を掴まれる心地良さがあった。
慌ててガーネットもワンピースの裾を掴み令嬢の挨拶をする。
「は、初めましてガーネット・フェアリー・クレランスです」
六歳になったガーネットは、公爵令嬢らしく美しいカーテシィを披露した。
「まぁ」
継母が驚いたのはガーネットの所作ではなく、名前だった。
「フェアリー?」
妖精の存在が貴重な世界でフェアリーと名前が入るのはとても名誉なことだったからだ。
「あぁ、名前か。ガーネットの母もミドルネームがフェアリーでね。これは王家から許可をとってのことなんだ」
父が義母に説明する。
「どうして王様は許可したの?」
不思議そうにパールが訪ねる。
「それはね、ずっと昔にガーネットの母の一族が妖精の加護を受けていた歴史があるからだよ」
父の言葉にパールは驚く。
「そんな設定知らない……」
消え入るような声を漏らす。
「さぁ、今日から家族が増えて楽しくなるぞ」
父一人がはしゃいでいる。
突然今日から継母と義妹ができたガーネット。頭では理解しようとしても、心が追いつかない。
貴族なら再婚も珍しくもないことだが、いざ自分の家族のこととなるとすんなり受け入れるのは難しい。同い年の義妹は愛らしく、仲良くなりたいと思っていた矢先だった。
突如、ガーネットの部屋にノック音が響く。
ピンクの淡い髪をツインテールに結い上げ、白に銀の糸で刺繍が施されたリボンを付けていた。どこから見ても高貴な貴族の令嬢だ。
「ここがお義姉様の部屋かぁ。思ってたよりシンプルなんだ」
パールがガーネットの部屋を見渡す。ソファーには亡き母からのプレゼントのビスクドールがちょこんと座っていた。
クレランス公爵家侍女が二人分のお茶とお菓子を用意して退室する。
「せっかく姉妹になったんだから、ゆっくりお話しながらお茶でもしたかったわ、パール」
公爵家に突然やってきたパール。きっと不安もたくさんあっただろう。下級男爵家で育ったパールは、父親を早くに亡くし、母と慎ましく暮らしていたと聞く。
もともとガーネットの父とパールの亡き父は学友だったとか。
下級男爵の令息ではあったものの、強い魔力のおかげで学園の支援を受け王立魔法学園に入学ができたらしい。
王立魔法学園では、爵位も平民も関係なく学び、等しく扱われる。
クレランス公爵とパールの父は学園で出会い、身分関係なく親交を深めたと父から聞いた。
「私の亡くなったお父様からよくクレランス公爵の話を聞いていたわ。赤ん坊だった私に会いに来てくれたこともあったんですって」
「まぁ、そうだったのね。知らなかったわ。私もっとパールとお話しして、仲良くなりたいわ」
せっかく、同い年の妹ができたのだ。いつまでも悲しんでいないで、姉妹の仲を深めたいとガーネットは思った。
「私も、あなたに言いたいことがあって」
急に砕けた話し方になったパールを不思議に思い、紅茶のカップをソーサーに置いた。菫色の瞳が、目の前でニヤニヤしている義妹の姿をとらえる。
「パール?」
「はぁぁ、なーんか違うのよねー、ガーネット・クレランス」
「え?どうしたの?」
パールの水色の瞳が近付く。
「ガーネットあなたは悪役令嬢なんだから、もっと堂々としてなくちゃ。あ、まだ六歳だからかしら?学園生活スタートしないとストーリーが始まらないからなぁ」
んー、と唸りながらパールは腕組みする。
何を言っているのか分からずに、ガーネットは不安な表情になる。
「ガーネットお義姉様、あなたは悪役令嬢なので私と王子様の仲をしっかり邪魔してね。いい?」
「あの、言っている意味が……。悪役令嬢ってなに?」
「そっか。知らないもんね、悪役令嬢。ガーネットあなたはこの国の悪役令嬢で、この先王太子の怒りをかって処刑されるのよ」
「ほへ?」
え?何……。
この子、処刑って言った?え?私が王太子に処刑されるって?
パニック状態に陥ったガーネット。
「まぁまぁ、そんなに焦らないでお義姉様。最悪が処刑。次が北の大地の修道院送り。で、よくて爵位剥奪の国外追放があるから大丈夫よ」
「よ、よくて……、爵位剥奪の……国外追放……」
「いい? お義姉様。ここはジュエルラビリンスと言う世界なの。お義姉様はこの国の悪役令嬢。で、私がヒロインよ」
「はい?」
なんだそれ。ジュエル?ラビリンス?
この子の頭は大丈夫かしら……。
「これからガーネットは、この国の第二王子と婚約するわ。学園生活が始まると同時にストーリーが始まって、悪役令嬢はヒロインと王子の恋仲を邪魔するの」
「え?ヒロインつまりパールね。あなたと王子様が恋仲になるの?」
「そうよ。まぁ、他にも攻略対象がいるから、そのイケメン達との関係も邪魔してね。そしたら見事破滅フラグで、ガーネット・クレランスは断罪されるから」
イケメンてなんだろう?
「あ、あの。断罪されるって分かっていて邪魔しなくちゃいけないの?」
「そりゃそうよ。じゃないとシナリオ通りに進まないじゃない」
さも当たり前と言い張るパール。
今のガーネットには話の規模が大き過ぎてまだ飲み込めない。
「じゃあ、私がその第二王子と婚約しなければいいのね」
そしたら、処刑も北の大地の修道院送りも、爵位剥奪の国外追放もなくなる!
そう心に決意したガーネットだった。
が……、パールの言う通りシナリオとやらはどうやら勝手に進むらしい。
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