雪の精霊の体を作ったら抱きつかれた
ここは異世界の美容クリニック。口コミでいろんな種族の患者様がいらっしゃいます。
診療所のドアを開けると冷気と一緒に雪の結晶が入って来た。雪の結晶は渦を巻いて人間の形になった。
ぼんやりと人の形になった白い結晶から声が聞こえる。
「私の体を作ってください」
「体ですか?」
「そう。あなたにと握手が出来るような体」
私は顎に手を沿えて少し考え込んだ。この方は雪の精霊だから触ると粉々になってしまう。精霊にはもともと形などないのだ。雪の結晶が壊れないようにするためにはなにかで覆わなくてはいけないだろう。
人間の形をしたガラスのケースが動くようになればよいだろうか。
「人型のクリスタルケースを作りましょうか?」
「動くことは出来るの?」
「自由に動くガラスで作りましょう」
「それならば人の形のガラスをお願いするわ」
「少しだけここでお待ちください」
雪の精霊はエントランスホールのベンチに座った。白くぼんやりした人の形だが相手に触れるとパウダー状に散ってしまう。人の形をしたガラスケースに入って移動すれば握手も可能だろうし見えやすいはずだ。
「こちらのガラスケースは体を動かすことができます」
女性の形をしたガラスケースは透明で目と鼻と口の形は分かる。女性の形になっているので、胸やくびれや大きな腰の形状は透明だけれど光の反射でうっすらと見えた。
「どこから入るのですか?」
「背中に小さな入り口があります。髪の毛で隠れていますから、そこから出入りしてください。」
雪の精霊はパウダースノーの体をすっとガラスの中に入れる。ガラスの中は真っ白な粉雪で満たされていった。
「ガラスケースの中から体を動かしてみてください」
クリスタルガラスの女性が握手を求めてきたので握手してみる。手が冷たい。
「長い時間は無理だけど外を出て歩くことはできそうね」
「少し冷却の魔法をかけておきましょうか? そのほうが溶けにくいですものね」
「そうですね。お願いします。今も暑くてバテそうです。冷蔵庫はありませんか?」
そう言うと思って私は診療所の中に冷蔵室を作っておいた。冷蔵室に案内すると中にあるベンチに腰を掛ける。
「ふぅ。ここは涼しくて良いですね。生き返ります」
「そうでしょう。クリスタ様のために作ったようなものですから。部屋の隅に食品が入っているのは気にしないでください」
「ありがとう。先生。快適だわ」
「奥に冷凍室もあるんですよ」
クリスタ様を奥の部屋に案内する。
「極楽ですね。ずっとここに居たいわ」
「ここは寒すぎるよ」
チコが体を震わせて冷凍庫から出ていった。
「それではガラスに冷却魔法をかけておきますね。外出時はこれで大分涼しいはずです」
クリスタ様はガラスの手を照明に当てて床に影が出来る様子を楽しんでいた。うっすらとだが人の形の影ができている。
「自分の手が見える。これは楽しいわ」
「なにか困ったことがあれば相談に来てくださいね」
「早速相談ですが、しばらくの間、街を見て回りたいのですが、こちらの冷蔵庫を休憩場所に使わせてもらえないですか?」
「どうぞ自由にお使いください。クリスタ様」
「それと、私のことはクリスタと呼んで、しばらくお世話になるのに様をつけられるとなにか親しみにくいわ」
「分かりました。クリスタ」
ガラスのクリスタの表情が笑顔になった。表情も作ることが出来るんだ。
「外に出て歩いてみましょうか」
クリスタが診療所のある丘に立つと速足で歩く。少し早くして走ってみる。
「これが走るという感覚なのね。楽しいわ」
雪の精霊は地面を歩いたり走ったりするという感覚を楽しんだ。今までは空を飛んでいたのだから地面を移動するのが珍しいのだろう。
「私、前からやってみたいことがあったのよね。ダンテ、協力してもらえますか?」
クリスタがそう言って私の手を握って引き寄せると胴に手をまわした。
「抱きしめて」
雪の精霊は抱きしめられるという感触も分からなかったのだろう。私は何も返事をせずに抱きしめ返した。
「ああっ。これが抱きしめあうという感触なのね。いいわ。でも温かすぎるから溶けてしまいそうね」
クリスタの冷たい感触が体の芯に響いてくるので長く抱き合ってはいられない。雪の精霊にとってはガラスの体があって初めてできることだ。
「ダンテ。顔がだらちないよ」
チコが怒って腕組みをしている。お客さんと親しくしたり、体を見るとなぜか嫉妬するのは私のことを一人締めしようとする、子供らしい欲望だろうか?
「ダンテ。お願いついでにもう一つ」
クリスタが首に手を回すと少し背伸びして唇と唇を重ねてきた。唇にガラスの冷たい感触が伝わってくる。触感は改善の余地がありそうだ。
「まぁ。ダンテの唇って柔らかいわ」
クリスタが一度はなれると私の目を見て嬉しそうにした。そのあと数回、唇を押し付けてクリスタは感触を楽しんだ。クリスタにとっては初めての感触だから、面白くなって何回も口づけしてきたのだろう。
少し恥ずかしくなったが、クリスタの腰に手を回してしっかりとお願いを受け入れた。これ以上先のことはいくらなんでもお願いしてこないだろう。
「ダンテは調子に乗りすぎよ」
チコが後ろから蹴ってくるのでしかたなくクリスタと離れた。
「ありがとう。ダンテ。前からこれがどういう意味なのか知りたかったの?」
「意味がわかりましたか?」
「意味は分からないけど心地よいわ。またお願いするわね」
クリスタにとっては恋愛感情はまったく無く、精霊のちょっとした興味からしているだけだろう。挨拶程度のことだ。
「挨拶でする国もあるのですよ」
「そのような意味もあるのね」
「あいさつならわっちもできる」
チコが大人の女性の背の高さになって両手で私の顔を押さえつけて口を吸った。
「お、おい。チコ。そんなに乱暴にするやつがあるか」
チコが私から離れると嬉しそうに丘を走り回る。
「あいさつ。あいさつ。ダンテとあいさつ」
毎日挨拶されたらかなわないな。
「私は少し街まで行ってきますね」
クリスタは洋服を着ていなかったので、魔法で洋服を着せた。顔は透明だが帽子をかぶせれば多少違和感はなくなる。
「帽子があれば暑さもしのげますよ」
「これはいいわね。ありがたくいただくわ」
クリスタが丘を降りて街に歩いていく。街まで送りたかったが、クリスタは歩く感触を楽しんでいるのだから余計なお世話だろう。
夕方になってクリスタが買い物バッグを大きく膨らませて帰ってきた。バッグの中からテーブルにリンゴと紙に包まれたコロッケ、ワインとパン。そしてパスタを置いた。
「私、食べるということを一度してみたかったの」
精霊はいままで食事をしたことがなかったのか。食べる食感を楽しみたいんだな。
「パスタは茹でないと食べれないのですぐ茹でますね。ソースはトマトのポモドーロにします」
チコがテーブルに近寄って欲しそうにしたので、クリスタがリンゴを半分にして半分をチコに渡した。
クリスタはリンゴを食べ始める。私が興味ありそうに見ていると服のボタンを外して体の中を見せてくれる。
透明な体の中にリンゴが見える。味は分かるのだろうかと思っているとリンゴが体の中で消えていった。
「食べるというのはこういうことなのね」
食べることを楽しんでいるのは良かった。おなかの中で消えてくれたのも良かった。出てくるところまで見えたのでは大事だ。
クリスタはコロッケを切り分けて少し口に入れた。チコがテーブルのコロッケも欲しそうにしたのでクリスタがコロッケをチコの手の上に置いた。
「市場で人が並んでいたのでどんな味なのか知りたくて買ったの」
「味がわかるんですか?」
「あなたたちと同じかは分かりませんが、食感と味の違いは分かります」
「そうですよね。人間でも味覚は違うのですから」
「これが美味しいというのかはまだ分かりません。いろんなものを食べてみないことには比較できませんね」
クリスタは歩いたり、走ったり、触ったり、食べたり、普通のことを愛おしく感じている様子だった。
おなかがいっぱいになったのか。疲れたのか。チコが食卓で寝てしまったのでチコの部屋まで抱きかかえて運んでいく。
食卓に戻るとクリスタがワインを開けていたのでワイングラスを魔法でテーブルに出した。
「これはグラスの中で一度、空気に触れさせて香りも楽しむものなんですよ」
ワイングラスを回して香りを楽しむ様子をしてみせるとクリスタが真似してワイングラスの中のワインを回して香りを楽しんだ。
「原っぱや街の香りとちがうわね」
「ワインを飲むとアルコールの成分で人間は少し酔うのです」
「私達には酔うという感覚が分からないのですが、酔った人間は見たことはあるのでどうゆうことかは分かりますよ」
「精霊は酔わないのですね」
「そうね。でも喜怒哀楽はあるのよ」
「初めての体はいかがでした?」
「今日は楽しかったわ。ダンテ。最後にひとつお願いしてもいいかしら」
「なんでも仰せのままに。クリスタ」
「さっき、チコにしていた。あれ。あれで冷蔵庫のベンチまで運んでいただけないかしら」
「ああ。抱っこですね」
私は御姫様抱っこでクリスタを冷蔵庫まで連れていってベンチにそっと降ろした。クリスタが首につかまったまま嬉しそうにしてキスをしてくる。
「抱っこもキスもたのしいわ」
「そうかい。よかった。では、おやすみなさい」
「おやすみ。ダンテ」
明日は冷蔵庫のインテリアを美しくしよう。
励みになりますので是非応援よろしくお願いいたします。
他の短編や長編連載もありますのでそちらの方もよろしければ読んでみてください。
続きが知りたい、今後どうなるか気になる!
と思ったらどんな評価でも結構ですので
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。