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鹿の獣人に恋をしたらベジタリアンになった

ここは異世界の美容クリニック。口コミでいろんな種族の患者様がいらっしゃいます。

「そっちに行ったぞ! 逃がすな」


 私は森の中で狩人に追われていた。もうだめだと思ったとき彼と目が合った。


「お願い。逃がして」


 上半身が人間で鹿の体の私を見て青年が驚いた顔をした。固まっている彼の横を走って通り過ぎる。


「ありがとう」


 私は捕まえようとしない青年にお礼を言って森の奥へ逃げた。


「逃がすなって言ったろ!」


「いや、でも、あれは鹿じゃなくて人間だった」


「鹿の獣人の肉は鹿と一緒だ」


 遠くでベテラン狩人が青年を叱る声が聞こえる。私はもう少しで鹿肉にされる寸前だった。狩人は山の中で解体してから街で売ろうとしていたのだろう。

 

 私達鹿の獣人は特に取り柄があるわけでもない。逃げ足が速いくらいのものだ。馬のように体が大きいわけでもないから物を運んだり、人を乗せたりも出来ない。


 その後しばらくして、森で怪我をしている青年と会った。迷子になって足をくじいたようだ。夜になると狼も出るので命も危険にさらされるだろう。


「大丈夫ですか? 夜になるとここは危ないから洞窟へ案内しましょう」


 見逃してもらった恩もあるので、青年を洞窟に案内してあげようと勇気をふり絞って青年の前に出た。


「あなたは。いつかの鹿の獣人」


「エマと呼んでください。私を見逃したのを覚えているのですね」


「ああ、おれはジョーだ」


「私に捕まって」


「すまない。道に迷っているうちに斜面で滑った。大したことはないと思う」


「どうして私を見逃したの?」


「だって、下半身は鹿だけど上は人間の女性じゃないか。女性を槍で刺すなんて出来ないよ」


 ジョーは上半身だけ人間の私を殺すことが出来なかったようだ。


「今はどうなの。狩りにも慣れて殺すことはできるようになった?」


「いや。結局獣人を殺すことが出来なくて狩人はやめたんだ。性格に合わなかった。今は薬草集めの仕事をしているんだ」


「そうなの。探している薬草は手に入った?」


「ああ、少しだけどね」


 ジョーはわずかな薬草を袋に入れていた。


「ジョーが探している薬草がたくさん生えている場所は私は知っているわ。体を休めている間に採ってきますね」


 崖に近い場所に生える薬草を大量に採ってくるとジョーは喜んだ。


「ありがとう。この薬草は人間が行けない場所によく生えているからね」


 それから、ジョーとはこの洞窟の前で度々会うようになった。私は人間のジョーに心を惹かれるようになった。


「エマ。俺と一緒に街で住まないか?」


 人間とだなんて。かなわぬ恋だわ。


「私はこの体だもの。街にはなじめないわ」


「人間の体に変えてくれる医者があるんだよ」


 ジョーのことは好きになっていた。だが街に住むなんて不安ばかりだった。人間の体に変えてくれる美容クリニックがあるという。本当だとしたら、私はジョーと一緒に暮らしたい。でも、ジョーは薬草を採ってくる私が好きなのではないだろうか?


「ほんとに? ジョーと一緒に住みたいけど。人間の体じゃ崖を登ってジョーのために薬草を採ってくることが出来なくなるわ」


 誘ってくれた彼を抱きしめたい気持ちでいっぱいだった。でも彼のために仕事ができなくなる。


「薬草は二人で採りに森に入ろう。大量に採れなくても生きて行ければいい。エマと一緒なら俺はいつも幸せな気持ちになれる」


「私だってジョーと一緒ならどこだって幸せだわ」


 嬉しくてジョーに抱きついてしまった。ジョーも私のことを抱きしめてくれる。


 ジョーに付き添われて町のはずれにある丘の上の異世界美容クリニックに入った。受付に九尾の狐の女の子がいる。


「先生を呼んでくるので少ちお待ちください」


 奥からダークエルフの男が出てくる。


「今日はどのようになさいますか?」


「こちらの女性の下半身を人間にしていただけませんか? 支払いは私がします」


「分かりました。その足だと施術台に乗らないので、立ったまま施術しますね」


 ダークエルフの男が目を紫の布で覆うと私の体に手をかざす。手がオレンジや緑に光って点滅する。壁に光が反射して見えた。


「こちらの全身鏡で体を確認してください」


 鏡を見ると人間の体になっている自分の姿があった。ジョーが施術室に入って来ると私を見て涙を流した。


「綺麗だ。エマ」


 私は感情が抑えられずジョーのほうに走り寄って抱きついた。


 狐の獣人がワンピースを持ってきてくれた。ワンピースを着た私は人間そのものだ。髪の毛から少しだけ小さな鹿の角が出ているくらいであとは人間と変わりない。


「先生。ありがとう。先生の腕は見事だ。なんてお礼を言ったらいいのか」


「また必要になったらいらしてください」


 私は街に行くとジョーと一緒に生活を始めた。街での生活は楽しかった。ジョーと一緒に森へ行き薬草を採って薬局へ売る。そのお金を持って市場に買い物に行くと、好きな野菜やフルーツを買うことが出来た。


「市場は便利だわ」


 市場を歩くと獣人もたくさん歩いているので、小さな角の生えた私も違和感はなく生活ができた。肉屋の前を通るときに髪から飛び出た小さな角を店主がちらりと見るのが嫌だった。


「私、もう一度、異世界美容クリニックに行って角を取って来るわ」


「ああ、俺は気にしていないが、君がそうしたいなら一緒に行こう」


 ジョーと一緒にクリニックで角を取ると見た目はほとんど人間と変わらなかった。


 食卓に肉が並ぶことはない。野菜のスープをジョーは文句を言わずに食べるが肉を食べたくはならないのだろうか?


「ジョー、私のことは気にせずに肉を食べてもいいのよ」


「いや。肉を食べなくても死ぬことはないし、食べなくてもそんなに困らない」


 ジョーと一緒に立食パーティーに行ったがジョーは肉料理に一切手をつけなかった。私に黙って肉を食べても別に怒らない。ジョーは律儀だ。


 自分の妻と近い動物の肉だったら嫌だと思っている様子だった。


 市場でも肉屋の横を通らないようにしていたし、ジョーは通るときも顔をそむけていた。私に気を使っているのではなかった。私の死んだ姿を想像してしまうからだろうか。


 しばらくジョーと一緒に夫婦として生活していると男の子が生まれた。体は人間の体だったが鹿の角が生えていた。


 成長の早い鹿の獣人は生まれてわずかで立ち上がる。小さいながら鹿のような俊敏な体で人間よりも素早く走れるようだった。

 平衡感覚も優れ、私達が行けない崖で薬草を取ることが出来るようになるだろう。将来が楽しみだ。


「母さん。どうして僕には鹿の角が生えているの?」


「シン。お母さんは鹿の獣人だったのを人間に変えたの。だからおまえにも角があるのよ」


「そうか。だから僕は足も速いんだね」


「鹿の角が嫌ならお母さんのように無くすることもできるのよ」


「いや。このままでいいよ。この角は気にいってるんだ」


 息子のシンが角が気にいっているというのを聞くと少し涙が出た。息子は鹿の獣人の血が入っていることを誇りに思っているのだ。


 ある日夕方になってもシンが家に帰ってこない。心配で外に出ていると美容クリニックのダンテがシンを連れて家の前まできた。


「お久しぶりです。その後お変わりありませんか?」


「息子が帰って来なくて心配してたの。どこかでシンと会いました?」


「鹿の角の子供が冒険者に捕まっていたので、嫌な予感がしてね。連れてきたんですよ」


「ダンテはそいつらを魔法で懲らしめたよ」


 九尾の女の子の話しぶりからすると、ただ連れてきたのではなさそうだ。


 ジョーも家の中から出てくる。


「ダンテさんありがとう。お礼の言葉もありません」


「ジョー。言いにくいが、小鹿は貴族に高く売れる。狙われやすい。しばらく人の目の触れない場所で暮らすか。子供をクリニックに連れてきてください」


「森で静かに暮らそう。でもクリニックにも行ってくれないか。シン」


 シンは頷く。冒険者にさらわれたのが怖かったのだろう。


「もうさらわれるのは嫌だ」


 私はシンを抱きしめた。ごめんね。このようなことになるかもしれないと思った。それでもジョーと一緒にいたかったの。


「何か困ったことがあればいつでも相談ください」


 ダンテと九尾の女の子が丘の方に向かって歩いていくのを家族は手を振って見送った。











励みになりますので是非応援よろしくお願いいたします。


他の短編や長編連載もありますのでそちらの方もよろしければ読んでみてください。


続きが知りたい、今後どうなるか気になる!

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