6. ピエール様?全く好ましくない方ですわね
「どうりでおかしいと思いましたのよ。初めからそのように企てられていたのですわね」
ジュリエットはこのピエールという男のことを姿絵で見た時から好きになどなれなかった。
その上愛するキリアンのことを罵り、卑怯な手を使って自分を手に入れようとした男のことなど好ましい訳もなかった。
それに、余程貴族としてのプライドも高いのか市井の民のことを『下賤の者』と一括りに蔑む姿勢にもジュリエットは嫌悪感を抱いたのだ。
「お父様、お約束しましたように私はこのキリアン様を伴侶とさせていただきますから悪しからず」
そう言って伯爵に向かって高らかに宣言するジュリエットへ、ピエールは慌てて大きな声で反論する。
「ジュリエット嬢! まさかそのような下賤の者を伴侶にするなど本気ではないのでしょう? 貴女のような世間知らずな方には私のような聡い者こそ必要なのですよ!」
もはやピエールは喋れば喋るほどジュリエットの好感度を下げることしか出来ない。
それどころか嫌悪感を高めることしかしていない。
ジュリエットは一人声高に叫ぶピエールの方を見ることすらしなくなった。
「あんたらは本当に自分のことだけなんだな」
その時、沈黙からやっと口を開いたキリアンが冷たい視線と低い声でその場を制した。
「キリアン様……」
そっとジュリエットの腕を振り解いたキリアンは、周りをぐるり見渡してから続けた。
「俺はこんなことに巻き込まれたくもなければ、このお嬢様と婚姻を結びたい訳でもない。勝手に連れてこられて迷惑甚だしい。なのに、俺の意思とは関係なく話は進もうとしてる。やるなら勝手にやってろ。俺は帰らせてもらうぞ」
そう言って踵を返しその場から去ろうとするキリアンを、伯爵が慌てて声を掛けて引き留めた。
当のジュリエットはここで初めて本気で怒りをたたえたキリアンのひどく冷たい声にたじろいだ。
「キリアン殿! 巻き込んでしまって申し訳なかった! どうか話を聞いてくださらぬか?」
風体からも庶民であろうキリアンに向けて、迷うことなく頭を下げた伯爵は続いて納得のいかない様子のピエールにも頭を下げた。
「ピエール殿も、このような事になり申し訳なかった。すまないがジュリエットの事は諦めてくれないか」
キリアンは黙って伯爵の様子を窺っていたが、ピエールの方はワナワナと唇を震わせて顔を真っ赤にしている。
「そんな! ジュリエット嬢は私と婚姻を結ぶ事はできないと? 決して許されませんよ。そのようなことは……」
「申し訳ないが、今日のところはお引き取りいただきたい。後日改めてお詫びに伺おう」
その場の空気に分が悪いと判断したのか、ピエールは非常に不満げな表情を浮かべながらも乗ってきた馬車に再度乗り込んで去って行った。
馬車を見送った伯爵は振り返って、改めてキリアンへ声を掛けた。
「キリアン殿、どうぞ我が邸の中でお話をいたしませんか。貴方にもきちんとしたお詫びがしたい」
ジュリエットは息を呑んで状況を見守っている。
結局キリアンは真摯な様子の伯爵に根負けし、一旦伯爵邸のサロンへと移動することにしたのだった。