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55. ジュリエットの価値


「これは……間違いなく『人魚の涙』ですな。いやはや、思わぬ物を拝見いたしました。グフフっ……」


 ジュリエットの作り出した真珠を、ピエールはグロセ伯爵に見せた。

 そしてグロセ伯爵は、リード商会会長クライヴ・パワー・リードを邸に呼び出したのだ。


「して、いかほどの高値で売れるのだ?」


 思わぬ喜びに口元を緩める強欲な貴族の親子へ、クライヴは平静を装って答えた。


「そうですねえ、一粒十万ギルほどでどうですか? なあに、ちょっと泣かせればいくらでも真珠()を生み出すんですからね。そんなものですよ。グフフっ……」

「一粒十万だと⁉︎ それではここにある分だけでも三百万ギルか! ははははっ! ピエール、良くやった! あの女がいれば我々の家は今以上に栄えるぞ!」


 高揚して喜ぶ父子をよそに、クライヴは興奮を隠すのに必死であった。

 特徴的な髭を何度もさすり上げ、にやける口元を隠した。


「それでは、これからも取れた真珠はどうかリード商会へ……。私が良いように図らいますからね。グフフっ……」

「このような危なっかしい代物をその辺の商人には持ち込むことなどできんわ。クライヴ会長、これからも頼むぞ」


 真珠と金を交換した悪党たちは、これからも結託することを誓った。


 グロセ伯爵家から一歩外へ出て商会の馬車に乗り込んだクライヴは、やっと抑えていた喜びを爆発させた。


「グフフっ……! あははは……っ! まさかこんな展開になろうとはな!」


 笑いを堪えきれない様子でのクライヴは動き出した馬車の中で箱に詰められた美しい真珠たちを見つめる。


「愚かな貴族め。この真珠の価値は一粒十万な訳がなかろう。一粒百万でも少ないわ。その昔人魚の一族はこの真珠のおかげで王家から爵位を賜ったのだ。もうこれを生み出せる人魚がこの国には居ないと思っていたが……。これを利用すれば爵位を賜ることだって夢ではないぞ。あの忌まわしい盗賊どものせいで私財から金を補填する羽目になったんだ。それもこれさえあればいくらでも取り戻すことができるな! グフフっ……」


 キリアンたちが金を強奪したばかりに、クライヴは私財からその分を補填することになったのだ。

 それは非常に腹立たしいことで、我慢のならないことであった。

 そんなこともいっぺんで霧散(むさん)するほどにこの真珠を手に入れられたことは僥倖(ぎょうこう)であった。


「まあ、馬鹿な貴族はせいぜい端金(はしたがね)で喜んでおれば良いわ。グフフっ……」


 髭の下に黒い笑みを浮かべたクライヴは、これから尚発展するであろう自分の商会へと向かったのである。




 クライヴが去った後のグロセ伯爵の執務室では、伯爵とピエールが今後のことを話し合っていた。


「ピエール、あの女は金の成る木だ。我が伯爵家を発展させる為には長く生きてもらわねばならん。絶望で自殺でもされたらかなわんからな。希望も持たせてやらんと。いいか、暫くは女に手を出すな。あの女は無理矢理犯されでもしたら自害もしかねんからな。子を孕ませるのはもう少し稼いでからでも遅くはないだろう」

「……分かりました。父上がそうおっしゃるなら」


 渋々ではあるが、ピエールは伯爵の命令に従った。


「ただ、泣かせることは歓迎だ。上手く()でてやるようにな」

「はい、父上。お任せください」


 強欲で自己中心的なこの父子はこれからのことを思ってニヤリと口の端を持ち上げた。


 父親の執務室を出たピエールは、ジュリエットを監禁している部屋へと向かう。

 あの美しい女をどのようにして泣かせて愛でようかと、考えるだけで気持ちが(たかぶ)った。


 幼い頃母親に捨てられたピエールは、その怒りを今度はジュリエットへとぶつけようとしている。


 ジュリエットへの気持ちも愛などという崇高(すうこう)なものではなく、(いびつ)でどす黒い欲望である。


 長い廊下を進んだ先にジュリエットは監禁されている。

 その扉を開けたピエールは、海のような碧眼をギラつかせてまるで悪魔のような恐ろしく残酷な顔をしていた。


 

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