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54. ジュリエットが居ない


 仕事を終えたキリアンは、ジュリエットの体調を心配したジャンと共に家の扉を開ける。

 いつもであれば、ローズピンクの髪を(なび)かせながらジュリエットがどこからともなく駆け寄ってきて『おかえりなさいませ』と微笑みながらキリアンを迎える。

 

 だが今日はその姿はなかった。


 台所にいつものように夕食の準備をしている様子も見られずに、(かまど)も火が入れられていない。


「アイツ、また体調をぶり返したのか?」

「お嬢、大丈夫かな?」


 二人は怪訝(けげん)そうな顔を見合わせながら家の中へと足を踏み入れた。

 シンとした室内は人の気配を全く感じない。

 

「お嬢の部屋、見てきた方がいいよ。体調崩して起き上がれないのかも……」

「そうだな……」


 リビングにジャンを残して、キリアンはジュリエットの居室のドアをノックした。


「大丈夫か? 開けるぞ?」


 いつもなら聞こえる返事はなく、それどころか物音一つしないことにどこか不安を覚えたキリアンは扉を体で押し開けるようにして中に入った。


 夕陽の差し込む部屋にはジュリエットはいない。

 寝台は綺麗に整えられ、ぐるりと見渡す狭い室内にももちろんその姿はない。


「ジュリエット……?」


 様子のおかしいことに気づいたジャンが遠慮がちに扉のところから室内を覗いた。


「お嬢は? 大丈夫か?」

「……居ない」

「え? 居ない? 外、とか?」


 二人は同時に動き出して家の裏手にある井戸へと向かう。

 何か洗っているのかも知れない、水を汲んでいるのかも知れない。

 そう願いながら向かった井戸端にはジュリエットの姿はなかった。

 

 ジャンは納戸も覗いたがその姿はなかった。


「キリアン、納戸にも居なかったぞ。……どうした?」

「血痕だ……」


 キリアンは井戸端にしゃがみ込んで点々と散る血痕を見つけた。

 それはもう完全に乾いていて時間が経っている。


「なんだ?……何があった?」

 

 混乱する頭でキリアンは考える。

 この血痕はジュリエットの物なのか、この集落にジュリエットに危害を加えるような輩はそうそういないはずだ。

 それではなぜ?

 

 ジャンも焦った表情でキリアンの傍に近寄って血痕を確認する。


 ふと気づけば井戸の縁でトカゲがこちらを見ている。


「お前、スチュアートとか言ったか。ジュリエットが名付けたらしいな。何があったんだ? 見てないか?」


 キリアンは思わずスチュアートに声を掛ける。

 話せるわけがないと分かっているのに。


「キリアン……。……ん?」


 思いの外狼狽するキリアンの様子に、ジャンは声をかけようとしたが、スチュアートの口元に何か咥えられているのに気づいた。


 スチュアートの口に咥えられていたのは、燃え上がるような赤の長い髪が一本。


「なあ、キリアン。これってアリーナの髪じゃないか? 集落にこの色の髪はアリーナだけだろ」

「アイツ……!」


 不安げな表情から怒りの形相へと変えたキリアンは、井戸の縁にスチュアートを残してジャンと共にアリーナの家へと走った。


 アリーナの家には年老いた母親が一人でいたが、朝からアリーナは不在にしていると言う。


 嫌な胸騒ぎが二人を襲う。


 とりあえず集落の中を探してみたが、狭い集落の中のどこにも二人の姿はない。


「キリアン、ジュリエットを探してるの?」


 走り回る二人へ、一人の幼い少女が声をかけた。


「ハナ、今日ジュリエットを見かけなかったか?」

「見たよ。朝私が森でハーブを摘んでたらジュリエットが森の中を歩いていて、声をかけようとしたんだけど怖い顔してたからやめたの」

「一人だったか?」

「ううん、赤い髪のお姉さんと大工のおじさんと一緒だったよ」


 大工のおじさんというのはアリーナに言い寄っている男で、集落の中でも嫌われ者の男であった。


「そうか。それでどっちへ行ってたんだ?」

「集落から離れて森の外へ向かってたよ。ジュリエットは見たことないような泣きそうな顔してたし、お姉さんとおじさんは怖い顔してたから私声をかけられなくて……ごめんなさい」

「いいんだ。すまなかった。助かったよ」


 ハナという少女の頭をクシャクシャと撫でたキリアンは、ジャンと目配せしてからすぐに集落を出た。


 とりあえずはジョブスのところへ。




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