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53/67

53. ピエール様の狂気は悲しい記憶から作り上げられたものなのですね


 咄嗟にジュリエットは握られている手を離そうとするが、ピエールはより強く手を握り返して離そうとしない。

 ジュリエットは手の痛みと状況の悪さから苦悶の表情を浮かべた。


「何故ですの? 私は平民であるキリアン様と婚姻を結びました。ですから最早(もはや)私は平民ですのよ。私とのことなど何のメリットもありませんのに」

「貴女は自分の価値を何もご存知ない。私は貴女の今の地位などどうでも良いのですよ。大切なのは、貴女の()()と、美しく気品あるその外見ですから」

「何ですって? どうなさるおつもり?」


 ギュッと握られた手はびくともしない。

 ジュリエットはその手の温もりが不快で仕方がなかったが、振り払うことは不可能であった。


「貴女には私の愛妾(あいしょう)として子を()していただきます。貴女と私の子であればとても美しく気高い子ができるはず。私たちの血筋は残されるべき尊いものです」

「そのようなお子を為して、それが一体何になるというのですか?」


 何故そんな簡単なことも分からないのかと、呆れるような顔つきでピエールはジュリエットを見やる。


「尊い血筋を残さずにどうするのですか? 美しい者、優れた血族を脈々と繋げることが私たちのような選ばれし者の使命だと私は天啓(てんけい)を受けたのですよ」

「……あなたのおっしゃっていることは全く理解できませんわ」


 ピエールは恍惚(こうこつ)とした表情で語るが、どこか狂気を孕んでいて。

 話す内容もジュリエットには意味が分からなかった。


「私たちは神に選ばれし者なのですよ。恵まれた私たちが脈々と血を繋げる。下賤(げせん)の民たちのような汚い血とは違いますからね。私たちが血を繋げなければ世の中が汚い血で埋め尽くされてしまう……。そんなこと、到底許されない……」


 ブツブツと最後の方は独り言のように呟くピエールは、青い目が(うつ)ろとなって最早(もはや)正気とは思えなかった。


「何が貴方をそうさせたのでしょうね」

「……何が? 聞きたいですか? そうですね……私の母上はね、父上と私がいるにも関わらず下賤の者と駆け落ちした後に心中したんですよ。母上は私のことを愛していたはずなのに。きっと下賤の者が上手く言いくるめたに違いないんです。そうでなければまだ幼い私を置いて居なくなるというような愚かなことはしなかったはずだ。下賤の者というのはひどく狡賢(ずるがしこ)く、愚かな生き物だ」


 ピエールは過去の出来事を語りながらも、今もその怒りは色褪せていないようだ。


「……可哀想に……。お辛かったのでしょう。貴方は大好きな母君に裏切られた気がしたのでしょうね」


 ジュリエットのその言葉に、ピエールは(ひざまず)いたままで首を(かし)げる。


「大好きな……母上に、裏切られる? そうだ……それが許せない。貴女は傍にいてくれますよね?」

「ピエール様……、このようなことおやめになってくださいませ」


 堪えきれずジュリエットの目尻から涙が零れ落ちる。

 それは真珠となり、パラパラと床に転がった。


「なんだ? これは?」


 ピエールは真珠を一つ拾い上げて、じっと見つめる。

 そして視線をジュリエットへと向けたその時、瞳から零れ落ちた涙が真珠へと変わる決定的な瞬間も見た。


「まさか……」


 それっきりピエールは何も言葉を発さずに視線をジュリエットの肩へと向ける。

 気づいたジュリエットが急ぎ隠したが遅く、破れた衣服の間から見えたのは虹色に煌めく人魚の鱗。


「人魚の呪いは解けていないのか!」


 突然大きな声でそう言って、ピエールはジュリエットの肩に生えた鱗に手をやり無理矢理その一部を()いだ。


「いやあ……っ!」


 (えぐ)られるような肩の痛みに、ジュリエットは多くの涙を零して叫びを上げる。

 そして痛みとショックからそのままその場に倒れ込んで意識を失った。


「ああ可哀想に……、よほど痛かったのですね」


 そう言って倒れ込んだジュリエットを横抱きにしたピエールは、隣に(あつら)えたジュリエットのための居室へと向かった。




 


 





 

 

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