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35. 頭領であり親友であり


――コンコン……


 ジャンの部屋の窓に何かがぶつかる音がする。

 自室で本を読んでいたジャンは、音のした窓の方へと視線を向けた。

 こんな時は大概キリアンが来ているのだ。


「どうしたんだよ?」

「悪いな。ちょっといいか?」


 キリアンは背丈のある身体を窓からするりと忍び込ませて、ジャンの部屋に入る。

 これは幼い頃からの癖であった。

 二人は二つ歳が離れておりジャンの方が年上であったが昔から仲が良く、少年時代には大人たちが寝静まった頃にもこうしてこっそりと忍び込んでは夜更かしをしていた。


 ジャンの家にはジャンの両親が住んでいて、昔はよくキリアンもジャンと共にその両親に怒られていたものであった。


「で? 何かあったのか?」

「アリーナが……」

「アリーナ? ってあのアリーナか?」


 キリアンが神妙な面持ちで何事かの相談に来ることは珍しくはなかったが、それでも女のことで悩むことなど今までなかった為にジャンは意外に思ったのであった。


「さっき水浴びにジュリエットを連れて行ったんだが、先にアリーナがいたみてぇで……。『好きでもないジュリエットを妻にしたのは金でも積まれたからなのか』って責められたんだが、本当のことだから普通に『そうだ』って言やぁ良かったのに何も言えなくてさ」


 キリアンは苦悶(くもん)の表情を浮かべていた。

 ジャンにとってこの親友は女の事なんかで悩むような性格ではなかったから、珍しいことだと思い聞き入っている。


「それでアリーナが『それならこれからも遠慮なく私の相手してくれ』って言った時に、なーんか嫌な気持ちになってさ。……今までなら別に、よし分かったって答えて終わりだったのに、何も答えたくなかった。アリーナとそんな関係になるのが今更ながらに何となく嫌っていうかさ……そんな気にならねえっつーか」


 盗賊の頭領として頭が切れて、豪快で、集落のまとめ役としても優秀な男であるキリアンがこのようなことで情けない顔をして自分に相談を持ちかけてきていることに、ジャンはフッと可笑(おか)しくなって笑いを零した。


「何笑ってんだよ……」

「いや、悪い悪い。キリアンがそんなことで悩むなんてな。可笑しくて」


 憮然とした表情となったキリアンに、ジャンは笑いながら肩をポンポンと叩いた。


「あのおかしなお嬢さんに会ってから、どうも調子が狂ってる気がする」

「……まあそうだろうね。お嬢は結構面白い子だから。今までキリアンの周りではいないタイプだよね」

「俺はどうすりゃいいんだ?」


 黒曜石のように黒く光る瞳をジャンに向けて、まるで黒い子犬のようにじっとジャンを見つめるキリアンは、いつも頭領として堂々と振る舞う姿とは全く違っている。


「自然にしてれば? 感情なんてそのうち定まってくるんじゃない?」

 

 ジャンの返答に、未だ納得のいかないような表情のキリアンは腕を組んで考え込んでいる。


「あー、やっぱ女って面倒くせぇわ」


 漆黒の髪をガシガシ掻いて眉間に皺を寄せ悩める親友に、ジャンは微笑ましい気持ちでこっそりと口の端を持ち上げて笑うのだった。


「キリアン、まあ久々に飲もうよ」


 そう言ってジャンは戸棚から酒の瓶を取り出して、暫くキリアンと酒を酌み交わした。

 



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