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3. 貴方は私の好みではないの、ごめんあそばせ


 やがてジュリエットと護衛達を乗せた馬車は領内で一番賑やかな街ティエリーに着いた。


「お嬢様、到着いたしました。これより我らは目立たぬように護衛いたしますのでどうぞお気をつけください」

「ありがとう。よろしく頼みますわね」


 顔馴染みの屈強な護衛たちににっこりと微笑んだジュリエットは、早く市井の暮らしぶりを見たくてウズウズしているようだ。


 商いの盛んなティエリーは、商業で成り立っている都市で、バザールや個人商店、そして巨大な市場などがある。

 各地から多くの人が集まり、非常に賑やかな街であった。


「まあ、あちらこちらに見たことのないお店がありますのね……」


 思わずジュリエットが呟くほどに一歩街に入れば人々が多く行き交っていた。

 このような喧騒に不慣れなジュリエットは、そろりそろりと足を踏み出し街の外れから中心部へと向かった。


 年頃の男性も多く行き交っていたが、ジュリエットはその誰にも真実の愛を感じることは出来なかったのである。


「いくら多くの人が行き交う街でも、そう簡単に理想の男性に出会えるものではありませんわよね」


 キョロキョロと周りを見渡しながら街を散策するジュリエットに、途中何人もの男が声を掛けた。


 どんなに町娘に変装しようとも、生まれ持っての美しさと気品は隠しきれなかった。

 それに世間知らずなお嬢様が街を一人でうろついていれば、よからぬ輩も近寄ってくるものだ。


 今も一人、軽薄そうな街の若者がジュリエットに声を掛けている。


「お嬢さん、良かったらあっちで美味しい食事でもどうですか?」

「あら? 私のこと? えっと……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 マーサと『周りをよく見て同じように振る舞う』約束していたジュリエットは、町娘になりきろうと店先で声を上げていた恰幅の良い女主人の真似をして返事をしたのだ。


「ぷっ! お嬢さん、無理するなよ。アンタいいとこのお嬢さんだろ? この街の楽しいところを俺が色々案内してやるからさ!」


 どう頑張ってもやはり無理があったようで、ジュリエットは()()()うまくいかなかったことにとても不満げな顔をしている。


「結構よ。それならもう繕うことは必要ありませんわね。貴方は私の好みではないの。ごめんあそばせ」

「何だと! おい!」


 町娘になりきることに失敗したジュリエットは、ツイと若者の前を通り過ぎようとした。

 しかし激昂した若者はジュリエットの手首を掴んで引き留めようと手を伸ばし、隠れていた護衛たちにその手を捻りあげられそのままどこかへ連れられて行った。


 街に着いてからというもの、何度もこのような事が繰り返されている。

 さすがのジュリエットも自分が町娘になりきるのは無理があるのだと気づき始めてきたほどだ。


 そして歩き慣れない令嬢の脚にもそろそろ疲れが見えてきたようで、足を気にする様子が見られてきた。

 どこかで休もうかと周囲へ目を配っているうちにキラリと輝く商品を少し離れた場所に見つけたのだった。


 軒先に商品を並べる店々の前をゆっくりと通り過ぎ、目当ての店の前で足を止める。


「あら、輝いていたのはこれなのね。とても素敵なブローチだわ」

「いらっしゃい! お嬢さんどうだい?」


 店主は慣れた声掛けをする中年の男で、客である町娘スタイルの令嬢を上から下に舐めるように観察してからニヤリと笑った。


「そちらを一つ頂けますかしら?」

「はいよっ! お嬢さんこれは良い品だよ! お目が高いねえ!」

「そうなの。とても可愛らしいわね」


 マーサへの土産にと、店先に並ぶ数多くの装飾品の中から花の細工が施されたブローチを選んだ。

 庶民のお洒落に使うような物であるから、貴族が買うような高価な品とは比べ物にならないほどの素材の違いと飾りに使われた石の品質くらいは装飾品を見慣れたジュリエットにも分かった。

 しかしそのブローチがこのお忍びの土産としては相応しく、優しいマーサに似合いでとても可愛らしいと思ったのだ。


「おいくらかしら?」

「五万ギルだよ! こんなに安い買い物はないよ!」

「五万ギル……市井の装飾品も価格は私が普段買うものとあまり変わらないのね」


 素材が悪かったとしても、それがどれほどの価格なのかまでは分からないジュリエットは商人が足元を見るというような常識も知らない。

 どう見ても世間知らずなお嬢様がお忍びで街に買い物に来ているのが見え見えだった為に、この商人はブローチの価格を五十倍に跳ね上げたのだ。


「いいわ。それを包んでくださいな」

「はいよっ! まいどありー!」


 そう言って素直に支払いをしようとしたところ、隣にスッと影が差し背の高い若い男が立った。


「親父さん、流石にそれはないんじゃねえの?」

「ゲッ……! キリアン!」


 男に声を掛けられた商人は「しまった」という顔をして罰が悪そうに鴨となるはずだった客の隣に立つ男を見ている。

 当のジュリエットは二人のやり取りの意味が分からずに、コテンと小首を傾げたのだった。

 やがて隣に立つ男の顔を見上げてハッと息を呑んだ。


 漆黒の髪と切れ長の黒曜石のような瞳、すうっと通った鼻筋に男らしく面長の輪郭は、まさにジュリエットの理想の顔立ちだったのだ。



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