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29. お迎えの時間なのです


「キリアン、あんたいい嫁さん貰ったじゃないか。ジュリエットはよく頑張ってくれたよ」


 アンがポンポンとジュリエットの肩を叩きながらキリアンに言葉を掛ける。

 キリアンの方はと言うと、一度瞠目(どうもく)してその後口の端を上げた。


「へえ……、アンがそんな風に言うとは珍しいな」

「そんなこたぁないけどさ。この子は素直で良い子だよ。それに仕事の覚えも早くて助かる。また明日からも頼んだよ」


 ジュリエットはアンに褒められて、頬を染め視線を彷徨わせている。

 キリアンがそれに対してどのように返答するのか、ジュリエットは期待と不安が入り混じっていた。


「そうか。アンが褒めるくらいだから、包丁使いは別として……意外と器用なんだな。よくやった」

「痛み入ります」


 キリアンに労われたことで自信が持てたジュリエットは、アンに向かって丁寧なお辞儀をした。


「アンさん、今日はお世話になりました。また明日もよろしくお願いいたします」


 腰に両手を当てて目の前の若い夫婦を笑顔で見つめるアンは、そのお辞儀に満足したように大きく頷いた。

 そうしてまだ十五時と明るい時間の集落を、ジュリエットとキリアンは揃って歩き家路(いえじ)へと向かった。

 途中に見える家々では洗濯物が干されていたり、家畜がのんびり過ごしていたりとゆったりした時間が流れている。

 道端で遊ぶ子どもたちは昼寝でもしているのか、今日は見えなかった。


「キリアン様、私今日は家具の部品を磨いたり塗装したりしましたの。初めてのことばかりでとても新鮮でしたけれど、昼食がいつもよりとても美味しく感じましたのよ」

「そうか。お嬢さんにはここの仕事はひどく疲れたんじゃねえのか」

「確かに疲れていないと言えば嘘になりますが、それでもとてもやり甲斐を感じましたわ」


 風に吹かれれば、下ろしたままのローズピンク色の長い髪がふわりと揺れる。

 そのところどころに油や木屑が付いていた。

 その髪にじっと視線を向けていたキリアンがポツリと呟いた。


「髪は編むか結んだ方が良いかもな」

「え……?」

「木屑、付いてるぞ」


 バババッと急ぎ両の手で髪を触るジュリエットは、頬を紅く染めて恥じらうようにして髪を梳いた。


「そ、そうですわね。そう言えばアンさんも頭巾を被って髪をまとめてらっしゃいましたわ。明日からそのようにいたします」

「自分でやれるのか?」

「……いいえ。でもやってみますわ」


 髪についた汚れなど指摘されれば恥ずかしい気持ちになるものである。

 そして段々と油と木屑で盛大に汚れたエプロンとワンピースまでもが気になってくる。

 ジュリエットは衣服の汚れを払うような仕草をした。


「キリアン様、随分と服も汚れてしまいました。お目汚しお許しくださいませね」

「働くってことはそういうことだ。あんたにもじきに分かるだろう」


 キリアンはフッと黒色の瞳を細め、口元を綻ばせた。

 突然の笑顔に、ジュリエットはその顔をじっと見つめて胸を押さえる。


「キリアン様、そのお顔は反則です。私の大好きなお顔でフッと笑顔を見せてくださるなどと、今日一番のご褒美ですわ!」

「何言ってんだよ……」


 呆れたような声で返事をするも、キリアンは随分とジュリエットに柔らかな表情を見せるようになったのである。

 この日の工房から家への道のりは、ジュリエットにとって特別な時間となった。


「この集落の生活が、私は段々と楽しくなってきましたわ。新しいことに懸命に励むのはこんなに楽しいことでしたのね」


 穏やかな微笑みをキリアンに向けて、ジュリエットは小首を(かし)げることでまたサラリと髪を揺らしたのである。



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