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25. 貴族って奴は汚いことが得意な奴ら


 ジュリエットが工房に預けられたあと、集落の路地をキリアンとジャンは並んで歩く。

 ジャンはニヤニヤと頬を緩ませて、今にも何かを聞きたそうにしていた。


「何だ?」

「いやいやー、お嬢との初夜はどうだった? お嬢は俄然(がぜん)やる気だったけど。お前、『据え膳食わぬは男の恥』ってタイプだもんな」


 ジャンはそのつり目気味の細い目をなお一層細めて、茶化すようにキリアンの肩に己の肩をぶつける。


「……してない」

「貴族のお嬢様の初夜ってどんなだろうなあ……ッて! へ⁉︎ してないって? 何を?」

「お前の想像するようなことは一切してない」


 ジャンはポカーンと口を開けてその場に立ち止まった。

 そして暫くしてから焦茶色の短く刈り上げた髪を両手でガシガシと掻きながら大声を出す。


「何でッ……⁉︎ 何でだよ! あのキリアンが⁉︎」


 心底信じられないものを見るかのように、ジャンはキリアンへ視線を注ぐ。


「何だよ、あのキリアンって……。お前俺のこと獣か何かだと思ってんのか?」

「いやいやいやいや……! お前来るもの拒まずだったじゃないか! お嬢が積極的に来ただろう⁉︎ もっと言やぁお前ら夫婦なんだから! しないとおかしいだろ⁉︎」


 細い目をそれでも多く見開いて、ジャンは頭を抱えながらキリアンの方を見やる。

 そうすれば、スッと視線を逸らしたキリアンは小さな声で独りごちる。


「……無理だろ」

「え? 何だって?」


 上手く聞き取れなかったジャンが聞き返すと、キリアンは鋭く睨みながら答えた。


「あんな箱入り娘のお嬢さんをそんな簡単に抱けるわけねぇだろ!」


 急に大きな声を出したキリアンに、ジャンは驚いた様子で身体を後ろにのけぞった。

 そして一時の間を置いてから破顔して、その場に座り込んで大きく身体を揺らして笑い始める。


「ははははは……ッ! あの! キリアンが! よくもまあそんなこと言えたもんだ!」


 ヒイヒイと息が苦しそうに笑うジャンに、キリアンは凍てつくような視線を向ける。


「お前、笑い過ぎだろ。そのまま呼吸困難で死んでみるか?」


 冷たい声音で言うキリアンにも、ジャンはなかなか笑いがおさまらない様子で座り込んだままでいるのだ。


「はは……ッ! あー、苦し……ッ! まあまあ、そう怒るなって。……さっ! 仕事行くぞ!」


 やっと笑いの波がおさまったのか、スクッと立ち上がったジャンはスタスタと歩いて行った。

 そしてキリアンはそんなジャンの後ろを憮然とした顔でついて行くのであった。


「で? 今日のターゲットは?」


 真面目な顔をしたキリアンがジャンに尋ねる。


「よくぞ聞いてくれた! 近頃女や子どもの人身売買で儲けている奴らさ。クソみたいな貴族どもが組んで貧民街の女や子どもたちを攫ってきては国内や、船を使って他国に奴隷として売り捌いてるらしい」


 ジャンは優秀な情報収集能力の持ち主であった。

 そこら中にコネクションを持っていたし、独自の方法で内側に入り込んで情報を集めた。

 目立たない風貌はその能力を活かすにはもってこいであった。

 

「本当に貴族ってやつはクソみてぇな奴らばかりだな。平民の命は物と同じと思ってやがる」


 キリアンは憤りから、右手で握り拳を作って力を込めた。


「僕の情報によると、昨日売買が済んだばかりだから売人の貴族の家にはたんまりと金が置いてあるって話だ。あと二、三時間もすればその金も資金洗浄(マネーロンダリング)の為に馬車で運搬されてから闇商会で貴金属に変わる。それから仲間の貴族たちに配分されるんだってさ。嫌な話だよな。僕らはその金が運ばれるところを襲うつもりだ」


 遠くを見つめながらも、静かに怒りを発するジャンの肩にキリアンはポンっと手を置いた。


「成る程な。やってやろうぜ。俺ら平民をナメてやがる貴族なんてクソ喰らえだ。それで皆んなはもう配置してるんだな?」

「勿論だ。あとは僕とキリアンが合流するだけ」


 二人は並んで森の入り口の守り人ジョブスのところへと向かう。

 そこで馬を借りて馬車の通る道筋で待ち伏せをする手筈となっている。


 キリアンとジャンは盗賊(シーク)として時にこのように貴族たちの悪事に(まみ)れた金を盗んでいる。

 そうして時には廃墟や遺跡などの場所に(おもむ)き、遺された財宝を探すこともあった。


 集落の中で盗賊稼業をしている人々は頭領であるキリアンの指示に従い、分け前は皆に均等に与えることとなっている。


 顔を布で覆い隠し、ジョブスに準備してもらった馬で駆けるキリアンとジャンは今日も張り切って盗賊稼業に励むのであった。

 





 

 


 





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