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21. あまりにも貴方がお優しいから、勘違いしてしまうところでした


「キリアン様、あの……」

「なんだ?」


 家に帰るとジュリエットの寝台の上で足の傷に軟膏を塗ってから器用に布を巻いていくキリアン。

 ジュリエットは恐る恐る声を掛けた。


「今日は、し……初夜ではないですか。えっと……こちらの寝台は少々キリアン様と共寝(ともね)するには小さいようですが大丈夫でしょうか?」

「初夜……? ああ、そういえばそうだな。あんたは俺と初夜を迎えたいのか?」


 片足の布を巻き終わり、もう片方の足に布を巻きながらキリアンは意地悪そうに笑いながら尋ねる。


「……私はキリアン様の妻になったのですわよね? それならば初夜は当然必要なのではありませんか?」


 先程の照れたような仕草と打って変わって、ジュリエットは強い眼差しをキリアンに向けて少しばかり怒った声音で訴えた。

 例え愛されていなくても、形ばかりの妻だったとしても、初夜を否定されたならば常識で考えればジュリエットの存在を否定されたも同然なのだ。

 お前など妻ではないと。

 それでは困るとジュリエットは訴える。


「まあそう怒るなって。あんたも今日は疲れただろ。足も怪我してるし、ゆっくり休め」

「私は大丈夫です!」


 大きな声で否定して、グッとシーツを握りしめ手の色が真っ白になるほどに力を込めたジュリエットに、笑いを引っ込めたキリアンはふうっとため息を吐いた。


「俺は別にあんたのことは好きでも何でもないし、金の為に契約として婚姻を結んだが、初夜までは約束してない。それに、あんたみたいな箱入り娘のお嬢さんは抱く気にならねえんだ。悪りぃな」

「……キリアン様……」


 スッと立ち上がったキリアンは、後ろ向きのままでヒラヒラと手を振りながら寝台の上のジュリエットに声を掛ける。


「今日は休め。じゃあな」


 ジュリエットの部屋の扉がパタンと閉まる。


 キリアンの姿が見えなくなると、ジュリエットはその紫色の瞳からポロポロと涙を零した。

 涙の雫は服を濡らし、シーツを濡らし、次々と歪な形のシミをつくっていく。


「足の痛みなど、この胸の痛みに比べたら大したことはありませんのに」


 期待していたところもあった。

 時々見せるキリアンの優しさに、もしかしたら自分のことを少しは好いてくれようとしているのかも知れないと。

 それでもこうはっきりと拒絶されれば、この婚姻はキリアンの本意ではなくジュリエットの我儘からのものだと思い知らされるのであった。


「だって、取っ替え引っ替え女を変えていたと言っていたではありませんか。何故私は駄目なのですか。私が努力しようと……箱入り娘だからと、否定しているのはキリアン様の方です」


 堪えようと思っても、嗚咽は止まらずに。

 

 ジュリエットは両の足に丁寧に巻かれた布を撫でながら胸を押さえた。

 分かっているのだ。

 自分が一番我儘で、欲張りだということは。

 それでも、初夜というのは貴族の娘にとっては特別な儀である。

 それは平民だろうが同じだとマーサから聞いていたから尚更に、自分という妻を否定された気がしたジュリエットはどこにも持っていきようのない悲しみに歯を食いしばる。


――マーサも言っていた。


『大変なこともあるでしょう。お嬢様はご苦労をされたことがありませんからね。でも、キリアン様のことを愛してらっしゃるならば歯を食いしばって頑張らねばなりませんよ。いいですか?』


「そうよ。元々分かっていたじゃない。最初から愛してもらおうなどと思うのは烏滸(おこ)がましいことよ。キリアン様が私を妻としてくださっただけでも有難いことなのだから。あまりにあの方がお優しいから、忘れるところだったわ」


 はじめはとにかく妻の座に収まって、それから好きになって貰おうと思っていたのだ。


「上手くいかないからと嘆いても仕方のないことよ、ジュリエット。嘆く暇があるならば、もっと頑張らないといけないわ。この暮らしに早く馴染んで、キリアン様のお役に立てればきっと……」


 そう思えば、涙もいつの間にか引っ込んだ。

 今日はとにかく慣れぬことが多く疲れたのだ。

 だからこんなに感情的になるのだとジュリエットは結論付けてゆっくり休むことにしたようだ。


「明日からまた、頑張りますわよ……」


 窓からは満月の光が差し込み、白のカーテンからチラチラと月光が漏れている。

 そんな中、ジュリエットの寝顔は意外にも穏やかなものであった。




……しかしすぐにジュリエットの紫水晶の瞳はパチリと瞼を押し上げた。


「やはりこのままでは駄目ですわ」

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