18. 妻でいられることが最上の喜びですわ
ジュリエットはキリアンの言葉に尋ねたいこともあったが、とにかくその場では再び皆に丁寧な礼をするに留めた。
「お嬢、良かったな。ひとまず家長たちには受け入れられたみたいだし」
そう言ってジャンは間に挟んだキリアンを避けるように、前側に体を倒してからジュリエットを覗き込むようにして声をかけた。
「はい、あとは私の努力次第ということですわね」
「おっ! 頑張れ、お嬢!」
ジャンは細い目をなんとかウインクさせて、親指を立ててはジュリエットを鼓舞した。
そのあとはジュリエットがキリアンに連れられて集会場の中を挨拶巡りをしてまわった。
キリアンは婚姻したばかりの人間だとは思えない程ににこやかとは程遠い仏頂面ではあったがきちんとジュリエットを妻だと紹介し、ジュリエットもキリアンに紹介される度緩む頬に叱咤しながら真摯に挨拶をしてまわった。
「それにしても、キリアンがねえ……」
挨拶まわりをしていくたびにニヤニヤしながら家長たちの呟くその言葉に、キリアン毎度苦い顔をしていた。
ジュリエットは首を傾げてはニコニコとしていたので皆もそれ以上のことは喋らなかったが、ある壮年の男がとうとう話してくれたのだった。
「あんなに取っ替え引っ替え女を変えてたのになー。それで最終的に連れてきたのがこんなお淑やかな貴族のお嬢さんなんだから、分かんねえもんだなあ。遊びと嫁は別か? 箱入り娘の嫁さんも心配が尽きねえな」
顔を赤らめてどうやら酔っ払った様子の壮年の男は、少し絡んで貴族出身のジュリエットを困らせようとしたのかも知れない。
ジュリエットはどこからどう見ても貴族出身だと分かるが、他の皆はそこに敢えて触れなかっただけである。
キリアンは非常に罰の悪そうな顔をしていたが、そのうち片手で顔を覆ってため息を吐いた。
そしてキリアンが口を開こうとしたところでジュリエットが男に応えた。
「私の方がキリアン様にとてつもない運命を感じまして、無理矢理押しかけたようなものですのよ。過去などどうでも良いのです。私はこれからキリアン様の妻でいられることが最上の喜びなのですから。わざわざご心配していただき、痛み入ります」
最高級のアメジストのようだと家族が褒めた美しい紫の瞳をふわりと細めて、薔薇色の唇はゆっくりと弧を描く。
そしてジュリエットは平民姿で渾身のカーテシーを披露したのだった。
「私は世間知らずな箱入り娘でございました。しかし今後はこちらで皆さんと良好な関係を築けるよう精進してまいります。どうかご指導くださいませ」
どうせジュリエットが貴族出身だということなど隠せるものでもないのだ。
それならば、はじめからジュリエットらしい挨拶をすれば良かったと思っての行動だろう。
自分から素を曝け出さなければ、他人に信用などしてもらえないのだから。
「お、おう……。まあ頑張れよな」
酔いからなのかジュリエットの行動からなのか、顔をより一層赤らめた壮年の男は幾分か身体を小さくして答えた。
そんな男を、周りの男たちがバシバシと叩いたり励ますように肩をポンポンと叩いては笑っている。
「なんだー、お嬢様にしてやられたな!」
「お嬢さん! 頑張れよー」
「キリアン! 嫁さんを大切になー!」
口々にそこかしこからジュリエットへの応援の言葉が投げかけられる。
「ありがとう存じます」
ジュリエットは自然と笑みが零れて礼を述べ、隣のキリアンを見上げるのであった。
キリアンの方も意外な展開に目を瞠って驚いていたものの、そのうちフッと口元を綻ばせた。
「お嬢、恐るべし人たらし能力……」
そんな中、新緑色の瞳を細めてジャンはポツリと独りごちたのだった。