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13. 森の守りをしてくださるなんて、痛み入ります


 馬車に戻った一行は、ガタガタと遠慮なく揺れながら深い森の中へ入っていく。

 見渡す限り鬱蒼(うっそう)と木々が生い茂る森は広大な広さがあった。


 そして同じような木々の中を暫く進んで行けば、ジュリエットたちの馬車が通れないほどの道幅になったところで一軒の丸太小屋と納屋があった。

 丸太小屋の周囲にはちょっとした畑のようなものも見られ、数種類の野菜が植わっている。

 少しひらけた場所には無愛想な壮年(そうねん)の男が腕組みをして仁王立ちしており、ジュリエットたちの方を見ていた。


「おっさん! 馬車をありがとな! 助かった!」


 その場所に馬車を停め、御者席から勢い良く飛び降りたジャンが片手を上げて声をかければ、壮年の男はニコリともせずに答えた。


「随分と遅かったな。もっと早く帰ってくると思ったが……」

「悪かった。ティエリーで野暮用(やぼよう)があってな。これが代金だ」


 不機嫌な口調の男に、キリアンは気にした素振りも見せずに自分の懐から出した金を渡した。


「キリアン様、ここは私が……」


 自分を迎えにくるために使ったのだから出すと言えば、キリアンはチラリとジュリエットの方を見て首を振った。


「いいか、下々の者の常識を教えておいてやる。男が金を払う時は素直に感謝しとけば良いんだ」

「まあ! そうだったのですね。私ったらそのような事も知らずに……世間に(うと)くて申し訳ありません。どうもありがとうございます、キリアン様」


 そんな二人のやり取りをニヤニヤしながら見ているジャンは、平民の男二人には似つかわしくない雰囲気のジュリエットを訝しげに見ている壮年の男に向かって言った。


「キリアンの嫁さんだよ」

「はあ⁉︎ 嫁さん? この見るからに世間知らずで育ちの良さそうなお嬢さんがか⁉︎ まさか……(はら)ませたのか?」

「まあ普通はそう思うわな。違うけど、色々事情があるんだよ」


 ジャンはひどく驚く男へ苦笑いで答えた。


 集落の皆にとっては長年感情の起伏(きふく)がほとんど無い人形のような人間だと思われていた壮年の男は、今しがた耳にしたことが信じられないようで思わずといった様子で大声をあげ、そして表情を崩した。


「申し遅れました。キリアン様の妻になりました。ジュリエットと申します。以後お見知り置きを」


 ジュリエットは男に向かって、虫が跳ねるボウボウの草むらの上では不似合いなほどの優雅なカーテシーをする。


「ふはっ! おもしれぇなあ! キリアンよ! 何の因果か知らねえが、こんなお嬢さんを嫁にもらうなんてよ! お嬢さん、俺はここで集落の人間に馬車を貸し出したり森に変な奴が入んねえか見張ってるんだ。名はジョブス。よろしくな」

「ジョブス様、とても大変なお仕事ですわね。痛み入ります。これからもどうかよろしくお願い申し上げますわ」


 長い付き合いのキリアンたちも見たことのないような珍しく破顔(はがん)したジョブスと、真剣な面持ちで(ねぎら)いの言葉をかけるジュリエットを見て、キリアンたちは面食らってぽかんとした。


「おっさん、笑うことあるんだな」

「キリアン、俺だって人間だからな。面白けりゃ笑いもするさ。それにしても、なあ……? どうしてこんな事になってんのかは知らねえし、お嬢さんみたいな人間にこの森の生活は厳しいだろうが……まあ頑張れよ」

「ありがとう存じます。ジョブス様も」


 ティエリーのエマ婆さんに引き続き、森の人形ジョブスまでも籠絡(ろうらく)するジュリエットの対人スキルの高さを見せつけられたキリアンとジャンは驚きを隠せなかった。


「お嬢の人たらし……」

「貴族ってやつは社交で鍛えられてんのかね」


 そう言ってキリアンとジャンは目配せしあった。


 そこからはジュリエットのトランク一個に減った荷物をキリアンが持ち、三人が一列に並んで道なき道を歩いた。

 枯葉の絨毯となった足元のすぐそばには蔦植物が生い茂り、こんもりとした胸の高さほどの植物もあれば、背の高いまっすぐの木々も生い茂る獣道は昼間であっても日が遮られ少々薄暗いところもある。


「お嬢、大丈夫?」

「はい。このような経験は初めてですけれど、何事も初めてというのは楽しいものですわ」


 列の最後を歩くジャンへ、真ん中のジュリエットは笑顔で振り向いた。

 そのような気配を背中に感じながら、キリアンは後ろを歩くジュリエットに声をかけた。


「あんた、こんな悪路(あくろ)を歩いて脚は平気なのか? まだ暫くはこんな道が続くぞ」

「キリアン様、平気です。私これでもお友達の中ではタフな方なのですわ。邸に足を鍛える道具というものを売りに来た商人の方がいらっしゃいまして、私はそれを使って毎日鍛えておりましたの。」

「なんだよ、その足を鍛える道具ってやつは?」


 怪しげな道具の話に、キリアンは訝しげな顔をして問いかけた。


「そうですわね、まるで踏み台のようになっておりまして、そこを上ったり降りたりする運動の道具ですわ。」

「あんた、それいくらで買ったんだ?」

「確か……二万九千八百ギルでしたわ。商人が言うには、他国の特殊な軽量素材の材料を使っているから価格が高いのだとか……私でも持ち運びできましたもの」


 大きく息を吐いたキリアンは、再び言い聞かせるように話し始めた。


「いいか、これからは無駄に金を使うな。さっきのエマ婆さんのとこの金は全額お前のものだが大切に使え。それがまず俺たち庶民の生活ってもんだ」

「はい。承知いたしましたわ。商人を信用してはならない、ですわよね」


 自信満々に答えるジュリエットをキリアンは未だ疑いの目で見つめていたが、やがて再び前を向いて枯葉の絨毯の上を歩くのだった。


 ジャンはそんな二人を少しばかり離れた後方から見守りながら、長い付き合いであるキリアンが不本意な結婚をすることになったこの妻に対しては密かな期待を寄せていた。

 刹那的(せつなてき)に生きるところのあるキリアンを、もしかすれば変えてくれるかも知れないという期待だ。


「遊び人のキリアンもとうとう観念すべき時が来たか。お嬢がどう変えてくれるか……見ものだなあ」


 その呟きはガサガサと葉を踏み鳴らしながら前を歩く二人には届かなかった。


 

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