逆行した専属執事、今度はお嬢様と共に死刑回避致します
何かふと思い浮かんだ話。
「ねえ……エリック」
横から羸弱そうな声が漏れる。その声はきっと僕だけにしか聞こえない。それくらい小さい声なのだ。回りからは『消えろ』『さっさと死んでしまえ!』『悪女が!』等と主にお嬢様に向かった痛罵が浴びせられる。―――そんな巻き添えを喰らっているのが僕、エリックである。僕は専属執事であった。自分で言うのも何だが、そこそこ優秀だったと思う。
横から漏れた声は僕の〝元〟御主人様―メリッサ・ロッセリーネ公爵令嬢……であった。
「何でしょうか、お嬢様」
顔は見えない。ただ羸弱そうな声が漏れる。実際そうで、僕もここ数日は飲まず食わす状態に近い。当然の事ながら殆ど衰弱しきっている。袋が被されているため、顔は見えない。けれども横から苦笑と欣幸するような気配がする。それと|憐れむような気配もした。そう、誰かに見られている様な。当然だ、今僕達は処刑台の上にいるのだから。それなのに、この可怪しな感覚は……。それからして、
「エリック、は……」
「…?」
お嬢様は微かに微笑した……気がした。
「〝お嬢様〟で、無くなったわた、し…でも呼んでくれるのね」
僕は苦肉を嚙むように恐ろしい悔しさに苛まれた。悔しい等と四節音で表せる程じゃない。
「ありが、とう……」
「………」
僕は答えなかった。いや、答えられなかった。
「…ごめんなさい」
違う。お嬢様は悪くない。悪いのはあいつらだ。何もしていないお嬢様を蹴落とし、冤罪を被せたのは――――!けど、一番は自分に対しての慚愧に耐えない。
「っは、お嬢様は!何も、悪くない。悪いのは―――ガハッ」
「喋るな、平民風情がッ!」
「止めてっ! エリックに危害を加えたっ、ら……あ”あ”…う」
空腹、栄養失調か、お嬢様の身になにかっあったのだろう。こうなってしまえば抗う術は無い。優先すべきはお嬢様。無理に声を荒げてしまえば身体に響く。まあ、もう手遅れなのだが。
「――被告人、メリッサ・ロッセリーネ公爵令嬢。最後に言うことはあるか」
「っ……わたしは、何もしておりわせんわ、けして! わたしは、嵌められたんですのよ!」
「……そこの執事は」
男であろう、人は興味なさげに僕に問いた。そこから僕は袋の中から睨む。当然、袋の中からなのだから意味が無い。
「お嬢様に……最期の言葉を」
「え…?」
「僕は――いえ、私は最期までお嬢様の味方です。どんな事があっても、私は必ずお嬢様を信じております」
「えり、く」
あまりにも力の無い声が、
「―――、慕っておりました」
―ありがとうございました、その言葉を最後に僕は意識を失い始める。それから「執行する」という失う意識の中で最後に聞こえた。
――― 一目惚れだった。僕とお嬢様の元の関係は幼馴染みというものだった。初めて会ったのは8歳の頃。一方的な片想いだ。最期の最期まで不憫だったと言えるかもしれない。けれど、これから終わる人生の最期にお嬢様の傍で想いを伝えられたのは良かったと思う。それから3年後11歳になった時、家が没落し、姓を捨てた。僕はただの『エリック』であり、それから間も無くしてお嬢様の仕える身となった。
――――
――――
――――
―――リック
―え―――く
「――エリック? どうしたの」
硬直した身体が指先からピクリと揺れる。それからぎこちなく手首足首と軽く動かす。目の前にはお嬢様――基、メリッサ様が困惑した表情を滲ませて、戸惑っている。いつもは冷静さを保ってもいる(筈の)僕がこんな不可思議な行動をとる事が驚きなのだろう。
――首を刎ねられた。
その事実が頭に焼き付く。とはいえ、何故だか分からないが今は仕事中らしい。それについて考えることを止め、カップにお嬢様御所望の紅茶を淹れる。それからティーカップをお嬢様の向きにカチャリと音を微かに鳴らして置いた。いつでも淹れられる様にとティーポットを手に持つ。お嬢様は先程の様子を気にした素振りなくカップを右手で、フードを左手で、それからつまんだ指を――カップを傾けた。
お嬢様はフッと溜息をついてから、
「少し焦っていたようだけど、どうしたのかしら」
僕は当然の事ながら嘘で塗りたくられた笑みを浮かべる。
「何もありませんよ、お嬢様。僕はいつもの様にお嬢様お美しいなと思いまして」
お嬢様は嘲笑するような笑みを僕に小さく向けた。
「一人称、どうしたのかしら」
思わず眼を見開いた。口走ったというか、確かにお嬢様の前では『私』と一人称していた。お嬢様はそんな隙も見逃さない。
そしてカチャリと音を立ててニッコリと笑った。
「まあ、無理して話さなくても良いわ」
「っふ……お嬢様には敵いません」
「ありがとう」
褒め言葉のつもりは無かったんだが、まあ良い。
「御言葉通りそうさせて貰います」
お嬢様は何も言わなかった。そして、
「紅茶を――」
また眼を見開いてしまった。
「―淹れて頂戴」
お嬢様の久しぶりに見る柔らかい表情に魅入られたからだ
✰
お嬢様の専属になってから半年が過ぎた頃だった。つまりまだ11歳である。頭を整理して結論づいたのは、僕はどうやら逆行したらしい。お嬢様と僕が処刑される7年前。だが、こんな非現実的な現象があるものなのか。それに、あれは夢の可能性だってある。だが、それは断じて否定したい。それはつまり、仕事中に立ちながら寝たというのと。そんな事実があってたまるか。けど、もしもあの悪夢が現実なら……と思うと背筋がゾクッとする。僕達は7年もすれば死ぬのだ。思えば元々の原因はあのクソ王子とあの女のせいだ。クソ等という言葉は出来るなら使いたくはなかったが、事実なのだ。何も言い返す事はない。巻き込まれたと言えば巻き込まれた。僕が何の因果かお嬢様の実行役と仕立てられた。女の名をシェリー、男爵令嬢である。その女に惚れた愚かな王子共、またお嬢様の婚約者であったクロード・エバンズ、第2王子。お嬢様との婚約は少し遅く12歳8月頃。何でそこまで覚えているのかと聞かれれば一応一目惚れの事を忘れないでほしい。貴族の地位を没収された汚名のある自分とお嬢様の身分違いなど誰がどう聞いてもそう答えるだろう。当人である僕もそう言う。だからお嬢様の傍で見守っている事しか出来ないのだ。お嬢様が誰と結ばれても仕方ない、暗黙の了解としていたのに、だ。当然〝共〟というのだから王子と女の取り巻きがいるわけで。まあ、悪女とは呼ばれていたが、先程の様にお嬢様は小さな隙――つまり、洞察力に優れているし、博識だ。着いていく僕もそこそこに知識はある筈だ(多分)。だからこそついあの王子共を見誤っていた。薄々婚約者であるお嬢様を疎んでいるだろうとは勘付いてはいたが、あそこまでの行動力と処刑まで追い込むとは思っていなかった。あの自称聖女のシェリーがあの後国を纏められるとは思えない。だからこそ実にお嬢様のいなくなったあとの国を是非見てみたかった。補足するが、聖女とは国の象徴であり、数少ない希少な人物である。聖属性と光属性の能力を有している。聖属性の詳しいことについては聖女と王族にしか伝わっていない。なのでどんな治癒力なのか、他にどんな能力があるのか民全員知らない。当然、下中上級貴族こそ知らない。婚約者であるお嬢様に伝えられているかいないかの可能性だ。
だが――、あれだと覚えている様子も無いだろう。何故お嬢様が処刑されたのか、罪状された内容は反逆罪及び殺人未遂。もう少し警戒していれば対処出来たかもしれないものを……。とんだ失態だ。まあ、現在考えても意味の無い失態を掘り返しても意味がない。目指すは死刑回避だ。あの事の裏も是非知りたい。それに……近い未来が少々楽しみだ。まずは見習い執事から専属執事に成り上がらなければならない、そしてその真の目的はやはりあのクロードとの婚約回避だろう。元々は王族主催のお茶会で偶然選ばれただけなので所詮は政略結婚である。その原因であるお茶会でどう選ばれないようにするかが重要である。王族主催となるとお茶会は必然的に行かなければ行けない。その為にも何か策を得なければならない。
残り9ヶ月、その為にすることは――――
「何もありませんよ、お嬢様。僕はいつもの様にお嬢様お美しいなと思いまして」
の部分を最初、
「何もありませんよ、お嬢様。いつもの様に僕はお美しいなと思いまして」
と書いて、見直した後にこれ、捉え方によってはエリック、ナルシストじゃね? と思った。
と、いう雑談。
最後まで見ていただいてありがとうございました。誤字脱字、よろしくお願いします(あったら)。あと、無理矢理終わらせました。