中編
「諦めるものかっ! そもそも、なぜっ、お前は俺を嫌わないっ!!」
「なぜも何も、愛することに理由などありませんわ」
中性的な顔立ちも相まって、ライグの涙目は庇護欲を誘うものに見える。当然、ライグ自身には自覚はない上、そう見られていると分かれば、屈辱に身を震わせることとなるだろう。ただ、今のライグには、周りのことなど何一つ、見えてはいなかった。
「なっ、お前には虫を贈ったこともあるはずだ!」
「まぁ、そうですわね! あの時は、新人の侍女が失神してしまいましたが、我が領地の畑にはとても有用な虫でしたので、感謝しておりますのよ?」
当然のことながら、婚約者に虫を贈るなど、あり得ない所業だ。よほど、贈られた令嬢の立場が低くない限り、婚約破棄や慰謝料の請求などあって然るべき行い。周りの貴族達も、あまりな行いに眉を顰めるものが続出する。
……しかし、ユミルは女神のような微笑みで、それを受け流た。
「ぐっ、わ、わざとエスコートしなかったこともあるっ!」
「あぁ、そうでしたわね。ですが、その日はわたくしも体調を崩してしまい、結果的には病気を殿下に移すことがなかったので安心しておりますわ」
男性が婚約者のエスコートをしないというのは、よほどの理由がない限り、ご令嬢にその価値がないということの証明にほかならない。ご令嬢側からすれば、酷い侮辱行為。それでも、ユミルは慈愛すら感じられる微笑みで応じる。
「他の女性と三回踊ったことだってある!」
「確かに、あれは失敗でしたわね。パーティで同じ相手と三回踊るということは、婚約者であると示しているようなもの。ですが、どうやらそのご令嬢はまだ不慣れな状態で、周りから見ても危うかったそうなので、王子として対処しようと懸命だったのでしょう?」
婚約者以外と三回踊るのも侮辱行為に違いない。しかし、ユミルはライグの対応が不味かったことを指摘しながらも、その努力を認めるという方向で持ち上げる。
会場に居る貴族達は実感したことだろう。ユミルの方が、一枚も二枚も上手だと。
「ぐ、ぐぐっ」
「本日とて、わたくしとお父様の関係が良好だということを示してくださったのでしょう? 昔は、少しばかりよろしくないという噂が流れておりましたし、お気遣い、感謝いたしますわ」
ニコリと、全く悪意を感じさせない微笑みを浮かべるユミルに、貴族達は一様に感心する。
ユミルが第二王子、ライグを愛しているというのは秘密でも何でもなく、一般常識として貴族社会に普及している。だからこそ、ライグ本人から嫌がらせを受けるユミルを心配する者が多かったのだが、ユミルとライグの頭のできは天と地ほどにも差があり、心配するほどユミルが弱くはないと、今、この場所で大々的に証明されたこととなる。いや、むしろ、ユミルにもっとやれと応援している者も居るかもしれない。
「お、俺は、リィンと婚約するんだ!!」
「さようですか。では、リィン様、お返事をお願いできますか?」
リィン・ミルファー男爵令嬢。彼女は所謂成り上がりで、貴族に仲間入りしたばかりのご令嬢。ふわふわのミルクティー色の髪と、クリッとした青い瞳が印象的な可愛らしい少女。一時期は、ライグの妾になるのではないかと囁かれていたそのご令嬢は、ユミルに呼ばれて騒ぎの中心地へと歩を進める。そして……。
「絶対に、嫌です!」
軽蔑を浮かべた瞳で、ハッキリ、キッパリ、言い切った。