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ショートショートの小宇宙

本当の自分

作者: 駿平堂

 引っ込み思案な性格で、なかなか周囲と打ち解けることができなかった、そんな私の悩みを解決してくれたのはマスクだった。マスクを着ければ、私はどんな私にもなれるのだ。


 それに気が付いたのは、もう一学期も終わろうとしていたある日のこと。おまじない程度のつもりで、朝マスクを着ける時に裏面にマジックで【明るく】と書いてみたのだ。


「おはよう! 最近暑いね!」


 するとびっくり。教室に着いた時に、いつもの私からは考えられないくらい明るく同級生に挨拶することができた。私の突然の変化にみんな驚いていたが、誰よりも驚いていたのは私だったと思う。

 

 それからというもの、私は常になりたい自分をマスクの裏面に書き込んで過ごしてきた。そのおかげで学校生活は順風満帆だったし、素敵な彼氏だってできた。ゆう君だ。もうそろそろ付き合い始めてひと月になる。

 

 ゆう君の目に映っている私は、優しくて、明るくて、謙虚で、思いやりがあって、面白くて、マスクの裏側が真っ黒になるくらい素敵な性格をしているはずだ。

ただ一つ難点があるとすれば、ご飯を食べる時。ご飯を食べる時はマスクを取らなきゃいけないから、素の自分に戻ってしまう。それを誰かに見られるのが嫌で、昼食はいつも一人で屋上で食べていた。

 

 でも、彼氏がいるのにずっと一人でご飯を食べているわけにもいかない。そんなの変だし、寂しい。それにこれからもずっとマスクを着けているわけにもいかない。だって今のままだったら、食事はおろか、キスだってできないのだから。

 

 このままマスクにすがっていたいという気持ちを押しとどめて、私は遂に、ゆう君をお昼ご飯に誘った。

 

 お昼の時間。いつもの屋上。いつもと違うのは、隣にいるゆう君の存在。


「珍しいね。ご飯に一緒に食べようなんて」


「うん。今まではね、ゆう君とご飯を食べるのが怖かったの」


 ゆう君は不思議そうな顔をしていた。当然だろう。彼氏とご飯を食べるのが怖い彼女なんて、そう滅多にいるものではない。


「そうなの? なんで?」


 こちらの目を見つめながらそう言うゆう君。覚悟を決めた私はマスクを取って、ゆう君の目を見つめ返す。


「実は私、マスクを取ると、性格が、変わるんです。今まで、あなたと会っていた時の私は、本当の私じゃ、ないんです」


 たどたどしいし、敬語になってるし、ゆう君はきょとんとした顔でこっちを見て固まっているし。散々だ。やっぱり、変だったかな。いきなりこんなこと伝えて……。なんてことを考えていると、やっとゆう君が口を開いた。


「確かに感じが少し変わったからちょっとびっくりしちゃった。あれだよね、マスクをしていると、なんとなく安心感あるって言うか、そういう気持ち的なやつだよね?」


 いまいち私の言っていることが伝わっていないようだが、まさか本当にマスクで性格が変わっているなんて信じてもらえないだろうから、そういうことにしておいた。


「うん。だから、今まで一緒にご飯を食べるのが、怖かったんです。本当の自分を曝け出して、嫌われたら、って思うと」


 相変わらずたどたどしい私に対してゆう君は、さらっとこんなことを言った。


「確かにマスクを取ってちょっと変わったとは思うけど、気にしなくてもいいんじゃない。そういうとこは。うん」


 ゆう君の言葉に思わず目頭が熱くなった。たぶん、今の言葉は、私を思いやろうとか、そういう気持ちではなく、ゆう君の素の気持ちなんだろうと思えた。じゃなきゃあんなさらっと言えるわけない。


「うん、ありがとう」


 それからの食事は、盛り上がりに欠けてはいたと思うが、私とゆう君の心はいつもより深いところで結ばれていた。




 後日、昼休みの教室の隅には、ありがちな恋愛話で盛り上がっている集団がいた。


「勇也さ、どうしてあの子振っちゃったの? いい感じだったじゃん」


「それがさ、この間初めて一緒にお昼食べたのよ」


「初めて? まじ?」


「そうなのよ。そしたら、私はマスクを取ると性格が変わるの、みたいなことを言い出して。そこでちょっとフリーズしちゃって」


「それは固まるわ」


「いやまあ確かにびっくりしたし、実際マスク取ったら感じも少し変わったんだけど、それはまあよかったのよ」


「じゃあどうして振っちゃったの?」


「うーん、やっぱねえ。マスク取った顔がさ。思ってたのと違ってたっていうか……」

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