第5話 太めのロリータと細めのヤンキー
わたしは学校の校門で立ち止まる。
この学校が九州では一番有名な福岡ファッション専門学校だ。
ここからわたしの夢への挑戦が始まる。
大きな期待を胸に秘めながら校門をくぐった。
前には数人の新入生と思われる生徒が歩いている。彼らも入学式に出席するのだろうと思い、生徒たちの後に付いて行く。
入学式はビルの一番上の会場で行われる。多くの新入生が入り口から緊張した趣きで入っていく。
自分もその一人だ。
会場に入ると、一人ひとり折りたたみ式の椅子に座り始める。
わたしは女の子に挟まれて座った時、右隣りに座っている女の子を見た。
その子は白のTシャツの上にネービー色のジャケットを着ている。
「この子、超シンプル!
えらいあっさりしてるけど。
顔もそんなに特徴ないし、すぐ忘れてしまいそう。
この子、言ってみれば、今多いユニクロ系やね」
勝手にコメントを付けて、女子生徒のキャラを自分なりに決めた。
次は左隣りを眺めると、ちょっと驚かされる。
「おおっ、太めのロリータか!
北九州じゃロリータおらんから、生まれて初めて見た。
やっぱり、強烈なインパクトやね。
ロリータちゃんは、ちっちゃい子を思い浮かべるけど、この子、随分と太いなあ」
少し余裕が出てきたので、ゆっくりと周りを見回す。
目の前に座っているのは、背の高い男の子だ。
「顔は見えんけど男だ。
でも真っ金髪かよ。
ちょっとキツかーっ!
でもその横の子の髪はホットピンクやね。
ちょ……ちょっと待てよ、周りみんな髪染めてるやん。
黒髪、私一人?
これヤバくない?」
「ファッション専門学校だから、随分と個性の強い人間が集まると思ってたけど……
これちょっと、個性を強調するというよりも、ファッション・サーカスっぽくない?」
周りを見ながら戸惑い始めた時、舞台の上に坂本校長が挨拶をする為に上がった。
先がピンと跳ね上がった真っ赤な猫目のメガネは、面接の時と同じだが、ボブカットの髪は一段と短くなって、よりシャープに見えた。
服は真っ黒で、ウエストがしまったコートドレスの端々《はしばし》から、何なのかわからない色々なものが垂れ下がっている。
「校長先生までギャルソンかよ。
やっぱあ、この学校、随分と飛んでるよね」
と思いながら坂本校長の言葉に聞き入る。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
ご家族、ご関係者の皆様、教職員一同、心よりお祝いと歓迎のご挨拶を申し上げます。
我が校は、日本のファッションの成り立ちと共に歩んできました。
長い歴史の元で、伝承を継承しつつ、常に新しい技術を取り入れてきました。
時代と共に変化するファッションを、世界に強く発信し続けることが、私どもの使命であると思っています。
この学校から一人でも多く、次の時代を切り開く、ファッションの担い手になってくれることを心より願っています」
「ゴホン」
太めのロリータが大きく咳をした。
「皆さん、ここで一つ覚えておいていただきたいことがあります。
今まで皆さんがやってきた勉強は、正解のある問題を解くことを求められていました。つまり暗記した知識の量を試されていた訳です。
ファッションの世界では正解はありません。今までなかったことを、独創的なアイデアを出して、新しいものを創造しなければなりません。
自分の頭で考えて新しいものを作り上げる。それがファッションの素晴らしいところです」
「ゴホン」
またロリータが咳をする。
「世界の状況はとても速いスピードで変化しています。特にインターネットの影響で、年々《ねんねん》グローバル化が進んでいます。
トレンドのサイクルは、今まで以上に加速度化しているのが現状です。速いトレンドの変わりに対応して、新しいアイデアを出し続けていかなければなりません。
それが出来るには、豊かな創造力を育てるしかありません。我が校はその創造力を高める場所です」
「ゴホン、ゴホン」
話が長いと文句を言っているように、ロリータは咳を繰り返す。
「こいつ、相当根性あるな……」と思いながら、琴音はロリータを見た。
「皆さんは、色々な理由でこの学校を選ばれたと思います。学生時代は長い人生の中で、かけがえのない大切な時期です。
その日々《ひび》を悔いのないように、充実した学生生活を、このキャンパスで過ごされることを期待しております。これをもって祝辞といたします」
「あー、やっと終わったばい」
ロリータは独り言のように吐息をついた。
わたしは坂本校長の話を聞きながら、新しいスタートラインに立ったような気がした。
この学校で何かを掴まなければならない。
将来、情熱を注げれる何かを。
校長先生の言葉に感動したわたしが、やる気満々で席を立った時、隣に座っているロリータが話しかけて来た。
「ばってんあのおばちゃん、話し長かよね。そげん思わんかった、イチゴ?」
「確かに長かったけど、感動ものだったやん」
「えっ、あげんかとで感動したと? それはちょっと、大げさやろ、イチゴ?」
わたしはロリータと話していて腑に落ちない。
「なぜ、必ず『イチゴ』と文章の最後につけるのだろう?」と思いながら話を続ける。
「ロリータちゃんは、校長先生の祝辞が気に入らんかったんね?」
「そこまでは言っとらんばってん、なんかプレッシャーに感じんかった、イチゴ?」
わたしはとうとう堪忍袋の尾が切れた。
「何ね、その『イチゴ』『イチゴ』って。何んで、話すたびに『イチゴ』が最後に付いてくるんね?」
「えっ? 下妻物語見たことないと?」
「なに、その下妻物語ち?」
「知らん、知らん」
「うそやん、あの映画歴史至上の超名作しらんと?」
ロリータが何のことを言っているのか、全く理解できない。
「わたし、知らんっちゃ!」
「ロリータをこよなく愛する桃子と、純ヤンキーで暴走族のイチゴの究極友情物語!」
「本当に知らんと?」
ロリータは信じられないという顔をして、わたしを見る。
少し理解し始めてきたが、なぜわたしをイチゴと呼ぶのかわからない。
「でも何でわたしがイチゴなんよ?」
「そんな見え見えなことは聞くな」と言うようにロリータは不思議な顔をする。
「それ冗談?」
またその意味がわからない。
「いやっ」
「そりゃ、そうやろー、あんた、
オーバーサイズの真っ赤なスカジャン着て、
ダボダボなアディダスのスエットパンツ履いとったら、
どげん見たってヤンキーやんね」
絶対間違いないと、自信を持って答えた。
わたしは自分の服装を怪訝そうに見直す。
「あんた、福岡の出身じゃなかろ。
もうヤンキーは、絶滅した恐竜と一緒やけん、
福岡にはおらんとばい」
ロリータの言葉にわたしは愕然として、目の前が真っ暗になりそうになった。
福岡で、一度もヤンキーを見たことないのは確かだ。
五十キロ離れた北九州では、ヤンキーとアゲハは至る所で目につくので、ヤンキーを特別な目で見たこともない。
衣装の派手さが、年々エスカレートしていく北九州の成人式は、ニュースでも全国放送されるほど、ヤンキーとアゲハが幅を利かせているのは事実だ。
「でも、自分がそのヤンキーの一人だった」とは今まで気付かなかったのも事実だった。
「ばってん、わたし、ヤンキー大好き。こげんして一緒におると、
本当に下妻物語の映画の中に入っとるみたい!
私たち、よかコンビやと思わん?」
わたしの腕を取ったロリータは、本当に満足そうだ。
「下妻物語ば見たことなかって言っとったけん、
今度、映画ダウンロードしてくるけん、
一緒に見ようばい。よかっ?」
わたしを見た後で、自己紹介する。
「わたし、パミュって言うけん、よろしく」
「それ、絶対嘘だ! ありえない!」と思いながら、
「うちは、琴音」と返した。
「えっ、ことね? それまじ?」
「ことは楽器の琴で、ねは音のね?」
「そう」
「その名前、すごくない?
まるで京都の舞妓はんみたいやん。
キャー、かっこよかーっ!」
ロリータは嬉しそうに叫んだ。
「もう、勘弁してくれ!」と思いながらも、
学校の一日目から派手な友達が出来た。
自称「パミュ」という、
全身ピンクで着飾った太めのロリータだった。