魔法のガラス玉
公募に出す予定だった、短編のプロトタイプです。
始めて書いた短編小説です。
子供の頃、何よりも大切にしていた宝物。
日の光に照らされると、それはキラキラと輝いた。まるで、海を閉じ込めたような青よりも青い、きれいなブルー。覗き込むと、退屈なこの街も色鮮やかな珊瑚礁の海のように、人々は群れる色とりどりの海水魚のように見えた。
それは小さくて、青くて、ラメが散りばめられた、どこにでもあるガラス玉。
でも、それは幼い私にとっては魔法のガラス玉だった。
その魔法のガラス玉を、私はいつも持ち歩いていた。
そして、いつしか無くしてしまっていた。
どこで無くしてしまったのか、公園の砂場だっただろうか、ジャングルジムだっただろうか、学校だっただろうか、覚えていない。ただ、男の子の友達が一人、一緒に涙ぐみながら思い当たる所を探し回った覚えがある。
遠い昔の記憶だ。
気づけば私は二九になる。純真無垢な少女は、今ではすっかり社畜の女である。対して給料も高くないのに無駄に貯金だけが貯まっていく。男っ気もない。人と会う予定もない。お金の使い道のない私は宝石の収集が趣味となっていた。
ルビー、サファイア、エメラルドにダイヤモンド。どれも高価でキラキラと美しい宝石だ。
でも、何かが足りない。
日の光に当てても、覗き込んでみても、それは、ただの光る石でしかなかった。あの頃の感動は何処にもなかった。
ただのガラス玉に感動して魔法を感じて、無くして一晩中泣いたあの頃の自分は幼すぎただけだと嘲笑った。
そんなある日、実家の母から電話があった。
「ミオ、あんた覚えてる?」
「覚えてる? ってなによ、母さん」
母の第一声は意味不明だ。せめて主語ははっきりして欲しい。ちなみに『ミオ』とは私の名前だ
「あんたが仲良しだったヒロキ君、覚えてる?」
「ヒロキ君? 元彼かな?」
「元彼って、私が知ってるのは、あんたが小さい頃、ガラス玉無くして大泣きしてた時に一緒に探してた男の子よ」
あの時の男の子、ヒロキって名前だったのか。確かあの後、ヒロキ君はすぐに引っ越してそれっきり会えなかったはず。
「そのヒロキ君がどうしたの?」
「そのヒロキ君が出張で近くまで来ててね、うちに挨拶に来たのよ。あんたのことしっかり覚えていたわよ」
私は名前すら覚えていなかったのに、私のこと覚えていてくれたのか。
「それでヒロキ君、明日もうちに来るから、あんたも来なさい」
まったくお節介な母である。
「わかった。会ってみる」
母は良かったと言って電話を切った。
翌日、人と会うため、休日におめかしだなんていつぶりだろう。私は軽くシャワーを浴び、ナチュラルメイクで決めて家を出た。決して男女の何かを期待しているわけじゃない。社会人としての礼儀である。
実家に着くと、すでにヒロキ君は着いていた。
「あ、ミオちゃん? 久しぶり、覚えているかな?」
ヒロキ君は少し不安そうに聞いてくる。
忘れていた記憶が蘇る。少し白髪交じりですっかり大人の男性だけど、間違いなく、あの時一緒にガラス玉を探してくれた男の子だ。
「ヒロキ君、久しぶり」
そう言うとふわっとした優しい笑顔を見せてくれた。
「そういえば、君に渡したい物があるんだ」
そう言うと、私の手に青いガラス玉をおいた。
「あの時、君が帰った後も探し続けたんだ。それでも見つからなくてね」
ヒロキ君は頬を掻き、照れながら続ける。
「あの時以来君には会えてなかったけど、転校するまで毎日、探していたんだ」
そういえば、あの後、数日間、寝込んで学校を休んでいたんだ。
「それで、最後の日にジャングルジムの真下で見つけたんだ」
「それを今まで持ってたの?」
「うん。いつか君に会えたら返そうと思って。馬鹿らしいと思うだろうけど……」
もう一度、手の上のガラス玉を見つめる。日の光に照らしても、覗き込んでみても、あの頃の輝きはどこにもない。
それでも、茶色にくすんだガラス玉は今まで集めたどの宝石よりも輝いて見えた。