第八幕
今日はいつもより早めの更新です。
今回で第一章は終わりとなります
「アーベック、私聞きたいことがあるの」
「はい、何でしょう?」
庭に設置してある2人掛けのベンチに座って、花を見つめながらアーベックの方を見ずにぽつりと呟いた。
「どうしてアーベックが咲かせる花は、寂しそうなの?」
「……え…」
いつ見ても美しい花たち。だけど時折、花たちが寂しいと泣いているような気がするのだ。
私の考えすぎなだけかもしれない。
だけど、もし花を咲かせている彼が寂しいと感じることがあるのなら、できるだけそれを癒してあげたい。
「アーベック?」
「……すみません…」
「どうして謝るの?」
眉根を下げた彼は、悲しい顔をして微笑むと、そっと私の頭を撫でた。
「…少しだけ、触れさせてください」
「……えぇ」
無言で髪をいじったり、撫でたりして、私に触れる彼の手はとても優しく暖かい。
「僕には…」
しばらくして、彼が口を開く。
「弟が居たんです」
「…弟?」
「はい」
私の頭から手を退けた彼は、手を組んで過去の話をし始めた。
彼には3歳年下の弟が居るらしく、二人はどこに行くもいつも一緒に居たそう。
弟は最初は兄を慕っていたが、周りと比べられる事が多くなり、いつしか離れ、言葉を交わすこともほとんど無くなってしまった。
アーベックはもちろんそれを悲しみ、また昔のように仲良く出来ないかと弟に話しかけるが、それでも弟の心はどんどん離れていってしまう。
ある時、彼は得意の大地属性の魔法で、弟にライラックの花をプレゼントしたが、弟はそれを受けとると地面に投げ捨て。
「僕の咲かせた花を『嫌いだ』と言ったんです。好きだと言ってくれた、僕の花を」
悄然とした表情で庭に咲いている花々を見つめる彼は、唇をぎゅっと結んでいる。
今にも、泣いてしまいそうな顔だ。
「…いつかまた、あなたの弟はあなたの花を好きだと言ってくれるわ」
俯いている彼に語りかけると、驚いたような表情でこちらに向き直る。
「私が言うんだから間違いないわよ。あなたはまた弟と仲良くできる。私がそうしてあげる」
「……」
無言でいる彼の手を握って、微笑みかける。
「冷えてしまったあなたの弟の、心を溶かす花を咲かせましょ。きっと彼だって、その花を待っているわ」
「……っ……」
「あれ、泣いてるの?」
「…見ないでください…」
弟が泣くほど大切なのね。
彼の涙がぽたぽたと地面に落ちる。
俯いてしまって泣き顔は長くは見れなかったが、きっとこの涙は悪いものじゃない…と、思う。
「ほら、いつまで泣いてるの?涙拭って、お花たちに笑われるわよ!」
彼の背中をぽんぽん叩いて、にっこりと笑顔を向けると、彼も涙を拭いながら笑顔を浮べる。
先程よりも、良い笑顔を。
「……わぁ…!」
すると、アーベックが笑った瞬間庭の花が舞うように散り、新しく芽生えた花はより一層彩りを増して、みるみるうちに庭の小さな花畑はキラキラとした宝石たちに包まれた。
「綺麗…!!このお花たちは笑ってるわね…!」
ぱちぱちと手を叩いて、目の前で起きた奇跡に喜ぶ。こういった魔法を見るのは初めてではないが、何度見ても感銘を受ける。
「私、アーベックの咲かせるお花、大好きよ」
「……!!ありがとうございます……ですがマリア様…」
「ん?」
「その言葉は、ギュアス様の前では言わないでくださいね…」
「…あー…」
確かに、お父様の前でアーベック(の花が)大好き!なんて言ったらタダじゃ済まされないわね。
くすくす笑いながら頷くと、話題を変えて今度はどの花が好きなのか聞いてみた。
「一番好きな花はライラックですね」
「ライラックって、小さなお花がたくさんくっついてる、あのお花?」
「はい。可愛らしい見た目も好きなのですが、僕はライラックの花に含まれる花言葉が好きなんです」
愛おしそうにライラックの花を見つめる彼は、少し間を開けたあと、言葉の続きを口にした。
「ライラックの花言葉は色によって違ったりしますが『友情』や…『思い出』の意味が詰まった、素敵な意味を持っているんですよ。」
「…素敵ね」
あなたの大切な『思い出』が詰まった花なのね。
▽▽▽▽▽
それから2週間が経ち。
「マリア様っ」
ニコニコと嬉しそうな顔で、部屋から出た私の前に現れたのは濃い茶髪が似合うふわふわとした巻き毛のエルフ。
つまりアーベックだ。
「またこんな所にいて、仕事は終わったの?」
「はい、ばっちりです」
ソワソワとしだした彼を見て、クスリと一笑零して、手招きをする。
私の前で傅いたアーベックの頭をふわりと撫でて、囁くように「お疲れ様」と言ってみた。
ぱっと華やいだ彼の表情は、まるで子供のよう。
あの日から、仕事終わりに私のところに来るアーベックは、こうやって私に撫でてもらいに来るのだ。
(3歳に撫でてもらう大人ってどうかと思うけど)
とか思いながらも、このくすぐったいような気分が心地よいのでやめる気はない。
あと、アーベック可愛いし。
「あらあら、アーベックさんったら」
私の後ろからひょっこり出てきたジュエリに見つかり、慌ててアーベックは立ち上がって咳払いをする。
「……」
「ふっふふ…マリア様は凄い方ですね」
「凄い…?」
「はい、色々と凄いです」
クスクスと声を漏らして笑うジュエリと、顔を真っ赤にして俯くアーベックを交互に見て、考える。
私、凄いのかしら?
「だから、アーベック…毎回思うんだけど…」
庭に咲いた宝石のような彩り豊かな花々を見て、ピクピクと口元がひくつく。
「毎日庭の花を変えなくていいのよ?違う種類を咲かせなくてもいいのよ…?」
庭への散歩が日課になってきた近頃、花の観察をしてみれば一日前とは違う花が咲いていて毎回びっくりする。
アーベックが私に心を開いてくれたのは喜ばしいことだけれど、ここまで私にしてくれなくてもいいのよ…ほんと…。
「魔力消費しちゃうでしょ?」
「大丈夫です。マリア様の笑顔を見れば満タンに回復しますので」
「……そう…」
ここまで曇りない笑顔で言われてしまえばもう何も言えない。
はぁ、と周りに気づかれないように小さくため息をこぼした。
誰か、私の周りにマトモな人は居ないのかしら。
ジュエリもアーベックもお父様も、みんな溺愛が激しいわ…。
「…空が綺麗ねぇ…」
そんな幸せな悩みを、一言の言葉に込めて空に唄った春先の日暮れ時。
私の幸せは、まだまだこれからだ。
と、いうわけで数日間毎日更新してみましたが、思いの外たくさんの方に読んでいただけて、私、感激のあまり失神してしまいそうです…!!
皆様、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!!
ではでは、あとがきが長くなりましたが、次回の更新でまたお会い致しましょう!引き続き『三回破滅した令嬢は、四回目の人生は平和に生きたい』、略して『はめへわ』をよろしくお願いいたします!