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第七幕

豪邸をプレゼントされたのはまだ可愛いものよ。


そう思ってしまうくらい、3歳の私にとって凄まじいものをお父様がプレゼントしてくれたのは、一ヶ月前のこと。


お花畑と化した庭で花を見つめていると、背後からお父様に呼びかけられて、見せられた書類にまた驚愕する。


ざっくり説明すると、書類にはとある土地を買い取った説明と、それを誰が所有しているか名前が書いてあって、そこには私の名前がどどんと記されていた。


つまり、土地をプレゼントされたのだ。


普通3歳児に土地をプレゼントするかしら??

王族でもしないわよそんな事。


それくらい、私のお父様はすごい。


だけど、お父様もお父様で凄いが、私の周りにはどうやら節度を弁えられない人が沢山いるみたいで……。




「ねぇ、お父様って前からああだったかしら」


色とりどりの無数の花が咲き誇る美しい庭で、スイーツを食べながらジュエリに聞いてみると、苦笑いをこぼした彼女は空のカップに紅茶を注いだ。


「マリア様がこの御屋敷に産まれてきてくださってから、旦那様はお変わりになりました」


聞けば、父は常に無表情で無口な方だったと言われて、今の彼とはあまりにも違いすぎるせいか、ジュエリの話を疑ってしまう。


「今でもマリア様以外の方といると氷みたいだと言われているんですよ」

「ふーん…」


意外だわ。

ティーカップの取っ手に指をひっかけ、カップを持ち上げる。

りんごの甘い香りが湯気と一緒にふわりと風に連れていかれて、ごくりと一口飲めば、甘く酸味のある味が口の中で弾ける。


生前はダージリンの強い香りが好きだったのだが、今の私はまだ3歳。

カフェインの入っている紅茶は子供の体にあまり良くないので、アップルティーを一日に一杯、おやつの時間に飲んでいる。


おやつのスイーツは甘さ控えめのチョコムースだ。


「でも…」


パクッとムースを食べながら、一言漏らす。


「お父様が他の方には冷淡って、なんだか実感が湧かないわね。ジュエリやフィアズにもたまに笑いかけるじゃない」

「それは、マリア様の前だからですよ」


お皿にスイーツを盛り付けながらそう言うジュエリをチラリと横目に見て、彼女の次の言葉を待った。


「旦那様は、マリア様が居ない時はとても無口なお方なんですよ。クスリともしません」

「…ほんとに?」

「はい」


スイーツを綺麗に盛り付け終えたジュエリは、トングをテーブルに置くとクスクスと笑う。


「マリア様と居る時の旦那様は、見違えてしまうくらい明るい人で、初めて旦那様の笑う顔を見たメイドたちなんかは、びっくりして固まってしまう子が多いんですよ」


なるほどね。

昔のお父様も、ルシエラお姉様にはよく笑いかけていたのを見ていたせいか、無表情のイメージがどうも湧かない。


あぁ、でも、私を見るたびにお父様が辛そうな顔をするのは強く記憶に残っている。


なぜ、あんな顔をしていたのか今は知る由もない。だけど、もうあの時のような辛い顔をさせたくはないわ。


その為には、今出来る事をするの。

小さいうちから学べることは学んで、できることを増やして、お父様の支えになれるように頑張るのよ。


でも、今回はなるべく王族とは関わりを避けたい。

だって私が死んじゃう原因って、私の性格にもあるんだけど、一番は王子のせいでもあるじゃない?


一回目は王子によって処刑され、二回目は姉様と王子の浮気現場で毒矢に射られて死に、三回目は王家に嫁いだ日に毒殺。いや、まぁ三回目は絶対私が悪いんだけど。


にしても、こうやって振り返ると私…死にすぎじゃない…?それに同じ人生を繰り返し過ぎじゃない…?


一体なぜ私は、殺されたあとまたこうやって過去に戻ってきてしまうのだろう。


何度考えたって、推理したって、解ける事のない私の中での一番のミステリー。

どうして私がこんな風に人生を繰り返すのか…わかる日は来るのだろうか。



▽▽▽▽▽



おやつの時間が終わり、メイドたちに付き添われて屋敷の中を散歩する。

使用人たちとすれ違う度にちょっとだけ世間話をするせいで、中々先には進まない。


「おや、マリア様」


ようやく歩き出した私に、またもや声をかけてきたのは資料室から出てきたアーベックだった。


「あらアーベック。お仕事は終わったの?」

「はい。やっと今一段落ついたところです」

「今やってるお仕事って大変なの?」

「そうですね…手応えはあります」


クスッと笑った彼は、小さな細い目を少しだけ開いて、緑色の綺麗な瞳を覗かせた。


「そう…。いつもお父様のお手伝いありがとうね。お疲れ様」

「……」

「…?」


ぽかんと間が抜けた表情で立ち尽くしている彼に手を振る。


「大丈夫?」

「ぁ…いえ、…まさかマリア様からそのようなお言葉を頂けるなんて思いもしなくて…」

「意外?」

「少し…」

「じゃあ、意外と思われないように、これからは毎日お疲れ様って言ってあげる」

「え……!?」


ニヤリと口角を上げて笑うと、アーベックは目を見開いてあたふたとし始める。

アーベックのこんな焦ってる姿すっごく珍しい。


「いえ、それは恐縮過ぎると言いますか、あの…そのですね…」

「あっはは、そんなに困らなくてもいいのに」

「困ってはいないです!ただ、僕には勿体ないなと…」

「勿体ないだなんて!そんな事ないわよ!あなたは私たちのために一生懸命頑張って働いてくれてるのよ?だから、お疲れ様って言葉くらいじゃ足りないくらい」


言いながら、何かご褒美をあげてもいいのではという考えが浮かんできて、アーベックの手を握った。


「そうだわ、ねぇアーベック。あなた欲しいものはない?」

「え…」

「なんでもあげるわよ!」


えっへん、と胸を張って言ってみると、アーベックは更に困惑した様子で後ろにいるメイドたちに視線を送る。

だが、何か思いついたような素振りを見せると、私の手を握り返してその場に(かしず)いた。


「では、図々しいのを承知で言いますが…今日は僕と一緒に過ごして貰えますか?」

「…え?それだけでいいの?お父様に言ったら、なんでも買ってもらえるのに…」

「いいえ。他の何より、貴女様と共に過ごせる時間は貴重なものですから」


そうやって優しく微笑んだ彼の表情に、思わずぽっと顔が熱くなる。


「……て…」

「…て…?」

「……照れちゃうじゃない………」


手で顔を覆うと、周りが一気に静かになる。

指の隙間から様子を伺ってみると、アーベックに限らず、私の付き添いをしていたメイドたちまでもが紅潮しまくりの顔を歪ませているではないか。


「マリア様……なんと可憐な…」


ぎゅっと拳を握ったアーベックは、少々涙目だ。


「み、みんなどうしたの…?なんで変な顔してるの…?」

「お気になさらず…」

「マリア様の可愛さに少々めまいを感じただけでございます」

「…そ、そう…」


彼らのこの反応は一番絡みづらいわね…。






アーベックへのご褒美で、一緒にいることを了承した私は今、お父様たちがいつも篭っている書斎に遊びに来ている。


「…と、いうわけなんですの!」


おおよその経過を話し終えると、あからさまに渋い顔をしたお父様は、ぽん、と私の頭に手を置いた。


「いいか、何かされそうになったら迷わず急所を蹴るんだぞ」

「ギュアス様……」

「いくらお前でも娘はやらん」


キッ、と鋭い眼光がアーベックに向けられて、2人の仲の良さにクスクスと笑みが零れてしまう。


「もう、お父様ったら」


変な心配ばっかりするんだから。第一、こんな大人が3歳児に何かする訳ないじゃない。


仮にしたとしても、急所蹴りだけじゃ済まさないわよ。


「はぁ、もういい。マリア、書斎じゃつまらないだろうから、外に行きなさい」

「え、でもアーベックと一緒にいる約束が…」

「だから、彼と一緒に行きなさいと言っているんだ」

「は…!?ギュアス様、それは…」

「今日はもう仕事はいい。マリアと遊んできなさい」


無表情でアーベックに言い放つ父だが、私に向き直ると「明日は私と一緒にいるように」と少し拗ねたような表情を浮かべた。

笑顔でコクリと頷くと、私は戸惑うアーベックの手を引いて、2人で書斎を出て行った。




「…はぁ…マリア…男に懐くのだけは許さないぞ…」


残されたギュアスは、書斎でぼそりと愚痴をこぼしたのだった。



次回はアーベック編です!

糸目クールなはずのアーベックですが、マリアには心奪われた様子で…?

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