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第六幕

2歳の誕生日が訪れ、パーティが開かれることになったので、ただいまジュエリたちにおめかしをしてもらっている最中なのだが…


(とってもながい!)


ヘアセットだけで何時間!?私まだ2歳よ?普通にブラシで梳かして髪を結ぶだけでいいのに!


お父様からもらったたくさんのドレスから、パーティで着る一着を選ぶのに半刻も時間を(もち)いたメイドたち。


朝早くから支度をして、昼の日差しが眩しい時間にやっと私の着せ替え…こほん、身支度が終わった。


「マリア様、苦しくありませんか?」


お父様の瞳の色に似た薄桃色のドレスの、腰の部分についてある紐をきゅっと引っ張ったジュエリが問いかけてきた。


「だいじょうぶ!」


2歳になった私はスラスラと言葉を発せるようになり、1人で歩くことも出来るようになった。

だが、言葉に関しては、な行が続くものは一生かかっても言えそうにない。



数分後、着替えが終わって鏡に映った自分の姿を見て、はぁ、とため息をこぼしてしまった。


「…ねぇ、ジュエリ…」

「どうしました?」

「…たんじょう日…あまり、たのしみじゃない…」

「……マリア様……」


だって、今日に限っていつも私にベッタリなお父様が仕事で領地に出向いてしまって、会えないんだもの。

気分が沈んじゃうのも、無理もないわよね。


「大丈夫ですよ。私たちじゃ満足には行かないかもしれませんが、ずっとお傍にいますから」

「……ありがと…」


彼女にそう言って貰えて、少しだけ元気がでた。

うん、せっかくの誕生日なのに子どもっぽい理由でへこんでちゃダメよね。

…まぁ、今は見た目は子どもなんだけど。




パーティが行われる場所はラモス家が所有している、ウィガンの街の中心にある、広々としたパーティ会場。

幼い自分の娘にここまでするか。

こんな大きな会場で私の2()()()誕生日パーティを開くなんて、お父様…親バカのレベルが高すぎるんじゃないかしら…。


中に入ると、キラキラした服を着たたくさんの貴族様たちがこちらを振り向いた。

娘の誕生日のためにこんなにたくさんの貴族を招待するなんて…お父様って本当……すごい…。お姫様になった気分だわ。


ジュエリとフィアズを後ろにつけて、1人で会場内を歩くと、ちくちくとあちこちから視線が飛んでくる。


「……あの子供が…?」

「本当に真っ白な髪なのね…」


会場が少しずつざわつき始めて、ドクンと音を立てた何かが、ぎゅっと私の心臓を握り潰そうとする。


これは、恐らく不安だ。


昔ならこの空気に何か感情を抱くことは無かったが、今は…怖い。


誰かに何かを言われるのが、怖い。


周りの人々に嫌われて、早く居なくなってしまえと囁かれ、追いかけてくる嫌な視線からは逃げられず、そしていつか、殺される。


そんな嫌悪や殺意が日常だったあの頃に戻るのが怖い。


今度こそは、()()幸せを掴むの。誰かのために自由を犠牲にして、自分のしたいことから目を逸らすんじゃなくて。


今度こそ私は変わるの。お母様のようになるの。


私に光をくれた、太陽のように眩しいお母様みたいに。誰かの光になるの。



「ごきげんよう、マリアンルー嬢。お誕生日おめでとうございます」

「…ありがとうございます」


挨拶をしてくる人達に控えめな笑顔を向けると、彼らは意味ありげな視線を私に向け、小さく頭を下げた。


(はぁ〜なんなのその視線!さっきからみんなに変な目で見られて気分が悪いわ…)


未だにドクドクと激しく脈打つ心臓は、今にも口から出てくるのではないかと思ってしまうくらい。


フィアズやジュエリが他の人のお話し相手になってくれてるけど、お父様が居ないのがこんなにも心細いなんて思わなかった。


(昔よりも確実に、私はお父様に甘えてしまっているみたいね…)


そういえばと、ふと1番最初の頃を思い出す。


(私お父様のこと、パパって呼んでたな…)


レディレッスンを受け始めてからお父様と呼ぶようになって、その名残があってか、2度目、3度目もお父様って呼んでたんだっけ…。


今お父様をパパと呼べるかと聞かれたら、照れくさくて呼べない、と答えるだろう。


「マリアンルー嬢、こんばんは」


考え事をしていると、私の元へ物腰の柔らかそうな青年が近づいてきた。


「…こんばんは」


考えを振り払って、にこりと微笑む。


すると、彼は一瞬目をキラリと輝かせ、にこりと私に微笑み返した。


「お誕生日おめでとうございます」

「ありがとうございます」


近くでフィアズたちが私を見てくれているとわかっているから外面は冷静に保てているが、気を抜いたらガタガタと震えてしまいそうなくらい、今人生で1番緊張している。

おかしいわね、一国の王子様と結婚した時はこんなには緊張しなかったのに。


「少しお話し相手になってくれますか?」

「はい、私でよければ!」

「いやぁ、ありがとうっ」


承諾した途端へにゃっと柔らかく笑った彼は、いきなり敬語を崩して私に接してくるではないか。目をぱちぱち瞬かせながら、彼を凝視していると、あははと笑い声が飛んできた。


「いきなり人が変わってびっくりした?」

「あ…えと、ちょっと…」

「ごめんね?お嬢さん相手だし、大丈夫かなって思って」


ずっと敬語って疲れるし、と小声で付け足して、おちゃめに笑った。


「僕はガレン・フォード・アストラセル」

「アストラセル…どこかで聞いたような…?」

「マリア様っ」


いつの間にか隣に居たジュエリが「お城で王子様の従者をしている伯爵様ですよ」と耳打ちをしてきた。

つまりお偉いさん!!こんな方まで私の誕生日に来るなんて…と思って、はたと考えをとめた。


(忘れてしまってたけど、お父様も王様の従者じゃない)


お城で国王様の従者をしていて、次期大臣でもあるお父様は、色々な人から慕われていると聞いている。


ちなみに生前では、お父様は私が7歳になる頃に大臣になって、ラモス領の領主でありながら大臣の仕事をして大忙しなせいで家に帰ることも極たまにだったのだが、今は仕事をしている時間が過去よりも少ないような気がする。


「アストラセルはくしゃくは、お父さまとおしごとをしたりするんですか?」


これは純粋な疑問。

だってお父様、家にいる時はただひたすら私に構うだけで、お仕事なんてまるでしていないみたいで少し心配なの。


「たまにね。でも一緒になってもラモス公爵、仕事が出来すぎていつも秒で終わるよ」

「そうなんですか…よかった…」


ほっと息をつくと、アストラセル伯爵は不思議そうに私の瞳を覗いてくる。


「あ…えっと、いつもお家にいる時、お父さまって私にかまってばかりで…おしごとしてないんじゃないかなって…」


だんだんと声が小さくなっていく。

アストラセル伯爵は、一瞬ぽかんとした表情を浮かべると、次の瞬間どっと笑い声を上げた。

そのせいで周りの貴族たちがこちらに注目してしまう。


「あっはっは!可愛い心配をしているんだね…くふふ…っ…。…そうだな…ラモス公爵がなんで秒で仕事を終わらせるか、わかる?」

「…?」


ふるふると頭を横に振る。


「それはね?君と一緒にいる時間が増えるようになんだよ。彼ったらね?「娘が待っているので長居できません」って国王様に言っちゃうくらい1秒でも早く君に会いたいんだってさ。これには国王様も笑っちゃってたよ」

「……」


思わず瞳が潤んでしまったじゃない。


ごしごしと目元の涙を拭うと、今度は恥ずかしさが込み上げてきて、頬に熱がたまっていく。


「……と、いうか…お父さま……国王さまに…そんなこと言ったんですか…」

「強いよね」

「……」


そういう問題ではない気がする。

だけど、今の話で寂しい気持ちは少し飛んでいった。

アストラセル伯爵と話が出来て良かった。じゃなきゃ、私はずっとこの日を沈んだ気持ちで過ごしていたに違いないわ。


お礼を言おうとして、心の底からの笑顔をアストラセル伯爵に向けた瞬間、ざわっと会場の空気が揺れた。


何事かと周りに注意してみると…。


「なんて、なんて可愛らしいの…」

「あんな風に笑うのか…」

「天使だ…彼女は真っ白な天使だ…」


「…ん?」と声が出た。

アストラセル伯爵はクスリと笑って、屈んで私に耳打ちをする。


「彼らは皆今日、ずっと可愛らしい君だけを見ていたんだよ」

「え!」


思いもよらない言葉に、無意識に顔の熱が上がってしまった。その様子を察したジュエリがクスクスと笑って、フィアズも私を見て目を細めて笑っていた。


「……」


嫌な意味の籠った視線ではなかった。

そう分かっただけで、こんなにも心が軽くなるものなのね。


(ねぇ、マリア。今の私は…幸せよ)


そっと過去の自分に心の中で喋りかける。

自分に嫌悪感を抱く人間が周りにいないことが、こんなに嬉しいことだって、もっと前から知っていればよかった。


『私を敵対するなら、消し去るまでよ』


それが過去の自分の口癖のようなものだった。

だけど…今はそんなこと、思わない。


今度は会場にいる人たちににこりと屈託のない笑みを向けると、彼らも私にとびきりの笑顔を返してくれた。


「マリア!」


大きな声と共に会場の扉が開け放たれる。

そこには、肩で息をしているお父様とアーベックの姿があった。


「間に合った…マリア!」

「お…お父さま!!」


お父様の姿を見つけた瞬間、会場の扉まで一目散に駆けていってしまって、ちょっと大人気ないかも。ううん、私まだ2歳だし、これくらい許されるわよね。


お父様に抱き上げられて、額にキスを落とされたあと、愛おしそうな表情で「お誕生日おめでとう」と囁かれた。


あぁ、他の人からも言われたけど。


「……ありがと…ぅ…」


やっぱり、お父様に言われた方が何倍も嬉しい言葉だわ。



▽▽▽▽▽



「マリア」


後日、支度後私の部屋に入ってきたお父様は、1枚の書類を私に見せて「1日遅れたが、誕生日プレゼントだ」と言ってきた。

書類に書いてある内容をジュエリに読んでもらうと、ジュエリは震えた様子で私のほうをゆっくりと見る。


「……ニルアフの街に…豪邸が出来ました…」

「……ごめんなさい、なんて?」

「わ、分かりやすく言うと…旦那様のプレゼントは…ご、豪邸です……」

「…………豪邸……豪邸…おっきなおうち…………お父さまぁ!?!?」

「はっはっは、いい買い物をしたよ」



これが2歳の誕生日に貰った、大きなプレゼントである。







2歳の娘に豪邸をプレゼントするとかどんな親だ(いいぞもっとやれ)

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