第三幕
2回目の時よりもスムーズに状況を理解したあと、私は姉様が屋敷に来るのを待った。
(今回も姉様が来る1日前なのよね…呪われているのかしら、私…)
なんて考えながら、2階から玄関先を盗み見ると姉様の乗った馬車がちらりと見えた。
3回目の初めましてだわ。
あたふたとする姉様を見たのは、これでもう3度目。不思議な体験のおかげで仲が良くなる頃に戻って、姉様とまた笑いあえて。
もう、今度こそは死なないように、姉様を取られないように頑張らなくては。
▽▽▽▽▽
失敗しないよう企てた計画はこうだ。
姉様をミルフォス様に奪われないために、今度はミルフォス様に愛されるように彼を優先する。
彼の前では優しい淑女を演じることに決め、マナー勉強や勉学に勤しみ、完璧なレディになる為、手段は選ばなかった。
そのせいか、周りからは更に嫌われて、正式な婚約をする為の婚約式ではヒソヒソと嫌な声が耳に入ってきたりと…正直、少しだけ気分が悪くなった。
私が頑張ったのは自分の破滅を阻止するためでもあったが、その次はどうやったら国の力になれるものを作れるのかと…そのためにも頑張っていたのに。
気がつけば国を想う王族のつもりでいた自分を「バカね」と罵って嘲笑った。
―――私がなりたいのは、一体なんなのだろう―――。
――1年後。
結婚式も無事終わり、その後開かれたパーティーに疲れてしまって、騎士団に所属している青年、ガルジアとミゼスに付き添ってもらいバルコニーに出た。
ミルフォス様は今も変わらず貴族たちや他の国から来た王子達の対応をしている。
私の顔色が悪いことにいち早く気がついた彼は「少し休憩しておいで」と優しく微笑みかけてくれたのだ。
一度目や二度目とは違う彼の態度に、内心ガッツポーズをとってしまう。
今回の作戦は無事成功、私は第三王子に心の底から愛される女になって、姉様を取られずに済んだ。
…が、姉様ももう年頃なので、やはり婚約者は居るもので。
「上手くいかないものねぇ…」
と、小さく呟いてこめかみに指を押し当てた。
私、どこで間違えたのかしら。
好きでもない人と結婚までして、守りたかったものは結局離れていって。
周りからは嫌われて。
私が欲しかったものって、なんだったの?
何度人生をやり直しても、私自身は変われないまま、未だに嫌われ者の悪役で。
せっかく機会が巡ってきたのに、私はそんな奇跡を上手く利用できずに、こんなふうに自嘲しか出来なくて。
周りの環境は変わったのに、私自身は何も変わっていない。
見た目だけ綺麗な、中身が空っぽの性悪女。
私がなりたかったのは、こんなんじゃない。
姉様に異様に執着しすぎて私自身の幸せを見逃していた。
「バカね…ほんとバカ」
全てが終わって、もう後戻りのできない状況になって、そこでようやく自分の欲しかったものが見えてしまって。
もっと前から気がつけばよかった。
もっと前から周りに優しくしていればよかったと、後悔の渦に流される。
「……マリア様?」
「如何なさいましたか」
バルコニーの傍で話をしていたガルジアたちが後悔真っ只中な私に気がつくと、心配そうに眉を下げて近づいてきた。
ミゼスが「何かお飲み物をお持ち致しますね」と言ってその場を離れると、私はガルジアと二人きりになった。
婚約をして間もなく、お城に住むことになった私に護衛がついた。
その護衛が彼、ガルジアだ。
そういえば一度目の人生でもガルジアと話をした事があったわね。
ふと昔のことが頭をよぎる。
たしか一度目では、ガルジアに酷く嫌われてて…ミルフォス様に毒を盛ったりした時は殺されそうになったっけ。
まぁしかし、主君を殺害されかけたのだ、無理もない。むしろその時点で殺されなかっただけマシだろう。
バルコニーの手すりに手を置いて、ほうっと息を吐く。
ガルジアと話をすることはなく、無言の時間が流れ、ほどなくしてミゼスが温かなココアを持ってきてくれた。
「……」
ありがとう、そう言ってもいいのかと一瞬だけ考える。
マグカップに入ったココアを受け取って、口元にそれを近づけた。
「……ありがとう」
一口飲む前にそう囁いて、笑いかけた。
今からでも遅くないかしら?
自由は効かないだろうけど、周りに優しく振る舞うことは出来る。
意地悪な令嬢を、卒業することは出来る。
「…っ、まっ…」
ごくりと音を鳴らし、温かいものが喉を通っていく。
甘くて美味しいホットココアに、自然と口元がほころんだ。
…その次の瞬間、手に力が入らなくなり、その場に座り込んでしまう。
ガシャンと大きめな音を立て、ココアの入ったマグカップが手から滑り落ちた。
着ていた真っ白なドレスは、みるみるうちに茶色い液体で汚れていく。
「マリア様!?ミゼスお前、一体何を…っ!?」
「…彼女が、いけないんだ…」
震えながらぽつりぽつりと涙を流しながら、彼は言う。
「貴女が…母に恥をかかせたから…母は貴女から酷い扱いを受けたと泣いていて…っ、だから、貴女がミルフォス様の妻になるくらいだったら、いっそ殺してしまおうと…っ」
「………ミゼス……あなたの、お母様、って…?」
「…ラモス家でメイド長をしていた、ジュエリ・フォンセルです…」
「なるほど、ね…」
小さい時から、確かに彼女には当たりが強かったわね。ペリドットの手鏡を割って、すぐにエメラルドの手鏡を買いに行かせた記憶が懐かしいわ。今思えばほんとにわがままよね、私って。
浅くなる呼吸に、もどかしさを覚えながら、彼を見つめる目を細めた。
「…お母様に…ジュエリに、今までごめんなさい、と伝えてちょうだい…そして、ありがとう、とも」
あぁ、ダメだわ。
彼らの顔がよく見えない。
「…今更、謝罪など」
「わかってるわよ…私がしたことは、そう簡単に、許されることでは、ないことくらい…」
目を伏せて、息を整える。
もうもたないわね。
「だから…生きて、償いたかったわ。死んでしまったら、もう何も、出来ないじゃない…」
「…っ……反則だ、そんなの…」
「生憎…わたくし、は、性格が、わるい…ので…ね、」
意識が途切れるすんでのところで、ミルフォス様の声が聞こえたような気がする。
でも、もういいの。
終わってしまったのだから。
▽▽▽▽▽
『君って本当に変な子』
そう言った貴方は、とても綺麗な赤い瞳を揺らして、黒く艶やかな髪を靡かせて妖しく笑った。
▽▽▽▽▽
「……っ…」
目が覚めて、酷く汗をかいていることに気がついた。
どうやら夢を見ていたらしい。
(あの男の子はだれだったのかしら…)
未だにあの瞳が忘れられない。
赤いルビーのようにキラキラと輝く宝石のような瞳が、吸い込まれそうなほど綺麗だった。
(それに綺麗な黒髪だったな…私とは真逆の色…)
髪を触ろうとして、ん?と違和感を覚える。
ベッドから起き上がろうとして、体をくねらせるも上手く体が動かせない。
「あう、…!?」
なに?と声を出そうとしたら、意味のわからない言葉が出てきて困惑した。
(なに、どういう状況なのこれ??)
自分の手を目の前にかざしてみると、12歳にしてはあまりにも小さすぎるような、ふっくらとした可愛らしい手が見えた。
そして、よくベッドを見てみると、檻の中のような場所で眠っている。いえ、これは揺りかご…?
(………まさか……)
ガチャリと扉が開いて、急に響いた音にびくっと肩が跳ねた。
ちらりと上から覗くようにして顔を出したのは、優しい顔つきのおばあさん。
「あら!赤子様がお目覚めでございますよ!」
そう言った彼女は、嬉しそうに部屋の外に出ると、しばらくして一人の女性を連れてきた。
顔色があまり優れないその女性は、私を見るとぱぁっと嬉しそうに、そして愛おしそうにして、私を抱き上げた。
(やっぱり私赤ん坊になってるのね…!!)
流れるように肩にかかってある真っ白な彼女の髪が私の頬をくすぐる。
よく顔を見ようと顔を上げると、紫色の瞳と目が合って固まってしまった。
真珠のようにキラキラと輝く真っ白な髪に、アメジストのような紫色の瞳。
女神のように微笑んだ彼女は、隣に居た歳のとったメイドに「決めたわ」と優しく囁いた。
「この子の名前はマリアンルー。マリアンルー・シャナ・ラモスよ」
彼女の言葉にこくこくと頷いたメイドは「とても素敵な名前で、赤子様も嬉しいことでしょう」と笑みを浮かべた。
私を抱きかかえているこの女性は、私の記憶の中で、たった一度、それも肖像画の中でしか見た事がない人物…
…私の、亡くなったはずの母様だ。
ルシエラと顔を合わせた年齢が12歳、ミルフォスと出会ったのが14歳、3回目の人生でミルフォスと婚約式を挙げたのは18歳。その翌年、19歳に結婚式を挙げた。
ちなみに一回目破滅した時は19歳になる前でした(あとがきをメモ代わりにする作者)
次回からようやく本編スタートです!!