第一幕
太陽の光に照らされて、キラキラと真珠のように輝く真っ白な髪。
アメジストの宝石のように、妖艶さを秘めた2つの瞳。
ふっくらとした紅い唇に、ほんのり桜色に染まる頬。
彼女の姿を一目見れば、誰もが口を揃えて『天使のようだ』とため息をこぼす。
その可憐な美少女の名を、マリアンルー・シャナ・ラモスという。
だけども、美しいのはマリアの容姿だけであって…。
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「違うわ!!これじゃない!!」
ガシャンと大きな音を立てて割れた手鏡。手鏡の頭の部分についていたペリドットの宝石が、パリンと悲しい音を響かせ粉々に砕け散った。
メイド達は下唇を噛み、青白い顔をして俯いている。
私の前で屈んだ執事は無言で床に散らばった鏡の破片を拾って、小さくため息をこぼした。
「私が欲しかったのはエメラルドの宝石が散りばめられた手鏡よ!!これはエメラルドじゃなくて、ペリドットでしょ?!見て分からないの!?」
申し訳ございません、と頭を何度も下げるメイド長をさらに責めたてるようにして、言葉を繋ぐ。
「今すぐエメラルドの手鏡を持ってきて」
「え、今すぐにですか…!?」
「当たり前じゃない!!あなたのせいで私の一日が台無しになったんだから!!ほら、何突っ立ってるの!?早く、早く行きなさい!!」
部屋の扉を指さして出て行くように命じると、そそくさと指示に従うメイド長。その顔を見れば、きらりと頬が涙で濡れていた。
何泣いてんのよ。あなたがミスをしたんじゃない。私はただ欲しかったものが手に入らなかったから怒っただけなのに。
メイド長が出ていった後、その場に残されたメイドと執事は顔を見合わせて無言のままだ。
「…何じろじろ見てるのよ」
その内、1人のメイドと目が合い、威嚇するように睨みつける。
ひっ、と小さな声を漏らした彼女は「なんでもございません」と震えた声で伝えると、今にも泣きそうな顔をして俯いた。
そんな顔して、まるで私があなたをいじめてるみたいだわ。
気に入らない。
そうだわ、パパに言いつけてやりましょう。
彼女をクビにしてしまえばいいのよ。
そしたら私が悪いみたいな空気はもう流れない…うん、私って天才。
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そうして、マリアは気に入らないメイドが出来る度に父親に言いつけては解雇してもらい、順調にわがままなお嬢様に成長していった。
だが、彼女が12歳になった時、自分よりも少し年上の女の子が屋敷に訪れてきた。
身分は恐らく平民、彼女の薄汚い服装を見て眉をひそめた。
オロオロと屋敷の玄関先で慌てふためく彼女を2階から見下ろすと、ふいにその少女がマリアの方を見た。
目が合った途端、花が咲くように美しく笑う彼女を見て、マリアは心を奪われた。
この少女を傍に置きたいわ、と思ったのだが、父親から思いもよらぬ真実を告げられ愕然とする。
「マリア。今日から彼女はここに住むことになった。彼女の名前はルシエラ・フィア・ラモス。…君の姉だよ」
「…え?」
困惑を隠せずにその場で立ち尽くしていると、近づいてきたルシエラに手を握られてゴクリと息をのんだ。
「はじめまして。今日からよろしく…お願いします…?」
控えめな笑顔に、控えめな挨拶。
天使というのは紛れもなく彼女のことを指すのだろう。
マリアは手を握り返すことも、挨拶を返すことも無く、ふいっとそっぽを向いて顔を背けた。
嫌だわ、とても眩しい。
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それから2年の歳月が経ち、マリアとルシエラには最大のイベントが待ち構えていた。
「実はな…ちょっとワケあってミルフォス王子殿下が明日うちにいらっしゃることになったんだ」
「…へぇ…」
「そうですか…」
全く興味を示さない娘二人を見て、ズコッとずっこけそうになるラモス公爵。
マリアとルシエラは興味なさげに父を横目に見ると、ぱっと笑顔で自分たちの世界に入ろうとする。
最初はマリアの性格的にルシエラと仲良くなることは難しいと思っていたが、マリアの扱い方をよく知ったルシエラは、マリアを懐かせて完璧なお姉ちゃんに成長した。
マリアはというと、ルシエラの甘やかしに乗って好き勝手させている。今日は髪を三つ編みにしてもらったそうだ。
「じゃなくてだな。ルシエラ、マリア。この国の第三王子であるミルフォス王子殿下がうちに来るんだぞ??気に入られたら婚約を申し込まれるかもしれないんだぞ??一大事だぞこれは」
必死に説得するラモス公爵だったが、うーん…と首を捻るだけの2人に、はぁ…とため息をこぼした。
その横で話を聞いていたマリアの義母、ルシエラの母親であるリーシェ公爵夫人が手を打って「まぁまぁ」と夫の背を撫でた。
「この子達もまだまだ若いのですから…」
「いやそうなんだがな…年齢的にそういう話に興味を持ってもいい頃だろう…」
がっくりと項垂れる父を見て、マリアとルシエラはクスクスと笑うのであった。
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第三王子の訪問に、いつもよりバタバタと忙しないメイドたちをみて「わぁ…」と唖然とする姉様。
「ルシエラ姉様、ミルフォス王子殿下ってどんな御方なのかしら」
「優しく繊細な方だと聞いたわ。詳しくはわからないけれど…」
焦った様子で掃除や、食事の準備をしているメイドたちを眺めてため息をこぼす。
「姉様。もし…もし姉様が殿下に気に入られてしまったら、私はどうしたらいいの?」
「あら、あなたじゃなくて私なのね?」
「だって姉様、天使みたいなんだもの」
「ふふふ、それはマリアのほうよ」
優しく前髪を手で梳いた姉様は、愛しいものを見るような眼差しを私に向ける。
「大丈夫よ、私は決してマリアのそばを離れないから」
そう言ってくしゃっと笑顔をこぼした姉様。
私は姉様が大好きだ。
私のことを甘やかして、でも時に厳しく叱る姉様は、私が初めて会った種類の人間で。
身分を気にしないその人柄に、私はいつの間にか心を溶かされていた。
だからこれからも姉様は私だけの姉様。
そう思っていたのに、あなたは私から姉様を奪った。
そして姉は、私から愛する人を奪ったのだ。
金色に輝くサラサラな髪に、翡翠のような美しさの瞳。その瞳を揺らして、冷ややかな視線を私に向けて、あなたはこう言った。
「僕とルシエラの仲を引き裂こうとし、そして婚約者である彼女に数々の嫌がらせをした上、周りの人間やルシエラを殺そうとした罪で、マリアンルー・シャナ・ラモスを処刑する」
「そんな…!!」
「大丈夫だよ、ルシエラ。彼女から解放してあげるからね」
「嫌です、やめてください…マリアは私のいもう…」
「連れて行け!!」
「まってっ…マリア!!」
真っ青な表情の姉と、周りの歓喜に満ち溢れた声。
姉を引きずるようにしてその場を離れたミルフォス王子。
ああ、これが私の運命なのね。
「…触らないでちょうだい。自分で歩けるわ」
私を連れていこうとする兵士の腕を払い除け、自分の足で扉をめざし、強く一歩を踏んだ。
後悔なんてしていない。
裏切り者の王子にはトラウマを、姉には一生消えることのない傷をつけることが出来たのだから。
目の前で最愛の妹が処刑される。
なんて一番効果的で素晴らしい毒なのかしら。
4日後の朝、私はたくさんの人が見ている中で処刑された。
姉は終始私の名前を呼んでいたが、最愛の妹の首が地面に落ちたのを見て、彼女は王子の横で泣き崩れた。
…それが、私の一回目の死だった。
漫画として描いてたやつを小説化させました〜!!
最後まで書けるか不安ですが、どうぞよろしくお願いしますm(*_ _)m