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言質をとりました

 何とかラグから未読の小説を守り切った僕は、翌朝一番に兄上に面会を申し込んだ。


 多忙な兄上だけれど、昼食後に時間を作ってくれることになったので、それまでにある程度仕事を片付ける。今日の護衛騎士はカークスではなくユーリなので冷たい目で見られることなく過ごせる。


「カークスはまだ皇子の護衛騎士に配属されて二年くらいですし。まあ、普段のあなたしか知らないので仕方ないでしょう。ほかの皇子方の護衛騎士もあなたのことを良くは思っていないようですし、あなたも特に咎めないのでああいう態度になるのですよ」


 休憩時間にそうイグニスに言われたけどピンとこない。それって普段の僕がダメダメってこと?


 そう見えるだけです、とユーリにフォローされたけど良く分からない。


「まあ、ちゃんと護衛騎士としての務めを果たすのなら文句はないよ」

 僕がそう言うと、そういうところですとイグニスに言われた。


「それより、皇太子殿下に提出する資料はまとめ終わったのですか?」


 僕は作成した資料をイグニスに見せる。


「よくもこれだけの情報を短期間に集めることができましたね。裏付けもできているようですし。一応確認しますが、これの情報源は?」

「ナイショ」


 あの後、ラグから詳しいことを聞き出してツテを使って裏付けをした。兄上のところにも同じような報告が届くようにしたから僕が提出するこの資料の内容が疑われることはないと思う。

 

 普段からの根回しと賄賂って大事。あと権力バンザイ。


 おかげで昨日は徹夜した。明け方まで情報集めと裏付け作業に時間を費やしたし。


 ソファの上でルンちゃんが描かれたクッションを抱きしめてウトウトしていたいけど、そろそろ兄上との約束の時間だ。


 気合を入れて立ち上がり、ユーリを従えて兄上の執務室に向かう。


 兄上の執務室の前で皇太子専属護衛騎士に取次ぎをしてもらい、中へ入る。

 兄上は部屋の中央にあるソファに座り、目のあたりを揉んでいた。


「お疲れのところ時間を作っていただき、ありがとうございます。今回の星詠み候補者について至急お伝えしたいことがございます」

 そう言って、持参した資料を兄上に渡す。


 僕が差し出した資料を受け取り、目を通していく兄上。段々、眉間にしわが寄っていく。


「私がヴィンガール王国の候補者について報告を受けたのは先ほどだったのだが……。なぜ私が受けた報告より詳しい内容をおまえが知っている?」

「ヴィンガールにはツテがありますので、世話係に任命されたときより調べていました。その過程で知ったのです」


 兄上の目をじっと見つめながら答える。

 

 ヴィンガールにツテがあるのは嘘じゃない。調べたのは昨日からだけど、世話係に任命されてから調べたのだからこれも嘘じゃない。


「まあいい。これは確かに配慮を欠いたこちらの落ち度だ。後継者探しは星詠みであるキリルに一任していたが、それは言い訳にはなるまい。お前の提案通り、ヴィンガール王国の候補者一行にはできるかぎりの待遇を約束しよう。対応はアレク、お前に任せる」


 兄上から言質は取った。これで、少人数での来訪は不問にされる。よかった。


「しかし、候補者選考の開始時には各候補者のお披露目があるぞ。その時に他の二国との見栄えの兼ね合いはどうするのだ?」


 見栄えねぇ。


「エグランティ王国からは公爵令嬢が来ますが、ゲオルゴス皇国からは元平民の娘が来るそうではないですか。対してヴィンガール王国の候補者は第四王妹殿下です。その護衛として第二王妹殿下が来ます。これ以上の見栄えはないと思いますが」

「格で言えばそうだが……」

「まぁ、今度の各国の使者たちとの話し合いでどうするか決めますよ」

 そう言って、兄上の部屋を退出する。


 お披露目と言っても、民衆へは王宮のバルコニーからチラッと見せるだけだからいいとして、パーティーはどっかから数人調達して、必要最低限の人物だけ相手して、後は体調が優れないとか言ってすぐに引っ込めばいい。僕がよく使う手だけど、今まで特に問題はなかったんだし、これでいけるでしょ。



「さて、ヴィンガール王国には後で兄上から正式に詫び状と少人数訪問の配慮に対する書面が届くだろうし、それまではこの問題は一旦お休みだね」


 そう言って自分の執務室に帰ろうとした僕の腕をつかんで、反対方向へ連れていくユーリ。


「では、これで皇子のお時間は空きましね。実は近衛騎士団長から、皇子のほか、いや、かく、んんっ、皇子を訓練場へお連れするように依頼されていまして。ああ、イグニス補佐官の許可は得ていますので大丈夫ですよ」


 えっ?何で?

 というか、ユーリ、今捕獲とか、確保とか言おうとしてなかった?


「申し訳ありません。上の命令には逆らえないのです」

 ユーリさぁ、笑いながら言っても説得力ないよ。


 結局、黙ってニコニコ笑うユーリに負けて訓練場に連れていかれた。



 

 訓練場に近づくにつれて、激しい剣戟の音が聞こえてくる。同時に、何やら怒声のようなものも聞こえる。この声って、副団長のハンスのだよね。ハンスって実直な武人って感じで好感がもてる人物なんだけど、僕のことを買いかぶっている節があるからそこがちょっとねぇ……。


 そんなことを言うとユーリにため息をつかれた。何だよ。


 訓練場でハンスにしごかれているのはどうやら近衛騎士三年未満の新人達だけみたいだな。入り口でユーリと二人で訓練内容について話しながら観察する。


 あ、カークス発見。


 この場にいる誰よりも背が低いカークスは、その身を生かしてちょこまか動いて相手を翻弄している。いい動きだけど、決め手に欠けている。もっと相手をよく見て踏み込めばいいのに。


 思っていたことが口からでていたのか、ハンス副団長から見本を見せてほしいと言われた。


 


 見本を見せるのは構わないけどさ、何で一度に三人も相手にしなきゃいけないの?


 そんなことを思いながら、僕に向かってきた一人目の腕をねじり取って背後にまわり、そいつを盾にして残る二人を牽制する。焦れて飛び出した一人に向かって盾にしていた騎士を蹴りだし、同時に仲間を抱えた状態の騎士を無視して僕に向かって走り出した最後の一人の懐に入り、急所に一発叩き込む。両手にそれぞれ持った刃先を潰した短剣の先を残る二人の首筋に当てた。


「そこまでっ!」


 その声に首筋に当てていた短剣を下す。


 僕の相手をしていた騎士達の手当てを命じながらハンス近衛副団長が近づいてくる。


「相変わらず見事な体捌きです、アレクサンドル皇子。それに引き換え護衛対象である皇子に負けるとは何事だ。全く、もう一度鍛えなおさねば」


 僕を称賛しつつ近衛騎士達に冷たい目を向けるハンス副団長に居心地の悪さを感じる。


「ハンス、それくらいにしてあげて。それより見本をみせてほしいとか言ってさ、何で僕に近衛騎士の相手をさせてんの?」

「最近思いあがっている若造が多いので、少し懲らしめようと思いまして。ダニール皇子でもよかったのですが、あいつらのプライドをへし折るにはあなたの方がより効果的でしょう」


 そう言って、その場にいた残りの騎士達を見るハンス。


 自分ですればいいのに、より効果的に人の心を折りにいくために皇子を使うって……。

 そんなことを思っていると訓練場の端にいたダニールが寄ってきた。


「さすがです。アレク兄上。何故あの様に早く動けるのですか?何故あの様に的確に攻撃できるのですか?」


 興奮して目をキラキラさせている弟が近くに来たので、思わず頭を撫でてしまった。

 

 子供扱いしないでくださいっと言う弟には言えない。

 僕の体捌きは話画集の主人公に憧れて滅茶苦茶頑張った結果だなんて……。


 だってさ、カッコよかったんだよ。男の子だったら憧れるって、あの主人公。学生時代、ラグと一緒にセリフとか技名とか言いながら話画集の登場人物の技を再現したな~。勝つためにはどんなことでもするっていうのが荒々しくてカッコいいんだよね。


 ダニールだったらあれくらいすぐにできるようになるよと言って、もう一度頭を撫でる。


「そういえばアレク兄上、星詠み候補のことなのですが。実は僕とミハイル兄上が担当する候補者が学院の生徒だということ分かりました。僕は面識がないのですが、ミハイル兄上は二人と顔見知りなんだそうです」


 学院っていうと、僕がラグと出会ったあそこか。


「ふ~ん、学院の生徒かぁ。よかったね、ダニール。共通の話題があるから接待しやすいんじゃないの」


 僕がそう言うと、ハイッと元気よく答えるダニール。

 今日も僕の弟が可愛い。

 


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