勇者の故郷
あの丘から離れた勇雅と彼女、いやクレミアといったほうがよいか。
クレミアは魔王の娘である。髪は紫がかった青色で、瞳の色は魔王と同じ赤黒い色。クレミアの服装はボンテージのような格好でローブを羽織っているせいでかかなりエロい。
「何とか撒けたみたいだな」
「そのようね。それとお前に少し聞きたいことがある」
クレミアはじっと勇雅の目を見る。
「お前は本当に我が父、魔王を倒していないのか?」
「倒していないよ。俺は魔王、いや魔族に仮があるんだ」
「仮?」
クレミアは頭に?を浮かべながら聞く。
「と言っても俺はこの世界の人間じゃないからな」
勇雅は面倒くさそうに言う。
「確かお前は異世界から召喚された勇者だったな」
「そういうこと。俺は人間として生まれたが、育ての親は悪魔だ。と言っても魔王なんだけどな」
「まさか!お前は異世界の魔王の息子なのか!」
驚きながらクレミアは言う。勇雅は面倒くさそうにため息を吐く。
「そういうことになっちまうが、決して魔王の跡取り息子じゃないからな」
すっと勇雅はクレミアと目線を逸らす。
「じゃぁ誰が父を殺したのだ?」
クレミアの1番の謎はそこだ。ずっと父を殺したのはこの勇者だと思い込んでいた。
むむむっとクレミアは難しい顔をする。
「そんな難しい顔をするな。綺麗な顔が台無しになるぞ」
「そ、そんな事言われても……」
クレミアはすっと顔を伏せ、赤く染める。
「魔王を殺したのは、あの国王だ!」
ガリッと勇雅は自分の歯を噛み締める。
「あの国王って、お前を召喚した国王なのか!」
「そうさ。あの国王は弱った魔王を前に大量の兵を使い、身体中に槍を刺し、、首を切り落としたのさ」
勇雅は目を静かに閉じる。瞳を閉じればいつでも魔王のあの顔が浮かんで目に焼き付いてしまっている。
「俺はそれに激怒してな、国王の首を落とそうとしたさ。だけど周りの兵士に止められて殺せなかったけどな」
「そうだったのか。申し訳ない」
「あんたが謝ることじゃないよ。それに、魔王の意志は、俺が引き継いでいるからな」
すっと勇雅は自分の右腕を見る。
「そのマーク、父と同じ…いや、少し違うか?」
「そうだな…確かに少し違うな。俺のはクレミアを守る騎士のマークらしいからな」
「騎士の、マーク?」
クレミアは頭に?を浮かべる。
「なんて言うか、お前を守る人?てことかな?」
クレミアはあまり理解が出来なかったので、一応解釈した振りをした。
「まぁ、まずは隣町まで行こう。そこには俺の相棒がいるからよ」
2人はスタスタと歩き出す。
2人は街の中に入り、旅人が多い場所にいた。
「あなたの相棒って、どこに居るの?」
「この先の馬宿だよ。そこに置いてきたのさ」
「馬宿って、馬が置ける場所だよね!まさか、あなたの相棒って……」
クレミアは少しだけ苦笑いになる。
やはりクレミアの予想通り、馬であった。
クレミアは余り馬乗りに慣れていないだけで、決して馬嫌いではない!
「悪ぃなおやっさん、あの暴れ馬預けちまってよ」
「良いってことよ。どうせほかの馬宿じゃぁ手なずけられないんだしよ」
すると、裏口から漆黒の黒、と言えるような真っ黒な馬が出てくる。近くで見ると普通の馬よりも大きく感じた。
「それよりあんちゃん!弓、もっと大事に使えよ!弦が切れかけていたぞ!」
馬宿の主は分スカ怒りながら言う。
「そいつはすまねぇ。それでいくらになる?」
勇雅聞き流すように話を支払いに変える。
オヤジさんは呆れるようにため息を吐く。
「1500ローエンだ」
「意外と高いな」
「当たり前だ!無いなら馬は返せんぞッ!」
「安心しろ、ちゃんとあるから」
勇雅はごそごそと財布を漁る。
「じゃぁ、2000ローエンで」
勇雅は2枚の紙をオジサンに渡す。
「500ローエンのお返しだ」
オジサンは1枚の硬化を勇雅に渡す。勇雅はそれを受け取ると、財布の中にしまう。
クレミアには分からない取引だ。
「また機会があったら来いよ」
「あぁ、その時はまたよろしくな」
勇雅はオヤジさんに声をかけて、別れを告げる。
「そんじゃ、行くぞ。グレシヤ」
そう声をかけると馬はブルっと鳴き、答えたような気がした。
「悪いなクレミア。お姫様に弓矢を持たせてしまって」
2人は1頭の馬に跨りながら森林をかけていた。
「別にいいよ。こうでもしないと私が乗れないからな」
クレミア大事そうに弓矢を軽く持っている。
すると、馬は耳をピリリっと動かす。何かに反応をしたかのように。
その反応に勇雅は周囲を警戒する。
「クレミア。俺にしっかり掴まっとけ!」
「何?どういうこと?!」
クレミアは焦りながら勇雅に聞く。
「飛ばすぜ!」
勇雅はクレミアの言葉を無視するかのように馬を走らせる。反動でクレミアは馬から落ちそうになる。だが、体の力を使って、勇雅にしがみつく。
そして勇雅は目線を森林の中に目をやる。
すると、周りから馬の足音が地鳴りのように聞こえてくる。
ー来たかー
勇雅は心の底で思う。クレミアが音に気づいた時は奴らは姿を現していた。
「待ちなさい!お前ら!」
それは先程まで自分たちを捕まえようとしていた魔法使いとその騎馬隊だった。
「まさか、ここまで追ってくるとはな」
「どうするんだ?!」
「とにかく逃げ切るぞ!」
勇雅は行き良いよく、馬を走らせる。
しかし、どんどん差が縮まっていく。
「もっと早く走らないと追いつかれるよ!」
「分かってるけど…」
「何よ!」
「たぶんいつもより重いから、こいつ走れないんだ」
「マジで」
クレミアはぎょっとしながら勇雅に聞く。少し諦めモードで。
「・・・」
勇雅は何も答えない。やはり勇雅も諦めモードなのだろう。
クレミアは逃げ切るために何か秘策がないか周りをキョロキョロするが、周りにはただの木々しかない。
やはりこのまま捕まってしまうのか。クレミアは完全に諦めモードになる。
クレミアは目線を下に落とす。
すると、自分の手元には弓矢があることに気がつく。
矢の束の中に明らかにただの矢じゃないものがあることに気がつく。
「これって……」
クレミアぼそっと呟き、矢束を漁る。
中からは先端に小型の爆弾が取り付けられた矢が出てくる。
「やっぱり!爆弾矢だ!」
「爆弾矢?!」
爆弾矢はその名の通りの爆弾が取り付けられた矢だ。この矢はかなりの高価で、一般市民には買えないほどの値段の代物だ。日本円にすると、1本156万円になる。
「あなた知らないの?!珍しい人もいるんだね。あれ?5本も爆弾矢がある」
クレミアは不思議そうに頭を抱える。
優雅はその本数にクスッと笑う。
「なるほどな。今回の馬宿の金額が高かった理由が分かったぜ」
「どういうことよ」
クレミアは勇雅に聞く。
「たぶん、その矢と弓の修理代が入っているのさ」
「そうなの?!」
「たぶんそうさ。オヤジさんに感謝しないとな」
勇雅は馬を走らせながら言う。
「ならこの矢借りるよ!」
「お前、弓矢なんって使えたのか?!」
驚きながら勇雅は後ろを振り向く。
「危ないから前向いていて!落ちるよ!」
クレミアは大叫びしながら勇雅に注意する。
「へいへい」
文句げに勇雅は言う。
クレミアは近づいてくる騎馬隊を目にし、彼女は弓を強く持つ。クレミアはしっかり弓を構え、狙いを定める。
ーそう言えば、弓矢を使うの久しぶりだなー
クレミアはふと幼い頃の自分を思い出す。
『良いかクレミア。弓矢っと言うものは簡単そうに見えて、意外と難しいのだ』
『そうは見えませんわお父様』
『ならば1発あの的に当ててみなさい』
クレミアは弓を構え、矢を放つ。
しかし、矢は的ではなく地面に突き刺さる。
『あれっ!なんで?!』
クレミアは驚きでその場で硬直する。
父はその場で大笑いをする。
『お父様!笑い過ぎです!』
クレミアは頬を膨らませ、父に言う。
彼女は弓に何か原因があるかもしれないと、弓を隅々まで見渡す。
『原因は弓ではないぞ』
父はクレミアの弓をすっと取り上げる。
クレミアは小さくあっと言ったが、父は気づかない。
『弓って言うのはな、こうやってしっかり引き』
父は矢をつけた弓を強く引く。焦点は的を見る。その目つきは獲物を狙う、肉食獣のようだ。
『そんで、放つ』
父はぱっと矢を離し、的に命中する。
『凄いお父様!命中ですわ!』
クレミアは嬉しそうに喜び、父の方を見る。
父はクレミアの頭に手を置いて撫でる。
『クレミア、お前にも必ず出来ることだ。努力するやつほど成功するものだ。頑張りなさい』
『はい、お父様!』
ーそんなこともありましたなー
クレミアは嬉しさで瞳を閉じる。目を瞑れば優しい父の顔が浮かんでくる。しかしその人はもうこの世にはいない。
クレミアは覚悟を決め、目を開ける。そして、狩人のように、狙いを定める。
狙うは、先頭騎馬隊の足元。その瞬間、まるで時が止まったかのように周りの音も、馬の足音も、聞こえなくなる。
クレミアはここだ!と思い、矢を放つ。
彼女の予想通り、放った矢は先頭の騎馬隊の足元に命中する。爆弾矢はその衝撃で点火して周りを吹き飛ばす。先頭を走っていた騎馬隊はもちろん被害を受ける。
「あれは!爆弾矢?!何故奴らが……」
ある兵士がぼそっと呟く。
「馬を止めるな!走らせ続けろ!」
1人の兵士は馬を落ち着かせてから馬を勇雅たちに向けてまた走らせていく。周りの兵士はそれに釣られて、馬を走らせていく。
勇雅は何かおかしい事に気づく。
先程までいた魔法使いの姿が消えていることに気づく。こんな状態なのに、あの魔法使いは姿を現さない。勇雅にも焦りが出てくる。
もしかしたら透明になる魔法を使って、姿を消しただけかもしれないが、何かが引っかかる。
周りの兵士たちはまるで俺たちを追い込んでいるような感じしかしない。
勇雅が危険に気づいた時にはもう遅かった。
少し離れたところで、あの魔法使いと50人程の兵士たちが待ち構えていた。
思わず、勇雅は馬を止める。急ブレーキをかけられたグレシヤは思わず立ち上がってしまう。
クレミアはその行動に思わず落ちそうになるが、勇雅がクレミアの腰に腕を回し支えてくれた。
「大丈夫か!クレミア」
「えぇ。ありがとう」
クレミアは優雅の腰に腕を回す。
勇雅はグレシヤを落ち着かせるために、優しくなだめる。
「私の作戦は成功に終わったようですね!勇者、勇雅」
魔法使いは誇らしげに堂々としている。
その様子に少しイラッとする。
「そう言えばまだ私、あなた達に名を言っていませんでしたね。私はフワラン・レームル。レームル家の次女でございます」
「レームル家ってあの魔法使い一族の……」
勇雅は嫌そうな顔でフワランを睨みつける。
クレミアは少し不安になる。
「勇雅は魔族の逃亡の手伝い、及び兵士殺害の罪。クレミアは魔族であり、あの魔王の娘として…」
フワランは2人に指を突きつける。
「2人共、死刑に処す!!」
フワランはドヤ顔を2人に見せつける。
勇雅は強く奥歯を噛み締める。
ーどうする!どうすればこのピンチを切り抜けられる!ー
勇雅は周りを見渡すが、そこらには草木しかない。まさに絶体絶命のピンチ!
どうすれば……
グレシヤを1歩下がらせる。
すると、後ろから何かしらの足音が聞こえてくる。
ばっ!と後ろを振り向くと、純白のように白い大きな犬が騎馬隊の兵士たちに噛み付いていき。
それを見た兵士や魔法使い、勇雅、クレミアは時間が止まったかのように、停止をする。
大きな犬はグルグルッと喉を鳴らし、勇雅達ではなく、フワランたちを目掛けて、飛び込んでいく。
「何が、起こっているの?」
「俺にもわからない……」
ボー然と見ている二人をよそに、フワランたちはバタバタと走り回る。
すると、木々がバキバキと音を鳴らしながら、枝などが動き出す。
「嘘……」
フワランは顔を真っ青にして言う。
それもそのはずだ。木達はまるで服を脱ぐように、地面から這い出していく。
その形はまるで人のように見える。
「い、今のうちだね!」
「そっそうだな!」
2人は同時に頷き、兵士や魔法使い、木や犬がいない場所に向かい、グレシヤを走らせる。
あの事があってからどのぐらいだったのだろうか。2人はかなり上の方まで来ている。
「そう言えば私たち、どこに向かっているの?」
クレミアは今更感もあるが、何となく聞いてみる。
「どこって、俺の育った村だ」
勇雅はサラっと目的地を言う。
「勇雅の……故郷?」
クレミアは疑問に思いながら言う。
「ああ、異世界から召喚された俺を迎えてくれたたった一つの村だ」
2人は森を抜け、ある小さな集落に出る。
山の上であるのに薄暗さはなく、逆に明るい。
とても小さいが、不自由そうに見えず、楽しそうにも見える。
「ここが村?小さな集落にも見えるけど」
「一応村だよ。かなり小さいけどな」
勇雅と共に少し離れたところにあるひとつの家に向かう2人であった。