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ニードル・アンド・シールド・アンド・ポイズン#8

「レイ、向こうの様子は?」


 二階建ての鉄筋コンクリート製アパートを見下ろせる建物の屋上で、隣で剣呑な大型フレイムビームランチャーのスコープを覗き込んでいる男性に、赤いチャイナドレスをより煽情的に改造した服を着た妖艶な長身の女性が問いかける。彼女のバストは平坦であった。


「距離があり過ぎて、俺のアビリティじゃ正確には探れない……だが、一瞬光が見えた。恐らく向こうはこちらが展開していることに気付いているだろう。」


「じゃあもうブラッドにゴーサイン送っちゃう? あいつ、待ち切れないってもう30秒置きに延々連絡寄越して来てウザったいんだけど。」


「能力が未知数……まぁいいか。どうせ雰囲気重視だろうしな。」


 ここで、クロスタイド内の一部のイベント発生時に同時に生じる、『対抗イベント』という物について紹介しておこう。

 先述の通り一部のイベントでは、進行の妨害を他のプレイヤーが参加して行う場合がある。これを『対抗イベント』と言う。

 今回彼らが参加した対抗イベントは吸血鬼の少女を保護したプレイヤーを殺害、ないし吸血鬼の少女の強奪となっている。

 対抗イベントでは破格の成功報酬額や悪カルマの大きな増加が望める事から、報酬目当てのプレイヤーや悪カルマを求めるプレイヤー、純粋に他人の邪魔をする事に快感を感じるプレイヤー等に人気を博している。


 二人が話していると、30秒ぶり何十回目かの通信が届く。


「ハァイ、ブラッド。」


「ホット!もう待ち切れねぇ!とっとと火を放って炙りだそうぜ!!」


「はぁ……レイ~?」


「待て。」


 レイと呼ばれた男、レイダーがスコープを覗きつつ、室内の温度の動きを探知した。

 そしてゆっくりと、窓が開いて行くのが見えた。


「今だ行け!」


 レイダーの言葉と同時に、隣に立っていた女性、ホットスタートが室内、窓の後方を指定して瞬間移動を行う。続けてアパートの正面に止められたバンの後方扉が開き、中から赤い肌と丸太のような手足を持つ巨躯の男が飛び出すと、大きく跳躍して二階の欄干へと飛びついた。

 室内へと飛び込んだホットスタートがまず目にしたのは玄関へと走る黒いパワーアーマーの女性と、彼女が手を引く黒い髪と白い肌の少女。

 窓を開けたのは? そう思考するよりも早く、ホットスタートの左脚に激痛が走る。

 脚を見下ろすと、太腿に特異な形状のナイフが深々と刺さっているのが見えた。そして同時、ナイフをほんの少し捻りながらバク転を打って距離を置く、仮面を付けたパーカーの少女。

 少女はバク転で距離を置くと、そのまま壁と天井の角に貼り付き、ホットスタートを見下ろした。

 割れた皿を継ぎ接いだような不気味な仮面の隙間から、赤い走査光が漏れる。

 ホットスタートは言い知れぬ不快感を感じつつ、左脚に刺さったナイフを抜いて捨て、両手を構えつつ、インカムへ小声でレイダーに合図を送った。

 レイダーは合図が来る前には熱感知視覚を用いて壁と天井の角に貼り付いたままの何者かの姿を捉え、剣呑な大型フレイムビームランチャーの照準をそこへ合わせていた。

 レイダーが命中を確信しながら引き金を引く。

 だが、その熱感知視覚の、頭部と思しき部分が引き金を引く一瞬前にほんの少しだけ動いた。

 そしてフレイムビームランチャーから放たれた一直線の火線は過たず標的を……貫かなかった。

 届く一瞬前に標的が壁から飛び離れたのだ!


(なんだと……?)


 レイダーが静かに苛立ちを覚えたのと同時、飛び離れた仮面の少女をホットスタートの炎を纏った蹴りが襲う!

 少女は空中で丸くなり、回転をしながらその蹴りに合わせて足を繰り出した!

 蹴り足が重なり、ホットスタートが小さく呻く!

 少女の脚が重く硬い! これは義足だ!

 想像以上の重さに左脚の傷口の出血が増す。しかし空中で体勢不十分、更に幾ら義足分体重が増大していると言っても小柄な少女の体躯、蹴り飛ばすのは容易。

 蹴り飛ばされながら少女は更に空中で体勢を変えながら天井と壁を伝い、扉側へと着地を決める。

 窓際の壁は先程放たれたフレイムビームによって延焼が始まりつつある。このまま火災現場の中で戦うのであればパイロキネシスの副次効果によって火炎に対して耐性を持っているホットスタートが有利となるだろう。それに、レイダーも現在地からの狙撃が難しいとなればすぐに位置を変えて支援狙撃を開始する。

 時間はホットスタートに味方する。

 対する義足の少女、ピィピィはと言うと、相手の力量を掴みかねていた。

 今の一合、窓を開くと同時に出現した事、そして外からの壁越し狙撃。炎拳と火炎銃。目の前の女性より、外から壁を貫いて狙撃して来る狙撃手の方が危険か。

 ピィピィは油断なく相手を視界に捉えながら姿勢を正した。


「ドーモ。ピィピィで……」


 クセとなっていた挨拶を行う間に、視界から女性が消え去る。

 何処へ? 今のは瞬間移動? ブリンク!

 咄嗟にピィピィが前転すると、彼女の後頭部がほんの数瞬前まであった場所を炎を纏った蹴り足が通過!

 前転から復帰して再びホットスタートをピィピィが視界に捉えようとするが、しかし再び消失!

 今度は咄嗟の判断では無く確信を持って垂直に、脚を抱え込むようにして後転跳躍! 再びピィピィが居た位置を炎の蹴り脚が通過!

 蹴り脚が空を切ったホットスタートの頭頂部目掛けて、見事な空中姿勢制御を見せながらピィピィが蹴りを繰り出す!

 だがそれをホットスタートは燃える片手で受け止めると、そのまま掴みに行く!

 しかし辛くも空中で横回転、ピィピィは致命的グラップルを脱してホットスタートの目の前に着地した。

 そしてこの間合いの危険をすぐに察してバク転を、打とうとして直前で取りやめて前転を行った!

 その時、既に後方へとブリンクを行っていたホットスタートは、三度己の炎の蹴り技を躱される!


「このガキ…!」


 ホットスタートにとって三度もこのブリンクアタックを躱されたのは、誤ってトッププレイヤーを襲ってしまった時以来の事であり、目の前の雰囲気重視のペラペラなカロンと侮っていた相手に自分の攻撃をこうも立て続けに避け続けられる事に対して相当な苛立ちを覚えていた。

 対するピィピィはというと、自分の見積もりの甘さを悔いながらも、一度でもクリーンヒットすれば恐らく自分の耐久力では耐えられないだろうという恐怖と、明らかに格上のプレイヤーに対して互角に立ち回れている高揚感、そして目の前の相手を倒した後に狙撃手がどう動いて来るかという先を見据えた冷静さが入り乱れ、何とも形容しがたい、真夏の猛吹雪のような心境の中にあった。

 ホットスタートが肩で息をし始める。ホットスタートの頭の中に疑問が湧きおこる。息が上がっている? なぜ? 彼女自身の持久力を鑑みるにこの程度で息が上がるハズがない。目の前がぐらぐらと揺れ始め、平衡感覚が失われつつある。

 対するピィピィはその場で軽くステップを踏み、手を揺らす。揺らした手の中にタタミ針を作り出し、それをホットスタートへと投げ付けた!

 投擲された三本の針は過たずホットスタートを目掛けて飛び、それらはしかしホットスタートの炎を纏った回し受けによって尽く叩き落とされる。

 しかしそれでなお投擲は止まらない。何度も、何度も何度もタタミ針をピィピィは投げ続ける!

 ホットスタートは何度もそれを打ち落とし、打ち払うが、しかし不意に感じた吐き気が原因でついに一本が通り、ホットスタートの肩を掠めた!

 その一発を皮切りに、徐々に打ち漏らしが増えて行く、ホットスタートの具合は悪化の一途!

 ホットスタートが力を振り絞りブリンクで窓の外へと逃げ出す頃には、彼女の腕に4本、脚に2本と胴体に3本ものタタミ針が突き立っていた。

 ピィピィは逃げたホットスタートを追わず、その場で窓側に向かって構えを取った。

 狙撃手が来るとしたら、このタイミングに違いない。その確信が、ピィピィにこの臨戦態勢を取らせていた。

 そして実際に、狙撃手からの追撃が来た。



 最も、それは狙撃という形では無く、窓を突き破っての突入という形であったが。

人物名鑑:ホットスタート

スリムなモデル体型にチャイナドレスを着用し、パイロキネシスによる拳脚の攻撃力強化とブリンクによるブリンクアタックを組み合わせる事による一撃必殺の格闘戦を主体とする、賞金首カロン。プレイヤー本人が現実で習得した格闘術をクロスタイド内に持ち込んで運用している為か、人間の埒外の動作を行う敵には相性が今一つであり、またブリンクを瞬発的かつ容易に行う為にマインドセットとして『対象物の背後』をセッティングしているので、看破されると途端に行動を読まれてしまう。

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