ニードル・アンド・シールド・アンド・ポイズン#5
移動その物はリエがひそかに修理を完了していたワープツールを使たったので一瞬の出来事だった。行先は、リエ曰く一度行ってみたかったというアウトモデッド系エリアの一つ、スランプエイジ。
中でもリエが密かに現実で想いを寄せる相手の出身地であるらしく、またピィピィが愛するダイハードシティのモデルとなった地である日本列島へと訪れる事にした。
とは言え日本列島と一口に言っても大分広いので、ワープ後は人口密集地である東亰辺りを目指す事にした。
アウトモデッド系というのは、詰まる所はほんの4、50年ほど前の事。タキオン技術の発明以前、世界中の全ての人が光の壁は超える事は出来ないと思い知り、技術のどん詰まりだと思い込んでいた時代。宇宙開発を採算が取れないとして諦めていた、挫折と諦観の時代だ。
とは言えこの頃に作られた大量の創作世界は今なお息づいており、フィクション作家の間ではこの微妙に不自由な時代設定は今なお、いや今だからこそ根強い人気を博している。
アウトモデッド系エリアには色々な種類が存在するが、その中でもこのスランプエイジはそれなりに創作が盛り込まれた世界観設定を施されており、プレイスタイルにも幅があるとして人気となっている。
人の悪心から生まれた妖怪やモンスターが現れ、それを人知れず葬る魔法使いや超能力者が日夜戦いを続け、或いは太古の昔より脈々と受け継がれた魔術を使う魔術師が魔獣を召喚するならば、それを強化外骨格を身に着けた超人兵士が人知れず撃滅する。
全て日常を事も無く過ごす為に。
このスランプエイジにおいて、プレイヤーであるカロン達のロールプレイングに対する熱量は凄まじい物がある。何せ、アウトモデッド系の創作に登場するヒーローに成り切るには、何をするにもとても丁度良い世界観であるのだから。故に、ロールプレイングを軽視し、ただ強さや金を目当てとするカロンとしては、やや息苦しいエリアでもある。
「―――――と、言う事を念頭に置いて、活動しましょうね。」
「つまり、私たちも何か、それっぽいロールプレイをした方が良い?」
「なのでしょうか? ですが、そこまで気にし過ぎなくてもきっと大丈夫かと。」
「服装に関してはいつも通りで問題は無さそうですけど。脚もいつもの脚じゃなくてこの脚なら目立たずに済みそうです。けがのこーみょーってやつですね。」
「高機能義肢やパワーアーマーの平時着用はアウトモデッド系エリアではあまり好まれないそうですからね。かと言って魔術や奇跡の平時使用もあまり好まれないそうですし、強さを求めるカロンにはやや息苦しいというお話も頷けます。」
「リエさん大丈夫です? リエさんは確か全部盛りだったハズでは。」
全部盛り、とはアビリティや魔法、テクノロジーのいずれか一つに絞らずに全てを用いるスタイルの事を指す。実際、リエはアビリティのリジェネレイトとパワーアシスト機能と装甲強化のパワーアーマー、装甲には魔法や祝福が施されており、手に持った大盾にもとても強力な祝福と宇宙船に用いられるバリアシステムが組み込まれている。またリエのリジェネレイトは装備品にも影響する強化型であり、装備とアビリティ全てをひっくるめて、リエは不死身に近い能力を持っていた。正しく、全部盛りである。
「戦闘時以外はほぼ装着も使用もしてませんから大丈夫ですよ。ほら、ダイハードシティでも散策の際には脱いでましたし。」
「なら良いのですが。それにしても。」
ピィピィは素早く物陰を探して証明写真と書かれた筐体に入ると、着ていたパーカーを脱ぎ、ずれたTシャツを整えてから腰に縛り付けて筐体から出て来て、冷やかさすら感じる無表情とは裏腹の玉のような汗を額に浮かべながら、リエにやや強い語気で、
「暑い!」
と、珍しく感情のこもった声で訴えた。
「つまり、現実の日本列島と季節感も合わせているせいで、こんなに暑いと。油断しました……こちらにワープアウトした瞬間に熱気で蒸し焼きにされるかと思いましたよ。」
雲一つ無い快晴、太陽は地上の一切を焼き殺さんばかりに照り輝き、その陽光をビル一面のガラスが反射して増幅し、溶けだしそうなほど熱されたアスファルトの上をサラリーマンやOL、学生服を着た少年少女、日傘を差したマダムや帽子を被った老人が行き交う。
NPCと思しき人々は黒い髪が多いが、中にはロマンスグレーの老人や禿頭の中年男性、金髪の派手めな女性や茶髪の女学生も見受けられる。
その中にあっては、ケミカルピンク色の髪色のピィピィと銀髪のリエはやや浮いているように見受けられたが、しかし誰もそれを気にする風は無かった。
「私も調査不足でした。しかしこの季節の日本列島は本当にこんなに暑いのでしょうか。気温計を見るに摂氏36度と出ていますが……。」
「ええ、丁度昨日の最高気温がそれぐらいでした。」
「おや、ピィピィさんは日本に住んでらっしゃるのですか?」
「おっと。口が滑りました。ええ、ですがリアルの詮索に関してはこの辺りでということで。」
「ええ、了解です。リアルの詮索をしないのはマナー、ですからね。心得ています。」
「ところで滞在場所等はどうするんですか? このエリアの本番は夜であると聞きますし。」
「それなのですが、何でも役所で諸々の手続きを行って住民票を得て、その後に住宅案内所を訪ねまして……」
「ちょ、ちょっと待ってください。それ、一日で終わります?」
ピィピィの問いに、リエは曖昧な表情で視線を逸らす。
どうやら、終わらない公算が高いようだった。
「つまり、何です。ホテル泊ですか? 私お金に余裕が…。」
「だ、大丈夫です!無理やり連れて来たのは私ですし、私が払いますから!」
「それはそれで悪い気がするのですが。」
「いえ、大丈夫です!私こう見えて、結構稼いでるので!」
大いに収入と資金的余裕がある事は、ピィピィの目から見ても明らかだった。リエの装備はそれだけ高価であり、そしてワープ装置は現実換算で四人で焼肉を食べに行けて、更に店によってはそのお釣りでカラオケにも行けるほどの値段である。
ピィピィは目の前の表情豊かに任せてほしそうにしている友人と、このゲームをプレイする際に心に決めた自分ルールの間で緩やかな板挟みに陥っていた。即ち、受ける手助けは最小限に、というルールだ。
もっとも、コレーのバーで世話になっている以上、このルールもどこまで生きているのかという話ではあるが、それでもあまり人に頼り過ぎたくないという思考が頭にじっとりとへばりついている。
無表情のままでじっと顔を見詰め続けるピィピィに、リエは徐々に不安な気持ちになって行った。
不安げなその顔を見て、さしものピィピィのルールも流石に膝を折ったが、しかしそれでも譲り切れないのか、
「……返答を先延ばしにさせてください。」
と、ピィピィはリエに対し曖昧に返したのだった。
用語解説:アビリティ
所謂ところの『超能力』。クロスタイド内のプレイヤーである『カロン』が最初から持っている物であり、無数の種類と派生が存在する。カロン(=プレイヤー)の特権の象徴のような物であるが、一部の強力な敵MOBやNPCが持つ事もある。また、ゲーム内のシステムとしてカロンは『転生』を行う事が可能であり、これによって最大三つまでアビリティを持つ事が出来る。転生の際に重ねて同じアビリティを取得する事でより強力な上位の能力へ強化、派生させる事も出来る。
これらアビリティを駆使する事で、カロンはプレイ開始直後から敵MOBを平均的に上回る戦闘力を発揮出来るのである。