ニードル・アンド・シールド・アンド・ポイズン#4
その後、2人はカニを食べる事が出来るカラオケボックスへ行ったが、ピィピィは頑なにマイクを取ろうとしなかった。
リエがやや強いて歌わせると、ピィピィのウィスパーボイスが歌の中で奇妙な薄ら寒さを奏で、聞いていると妙に血の気が引く歌声をしている事がわかった。
だから歌いたく無かったのだとむくれるピィピィであったが、しかしそんな彼女がやけに愛らしく、リエは笑ってしまっていた。
ゲームセンターでは栄養ドリンク瓶の形をしたマスコットのぬいぐるみのUFOキャッチャーでリエがひたすらトークンを溶かし、ピィピィが腕を引いても身体を押してもビクともせずに齧り付くようにしてプレイしていた。
結局、ぬいぐるみはピィピィが一回で取って見せた。設定として規定回数に達した時にアーム強度が上がり取り易くなるようになっていたのか、単純にピィピィが上手いのかどうかは分からないが、ともあれリエは喜び、はしゃいだ様子だった。
その頃にはもう三時間ほどが経過していた。現実の時間に合わせると、早起きな人であればもうそろそろ起床しなければならない時間であり、ピィピィもリエも多分に漏れず時間を気にし出していた。
帰り道の道すがら2人は次の夜の再会を約束しつつ、エナジィの二階へと戻り、ログアウトして現実の朝へと帰って行ったのだった。
クロスタイドをプレイする為のハードウェアである213G(21グラム・ゲーム・ギア)は人間の『魂』をデータ化、抽出してタキオンネットワークを介し超光速で量子コンピューターサーバーへと転送、その中でこれまでにない疑似体験を提供するという代物である。この際、プレイ中の人間の身体は睡眠時に限りなく近い状態となっている。万が一に備えて213Gには緊急時用の蘇生装置が同梱されており、これらを適切に装備した状態でのプレイが義務付けられている。
睡眠時に近い状態である性質上、プレイ中は睡眠中と同様の休眠効果が得られる事から、多くの人は睡眠の代わりに213Gを使用している。睡眠時間を一切削る事無く娯楽に興じる事が出来るとあって、213Gとその最もポピュラーなタイトルであるクロスタイドは、あっと言う間に世界中へと広まったのだった。
例えば、SNS。
日々の思い付きや言葉を残す中で、偶々その言葉を見付けた人が声をかけて来て、次の日にまた話をする確率はどの程度であろうか。
人はタキオンネットワーク時代に突入してもなお、やはりすれ違う物であり、ふとした出会いの直後には知らぬ間に分かれているものであり、二度と交わらない事の方が遥かに多い。
ピィピィはその事を重々に承知していたし、正直、リエと遊んだ昨晩の奇跡に感謝こそすれ、長続きする事は無いだろうと半ば諦めていたし、そういう物だと割り切って、今後の資金繰りに関して思案を巡らせながら、とりあえず目についた本に手を伸ばして、丁度指が入ったページからそれを読み始めていた。
ログインする場所は選ぶ事が出来る。セーブポイントは他にも多数あるだろう。ログアウトの為だけにセーブポイントを作り、次のログイン時にその時のセーブポイントを削除するというのもまた珍しいことではない。この部屋に再びリエが現れなくても何もおかしなことはない。
だからこそ、ピィピィが部屋で本を読みながらこれからどうして脚を直すべきかと思案している時、隣の布団にリエが出現、起床した時には大いに驚いたし、表情にこそ出さなかった物の大変に嬉しく感じたのも、無理からぬことだろう。
何より先ごろに共に過ごした時間の中で、リエが恐らくは『現実』でも女性である事と、恐らくは自身よりやや年下ぐらいの同年代である事等を感覚として感じ取り、一期一会の関係で終わらなければ良いのにと本気で考えていたピィピィとしては、思いが通じたような気さえしていた。
もっとも、その驚いたような表情は、このゲーム中に未だ現実世界での繋がりを持たない友人を得た事が無いリエとしては少しばかりおもばゆい物でもあった。
「ど、どうも。」
「どうも。あ、ごめんね今ちょっと考え事しながら読書してて……」
「いえ、お構いなく! お構いなく?」
「いや、構いますよ。とは言え、昨日で大体私が案内できる場所は全部なんですけどね。どうしましょうか。」
「それでしたら、私に考えが。」
「何でしょうか。私に出来る事であればどんとこいです。」
ピィピィが本を閉じて居住まいを正すと、それに倣うようにしてリエも正座になる。
「その……ピィピィさんは、始めてからすぐにこの街を真っ直ぐに目指していらしたんですよね?」
「その通りですが。」
「であれば、このエリアや街以外の場所はほとんど知らない、んですよね?」
「そうですね。」
「でしたら、一緒に別のエリアへ行ってみませんか?」
ピィピィは少しだけ考えるように視線を俯かせるが、しかしこれは彼女にとっても悪くは無い提案だった。
現在使っているセクサロイド用のサイバネ脚の出力では、この街を跳梁跋扈する他のカロン達からは逃げる事すらままならないだろう。とは言えこの脚はほんのちょっぴりだけ改造を施してあるので、人を蹴り殺すことぐらいは出来るし、壊された脚に比べると出力が大きく見劣る物の、一応は人間の埒外の力は備えている。
低レベルのインナーエリアであればそのぐらい出来れば十分に逃げる事も戦う事も出来るだろうし、ここでこうして本を読むよりかはお金も貯まるハズだ。
何より初めての友人からの提案だし、その友人は昨日見た装備や使っていたガジェットから間違い無く高レベルカロンだ。パワーレベリングのようで心苦しい所はあるが、彼女が居ればもしアウターエリアであっても何とかなるだろう。
「ええ、いいですよ。行きましょう。」
名鑑№7
デビルフィッシュ:引き締まった肉体を持つ長身の男性。ジャンプスペースのブリンクと下半身強化だけを入れたハイパーストレングスを持ち、ブリンク直後に攻撃を行う通称『ブリンクアタック』を得意とする。特に彼のブリンクアタックは芸術的とすら言われており、大抵は初撃だけで終わってしまう為、奥の手の大口径マグナムリボルバーによる恐るべき早撃ちは実際奥の手となっている。