ニードル・アンド・シールド・アンド・ポイズン#2
重金属酸性雨が降りしきる街を、十字と円を組み合わせたような形状の巨大な盾を傘替わりにして、パワーアーマーを着込んだ少女が走る。
誰かに追われているというより、雨宿り出来る場所を探して彼女、リエは慣れない街を駆けていた。
彼女の着用しているパワーアーマーも巨大な盾も、全てこの雨には十全な耐性を持っていたが、しかしこの雨に濡れる気持ちの悪さだけは他に例えようがない。
初めて来た街だった。ランダムワープを使って色んな場所を見て回っていた最中にこの街へ来て、そして重金属酸性雨に打たれてワープ装置は機能を停止した。
本来であればそのような事態にならない場所が選択されてワープするだけに、この原因不明の不具合にリエは思わず頭を抱えた。
入り組んだ路地なら多少は雨を凌ぐ軒先が見付かるかと考えたリエは、一路裏路地へと駆け込んで行く。
周りにはサイバネティクスをインプラントしている人々や独特な服装の人々が行き交っており、顔を真っ黒いフルフェイスマスクで隠し、全身を黒いパワードアーマーで身を包み巨大な盾を傘替わりにして駆けて行くリエは少々浮いてはいたが、十分に馴染んで見えた。
リエが路地裏に駆け込んだ直後だった。喧噪や雨音とは明らかに違う、発砲音。頭上、後方から。そしてそれと共に聞こえる悲鳴。マスクに搭載されたレーダー機能が物体の高速接近反応を示す。ほぼ直上。何かが落ちて来る。
咄嗟にそちらを視認すると、落ちて来たのは、
「………ぁぁぁぁあああああ!!!」
人だった。思わず盾から手を離して落ちて来た人をキャッチする。
黒のパーカーに、ひび割れたのっぺらぼうのような仮面、そして両脚はサイバネティクスのようだ。片脚が火花を散らしている。
微かに膨らみのある胸とフードから漏れ出た長いピンク色の髪の毛から、何となく少女のようにリエには感じる事が出来た。
「ど、ドーモ。」
「あ、どうも。えっと…」
黒パーカーの少女が何かハッとしたかと思うと、身じろぎでリエの手から逃れて地面に降り立つ。
が、破損している脚が思うように動かないらしく大きくふら付き、転びそうになった所をリエが手を掴んで支える。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、ええ。大丈夫、それより急いでここを離れないと」
「誰かに追われてるんですか?」
「この街だと誰か見掛けたら絡みに行くのが礼儀、みたいな所ありますから。」
「なるほど。では、少し失礼します。」
パーカーの少女が答えるより早く、盾を片手にもう片方の空いた手で少女の華奢な身体を軽々と担ぎ上げると、そのままとりあえず真っ直ぐに駆け出す。
路地裏へ駆け込んで初めてリエは実感した。この街はとても不便に感じるほどに入り組んでいる。まるで九龍城を地面に落着させそのまま横ばいに広げさせたよう。
それ故に、走り始めて一分もしない内にもはやリエは自分の居場所を見失っていた。
「そこの分かれ道を右に!そこを左に入って!そしたらすぐ右!」
肩に担がれた少女が方向の指示を出し始めた。リエはそれに従って複雑に入り組んだ路地裏を駆けて行く。
ジグザグに、時折階段を降りて地下に入り、出て、テントのような物の脇を通って、そうする内にまた別の景色へ、似たようで全く違う場所へと。
まるで万華鏡の中を走っているようだ。リエは指示を聞いて走りながら、そう思った。
「ストーップ! 左の建物! オカマバー!」
言われるままに中に駆け込んだリエに、店内の視線が一斉に集まって、思わず足を止める。
余りの場違い感に縋るような思いで肩に担いだ少女へと視線を向けると、
「コレーママー! 脚壊された!」
呼びかけに応じたのは、カウンターでお客との談笑を楽しんでいた大柄な男だった。
「あらあらまぁまぁ。奥にいらっしゃい。」
「歩けないからこの人……ごめんなさい、私はピィピィ。あなたの名前は?」
「あ、リエです。」
カウンターの内側からコレーと呼ばれた坊主頭に剃り込みを入れた長身の黒人男性が出て来てリエからピィピィを受け取ると、リエに視線を向ける。
「あなたも一緒にいらっしゃい、リエさん。奢るわよ?」
「ええと……ご迷惑では?」
「いいのよいいのよ! 表にはオカマバーで看板出してるけど実際はただの溜まり場だから!」
他の客は何だいつもの事かのような、そんな顔で自分たちの会話や飲食へと戻って行く。
それを見て、リエもなんだか意地を張る必要も無い気がして、大人しくコレーとピィピィに続いてカウンターの奥へ入り、階段を上がって行った。
名鑑№4
リエ:全身に黒い機械鎧を纏い十字と円を組み合わせたような大盾を持った、短く切りそろえられた銀髪が特徴的な少女カロン。鎧と盾の材料には宇宙要塞外殻用の特殊超硬度合金が使用され、更に全身に強力な祝福の聖句と矢避けや堅固等の秘文字が刻まれており、盾内部には宇宙戦艦のシールドを小型化した機構を搭載。過剰なまでのパワーアシストによって力強く、そして素早く動き回る事も出来る。アビリティは肉体再生であり、即死以外ではほとんど不死身であり、先述の盾と鎧も合わさり彼女を即死させるのは極めて困難である。