ニードル・アンド・シールド・アンド・ポイズン#12
火災は爆発音を聞きつけた地元のカロン達によって消し止められ、建物の修繕も同様に行われる事となった。
彼らはこの街の事がとても気に入っている。彼らが破壊された街並みを元に戻すのは、言わば遊んだ後に遊び場を片付けるような物。次に自分たちが遊ぶ時、気持ち良く遊べるように。ゆえに彼らは誰も何も言わずとも集まり、修復作業を手際よく進めていくのだ。
爆発の衝撃によってアパート裏手の駐車場まで吹き飛ばされたボンデージファッションの黒人男性ことコレーとピィピィであったが、コレーのアビリティであるクラッシュバリアのお陰で爆発による負傷はせずに済んでいた。
自分たちが借りていた部屋が吹き飛んだのを目の当たりにして一度アパートから離れて様子を見ていたリエであったが、駐車場で並んで座っているピィピィとコレーを見付けると、すぐに駆け寄って、頭を下げた。
「ごめんなさい!! ローラさんを連れ去られてしまいました…!」
ピィピィはその様をしばし呆然とした様子で眺めていた。ひび割れたのっぺらぼうのような仮面のひび割れを走るピンク色の走査光と共に飛び散る火花。表情は見えなかった。
深々と頭を下げたリエも、ふと見たピィピィの両脚を見て、目を離せなくなっていた。
両義足が無く、コネクターには焼け焦げた痕が残っていた。
自分の方が強いからこそ、自分がローラを抱えて逃げ、ピィピィは囮としんがりとして逃げる。
果たしてそれは自分の、『強いからこそ任された役割』の失態によって失敗に終わった。
情けない。守る事に特化しておきながら、守り切る事が出来ないとは。
二人ともに悔しさのあまりに目を合わせる事が出来ずに居ると、パンパンと手を叩く音が聞こえて来た。
顔を向けると、コレーが音を鳴らした様子だった。
「ハイハイ! 落ち込むのはそこまでよ! 次の動きを考えましょう。」
「次? でも、ローラは…」
「奪われたのなら奪い返せば良い。でしょう? 丁度良く物知りな人も居る事だし、ね?」
コレーが視線を向けた先、電柱に隠れるように立っていた男が歩み出る。
ピィピィは見覚えがあった。黒いスーツに、サングラス、撫でつけられたオールバックの髪。
片手には大きなアタッシュケース、もう片方の手にも何かをぶら下げているが、よく見えない。
男がバツが悪そうにしていると、コレーが近付き、背中を押して男を前に押し出した。
その様子は何処か少年じみていたが、その内、アタッシュケースをその場に置くと、それをピィピィの方に蹴り押すようにして寄越した。
それを見たコレーに頭を叩かれて睨まれつつ、
「それ、やるよ。この前のは流石に悪かったからな。」
ピィピィが戸惑っていると、男は懐からフェイスマスクを取り出してそれを顔に付けながらピィピィの所へ大股で歩いて行き、アタッシュケースを開いて中身をピィピィに見せる。
ピィピィはアタッシュケースの中に仕舞われた、磨き上げられたクローム色の装甲に美しい桜色の髑髏模様が描かれた、スポーティーな流線形のサイバーレッグを見た。
彼女が普段から使用している鹿の脚をモチーフにした爪先立ち構造、ふと持ち上げて感じる、驚くほどに均整の取れた重量バランス。
ピィピィが顔を上げて見る、普段は絶対に遭いたくない相手ランキング堂々一位の顔面。流線形の起伏の無いのっぺらぼうのような黒いサイバーフェイスマスク。普段は海を思わせる青色の光を放っているフェイスマスクだが、今この瞬間は何も映しては居なかった。
「で、デビルフィッシュ=サン……?」
「ドーモ、ピィピィ=サン。デビルフィッシュです。この前、脚ブッ壊して悪かったな。」
「あ、いえ……戦ってればその内壊れる事もあったでしょうし……」
「そうかよ。ともかく、これは俺からの、何だ。その、詫びみたいなモンだからよ。受け取れ。」
「あ、はい。えと、ありが…」
「礼なんて言うんじゃねぇぞ。それじゃ俺の詫びにならねぇからな。いいか、これは俺が俺の気分の為にやった事であって、お前がどう思おうがいぃってぇ!!」
コレーがデビルフィッシュの背中を強く叩いた。
「素直じゃないわね、まったくもう!」
「いっっっってぇぇぇ……」
その様子をおろおろと見守っていたピィピィが、思い付いたようにしてアタッシュケースから取り出した脚を装着して、立ち上がる。
リエとしてはあまり見慣れぬ、ピィピィやコレー、デビルフィッシュからはとても見慣れた身長のピィピィが、デビルフィッシュを見上げながら言う。
「これは貰いますけど、まだ許しません。」
「あぁ、構わねぇよ。で、何を要求すんだよ?」
「ローラの居所を。」
その場に居たピィピィ以外の、リエとコレーと、そしてデビルフィッシュ。全員が目を丸くした。
デビルフィッシュのサイバーフェイスマスクのディスプレイにはシャチが悠然と泳いでいた。
「あなたが言ったんです。一晩で終われないシナリオだと。その理由は正しくこれ、ローラが連れ攫われるから。そしてこのシナリオの最も時間のかかる部分はローラが何処に連れ攫われたのかを調べるシーン、つまり今です。」
ピィピィが火花を散らす仮面を外すと、無表情のような、しかし真剣な眼差しをデビルフィッシュへと真っ直ぐに向ける。
「お願いします。」
デビルフィッシュはその視線を受け、ほんの少しだけ気圧された。
しかしすぐに持ち直すと、指先を向けながら言葉を紡ぐ。
「確かに、確かにそうだ。ここから乗り込むまで、そこが一番時間のかかる所だ。だが、俺たちは、そこまでを手早く終える事が出来た。しかしその上で、攻略を次の日に回したんだ。」
デビルフィッシュが一拍置く。
ディスプレイはシャチがマグロを捕食し、流血によって赤黒く染まっていた。
「奴らは吸血鬼だからな。夜のフルパワー状態とやり合うのはリスクが高過ぎる。だから一晩、置いた方が良い。それが俺たちの結論だった。」
「何だか、後悔がありそうな言い草ね?」
「ハハァ、流石はコレー=サンだァ。何よりゲームデザイナーってのは趣味が悪くてよ、いつだって『一番難しい所』に『一番良いエンディング』を仕込む生物なんだよ。」
ディスプレイのシャチがマグロを食らいながら通り過ぎて行く。静かな海中を思わせる青い画面。
「教えるのはやぶさかじゃねぇ。だが、ハンパじゃねぇぞ。」
「……リエさん。」
「私は構いません。それに、私なら吸血鬼と悪魔相手になら特攻を取る事が出来ます。」
「良かった。……お願いします。」
「任せてください。今度こそ。」
二人を見ていて、感極まったのか涙を一筋流しながら、コレーがデビルフィッシュの肩へと腕を回す。
「ねぇ、デビルフィッシュぅ……」
「あんたも行きたいってんだろ。好きにしろよもう…」
「いいえ、アナタも来るのよ? 道案内だけ、なんて野暮天なこと言わないでしょ?」
デビルフィッシュのディスプレイがイワシの群れを映す。その魚群の動きはまるで顔をしかめているかのようであった。
「来るの、良いわね?」
「わかった、わかったよ。だから肩抱くのやめろ気持ち悪ぃ。」
用語解説:魔法
術式を構築して物理学に依らない現象を引き起こす物をひっくるめて魔法と呼ぶ。呪文を唱える、印を結ぶ、神に祈る、精霊に頼む等、形式は種々様々。大半は精神力や魔力、集中力等と呼ばれる体力外の力を消費して行使されるが、稀に代償を求める魔法も存在する。巨大な魔方陣を描く、生贄を捧げる、天候を合わせる等、大規模な準備を要する物ほど効果は上がって行く。簡単に使用できる物でも回復や属性付与などそれなりの威力を発揮する物も多く、アビリティの構成に関わらず運用できる事から簡単な魔法を2,3個だけ習得しているカロンも多い。