エピソード4「最後まで男の恋人は見つからなかったよ……」
鏡夜が佐久間の元を訪れて二年が経過した。
相変わらず、鏡夜は女装のまま、精神障害と判断された男性達の所に通い、治療し続けた。
性欲の強い男性なら、一人位ひっかるやろ?最悪お友達(意味深)でも良いから誰かできないかな。
そんなことを考えながら、鏡夜は毎日、男性の心を救っていった。
合計五十人。出会った人全てが、鏡夜によって助けられた。だが、鏡夜の望んだ関係になる人は現れなかった。
男性の大幅な人口減少が理由で、男性は気持ちを抑圧され、その過程で性欲が大幅にカットされていたのだ。
鏡夜が治療をしはしたが、それでも性欲の回復はそこそこ程度で、男達は結婚相手位にしか、その気持ちは向かわなかった。
この世界の男性は、それが理由で基本的に淡白だった。
また、鏡夜の見た目にも問題があった。
美人だし誰か引っ掛るだろ。
そう思っていた鏡夜だが、鏡夜の見た目は美人の度を越えていた。
綺麗過ぎるのだ。ただでさえ芸術的に美しい女装に加えて、男心を完璧に把握する。それは結婚相手に向く気持ちというよりは、母親を求める子供の気持ちだった。
鏡夜が気合を入れれば入れるほど、鏡夜の望みは遠くに去っていた。
そして、鏡夜は悟ったのだった。
「この世界は、間違っている!」
それは鏡夜の心の叫び。愛を求める鏡夜の嘆き。
愛し愛されたい。ただそれだけなのに、叶わない。
自分はおかしくない。だったらおかしいのは世界の方だ。
鏡夜は、世界を変える決意をした。
佐久間にどれだけ愛されているのか、気づいていない鏡夜は、ある意味滑稽な存在になっていた。
「ということで、革命がしたいです」
鏡夜が佐久間に頼み、佐久間は内容を検討することにした。
「良いんじゃない?裏から支援するよ。で、どんな革命がしたいの?」
今までの生活で、人の良い鏡夜なら、酷いことをしないという信頼がある佐久間は、全面的に鏡夜を支えるつもりだった。
「男性の、恋人欲しい、叶わない。それならいっそ、国変える。字足らず」
「男性の、恋愛みたい、私達。みんなでやろうか、BL布教」
そうして、鏡夜と佐久間は手を取り合った。
ここに、自由恋愛推進派同盟という、非常に愉快極まりない迷惑な革命組織が生まれた。
名前は、最低限形になる程度は纏まった。だが、その目的は狂っていた。
『男同士の恋愛って最高だよな!流行らせようぜ!』
ただ、その為だけの組織だった。
佐久間が地区長という立場を使い裏でバックアップをし、鏡夜が頭領として組織を引っ張る。
ふざけた内容だが、国に対して喧嘩を売っているのは間違いなかった。一応革命団体だからだ。捕まったら即アウト。
女性なら重罪。場合によっては極刑。男性なら何をさせるか予想も付かない。
ただ、国の方も大した力は無いだろうと高を括っていたので、半ば放置に近い状態になっていた。見かけたら捕まえる。いつかは居なくなるだろう。
その考えは、非常に甘かった。
気づいたら、自由恋愛推進派同盟は十万人を超える大規模な組織に膨れ上がっていた。
これは政府もだが、佐久間も鏡夜も予想出来なかった事態だ。
革命団体ではあるが、人を傷つける気は無い。そもそも、男性同士の恋愛を認めさせたいだけなのだから、傷つける意味すらなかった。
では、何をするのかと言うと、BLを布教するだけだった。
鏡夜は自分の実体験を短編小説の形にまとめ、それを路上で配布した。
冊子の最後に、男性同士の恋愛は素晴らしい。それを政府が禁止するのは許せない。そう付け足した。
人口が末期な今で考えるとメチャクチャな理屈だ。だが、鏡夜にも考えがあった。
正直男性の負担が大きいし、それなら遺伝子提供だけさせて男性の自由を増やした方が人口増えるのでは無いか?
鏡夜はそう考えた。ついでに、その余った時間で自分はメイクラブ(意味深)したいとも考えていた。
最初はちまちまと宣伝し、ある程度話が大きくなったら、別の作戦を考える。その程度の浅知恵だった。
鏡夜の誤算はたった一つだ。
この世界の女性のほとんどは、深夜ドラマを見ている。そう、擬似BLの深夜ドラマだ。
つまり、総人口がそっくりそのまま、潜在的腐女子だった。
そんな人達が、男性が書いたと思われる、BL小説を見て、滾らない訳が無かった。
作品を読み、反応し、どういったルートからかわからないが、鏡夜に接触し、革命の参加を申し込む女性達。
こうして腐った革命仲間が増えた。
その彼女達は、鏡夜から実体験を聞き、鼻血を出しながら己の手で傑作を生み出していった。
小説を、薄い本を、分厚い薄い本を彼女達は書き上げ量産していった。
命を削るほどの熱量により生まれたその本を配り、更に革命家が増える。
募集しているわけでは無いのに、十万を超える軍勢。その上政治家達の中にも、自由恋愛推進派同盟を庇う者達が現れだした。
おそらくファンなのだろう……。
望んでいない方向ではあるが、確かに鏡夜は世界を変えうる力を手に入れていた。
そして、自由恋愛推進派同盟、通称BL団は、良質な作品を作る組織として、世間に認知されだした。
そこから更に半年立った。組織の勢いは止めることが出来ないほど強大になっていた。
「どうしましょうか佐久間様」
「どうしましょうかね鏡夜様。逃げる?」
我に返った二人が見たものは、BL本の売り上げと贈り主不明の多額の献金。それに五十万を超える集団だった。
「正直逃げたい。でもさ、これ逃げても逃げなくても組織止まらないよな?」
既に鏡夜は何もしていないのに、組織は勝手に膨れる様になっていた。
「そうねぇ。もしかしたら三国統一が出来るかもね。BL本で」
「そんな東一は何か嫌だな」
鏡夜は困り果てたが、どうしようも無い為、組織は部下に任せて、何も考えず佐久間とだらだら日常を送ることにした。
鏡夜が世界を訪れてから、確かに世界は良くなっていた。
最近では鏡夜が何もしなくても、精神障害から立ち直る男性も現れだした。
これの理由は二つ。
一つは鏡夜が助けた男性達が、鏡夜の代わりに男性達と話しをしに行っていた。
俺達も立ち上がれた。だから一緒に立ち上がろう。無理なら傍にいるから。男達はそう言って治療の手助けをしていた。余裕が出てきて、他の人を見ることが出来るようになっていた。
もう一つは、男性が沢山社会に復帰してきて、俺もがんばろうと自主的にやる気になった人が増えたからだ。
苦しみ続けた男達も、ようやくこの世界を受け入れることが出来だしたのだ。
この世界を受け入れられていない鏡夜の影響というのは、皮肉でしかなかったが。
佐久間と半ばいちゃついた様な生活をしながら数ヶ月。組織を放置してのだらだら生活を送っていたらBL団から連絡が届いた。
それは政府からの交渉願いだった。
交渉願いではあるが、どちらかと言うと降伏宣言に近い。
そっちの言い分を飲む。だから革命組織を止めてくれという政府からのお願いだった。
力技で潰すことを政府も検討した。だが、三億人の国の中で、BL団の本の愛読者は一億を越えるという政府にとって想像しえない結果が判明した。
もし、BL団を潰したら暴動間違い無しだ。この時点で、政府が出来るのは頼みごとだけになっていた。
鏡夜は政府と話し合い、お互いの妥協点を求めた。
まず、BL団は革命団体ではなく、そのまま書類販売の専門業者に代わった。何一つすることは変わらないが。
続いて、男性同士の恋愛の自由化。その代わり、遺伝子提供の義務化。並びに精神障害を持つ男性の治療の協力の義務化が決定された。
そして、今回の革命参加者を全員無罪にすることが決定された。
最後に、鏡夜は『ある頼みごと』を政府に要求した。
これに対して政府も難しい声を上げたが、最終的に合意した。
こうして鏡夜は、最後の大革命の準備を始めた。
『ある頼みごと』とは、全国放送に自分を生放送で登場させ、話す機会を与えることだった。
今回の頭首として、そして最初の男として、鏡夜は伝えたい言葉があったからだ。
その日、ほとんどの国民はテレビをつけて見ていた。
政府から、この日、この時間帯にはテレビを見て欲しいという不思議な要請があったからだ。
また、今日だけは仕事中でもテレビを付けろと命令された。出来るだけ、多くの人に見てもらう必要があると政府は言った。
それは稀有な事態で、この国以外もその放送に注目を集めた。
わずか十分ほどの時間。ただし、世界中が注目する十分だ。
そこに現れたのは、着物姿の美しい女性だった。鏡夜なのだが、その姿を男性と思える者はいなかった。
黒い着物に、花柄を基調した落ち着いた色の帯。すらっとした見た目で美しいながらも、どことなく迫力も感じる。
美しい着物に負けない、それどころか、着物以上に目立つ顔立ち。黒く短い髪が靡くだけで、女性ですらうっとりするほど、その顔は魅惑的だった。
着物姿にもかかわらず、彼女の印象は大人しい、落ち着いた。そんな印象では無かった。彼女の印象は、堂々として、麗しく、そして力強かった。
持たせるなら扇では無く、日本刀。抜き身の刀の様な、恐ろしい美しさを、彼女は担っていた。
そのまま、静かに歩を進め、着物姿の女性は、カメラの前に立ち、マイクを持って宣言した。
「俺が今回の革命の頭首で、そしてこの世界で最初に男に認定された、立花鏡夜だ」
いつも通りの、男性にも女性にも聞こえる声。これが、ありのままの鏡夜の姿だった。
撮影スタッフは皆、口をあんぐりと上げて驚愕していた。
「今回、言いたいことがあって、こうしてこの場を貰った。俺が言いたいことはたった一つだ。男とか、女とか、そんなに大きな違いか?」
この世界に来てから、鏡夜はずっとそう思っていた。
男は弱い。女が強い。だから男は病んで、女が守らないといけない。それがこの世界の当たり前で、そして男もそれを受け入れていた。
だが、鏡夜はそうは思っていない。男女に心の強さの差など無い。あるのは、負担の大きさだけだ。
弱いのは、自分がそう思い込んでいるからに他ならない。
「俺は普通とは違う。見て分かる通り、女性の格好をするのが趣味で、そして、性的にも男を好む。だからだどうした?人と違うという事は、人より劣るということでは無い。人と違う今の俺は醜いか?」
その声に答えられる者はいないだろう。鏡夜よりも、美しい者自体、この世界で存在するか疑問が付くほど、鏡夜は美しかった。
「何度でも言おう。だからどうした?男だとか、女だとか。そんなことはどうでもいい。大切なのはたった一つ。どう生きたいかだ。俺だってまっすぐ生きられるんだ。お前らだって、男とか、女とか関係なく、幸せに生きられるはずなんだ。それが無理なら、誰かに頼れ。本当に誰でも良い。誰もいないなら俺に頼れ。俺は、お前らがどんなのだって認めてやる。だから、この世界を共に生きよう」
それだけ言って、鏡夜h立ち去った。最初から最後まで堂々とした立ち振る舞い。
女としての魅力はもちろん、男としての魅力も見えた。立ち去る際にには、神々しさすら感じるほどだった。
人は、鏡夜の立ち振る舞いに神を感じた。
緩やかにだが、世界は変わった。
女性は男性を閉じ込めようとしなくなり、男性は生きる為の意欲を持ち出した。
劇的に変わった訳では無い。男性の自死は無くなっていないし、女性も生きるのに、将来に不安を抱え続けている。
それでも少しだけ、昨日よりも今日は優しい世界になっていた。
堂々と男性趣味をカミングアウトした鏡夜だが、結局男の恋人は見つからなかった。
むしろ男達の間で、鏡夜をマネして女装が流行った為、鏡夜の趣味としてはマイナスな結果になってしまった。
そんなある日、いつもの様に佐久間に慰められていた時、鏡夜はふとむらっときて、佐久間もそれに気づき、そういう流れになってしまった。
基本的に女性相手にそういうことをする気にはならない鏡夜だが、佐久間相手だと出来てしまった。
女性に対する忌避感は、佐久間相手には起きず、むしろ好ましいとすら思っていた。
佐久間は、鏡夜を愛しい夫であり、可愛い弟のような存在だと思っていた。
よほど二人の相性は良かったのか。たった一度で、佐久間は身ごもり、そのまま二人は結婚した。
それでも、鏡夜は男の恋人を諦めなかった。
最初は責任を感じ、佐久間の為に生きようと考えた鏡夜。だが、佐久間から衝撃の一言が飛び出した。
「え?実体験をして話してくれる約束は?ビデオ撮影は?」
むしろ発破をかけられた。
今までと同じ様に、男性を癒しつつ、そういう相手を探す鏡夜とそれをサポートする佐久間。
そして、いつもと同じ様に失敗して、佐久間に慰められる鏡夜。いつの間にかこれが当たり前で、鏡夜も佐久間から離れられなくなっていた。
最悪な世界だが、それでも希望だけは未来に残せそうだなと、鏡夜はそう感じた。
ありがとうございました。
最後に番外編で終わります。