エピソード2「元気になったら問題無いよね?」
借りた部屋で一晩明かし、翌日の朝。
部屋で目覚めた鏡夜はケツ意した。
よし。とりあえずこの世界の男と会おう。
特別何か考えがあるわけでは無い。ただ、おシリ合いになりたいだけだ。何も問題は無い。それに自分はネコ派だから大丈夫。深い意味は無いが。
そう思った鏡夜は、さっそく佐久間と話すことにした。
この世界で唯一知り合った人物。彼女からある程度の協力を得られないと、動くことが出来ない。
男の数が少ないということは、それだけ自分の体は希少だと言う事だ。遺伝子提供などの報酬で、それなりに協力体制を取れると打算出来る。
さっそく、今いる部屋に佐久間を呼びだした鏡夜。第一声にぶっちゃけて見る。
「ネコかぶるの止めるわ。俺、のぞみ言う。そっちも、望み言う。お互いハッピー。おっけー?」
部屋に入り第一声の爆弾に驚く佐久間。しかしそこはエリートビジネスマンぽい見た目の女性。
即座に部屋を閉め、鍵をかけてから親指を立て笑顔で返す。
「おっけー」
ニヤリと笑う二人。いい話し合いが出来そうだった。
「参考になる様に私の事を話しておくわね。私こと佐久間武美。第三地区長。すっごく偉い。地区内なら大体の事が出来るおっけ?」
その言葉に鏡夜は反応出来なかった。というか知らない言葉が出てきて何も言えなかった。
「ごめん。地区長って何?町長的なサムシング?」
まず、世界の常識が違っていた。
佐久間はこの世界を簡単に説明した。
人口の急激な減少と男性激減により、国が合わさっていき、今やこの世界は三国しか存在しない。
この国の名前は中央合衆国。三つの国の中で真ん中位の人口の国。
そして、中央合衆国は十二の地区に分けられる。地区ごとに差があるわけでは無く、平等に十二に分けられただけだ。
つまり、佐久間はこの国の十二人いるナンバー2の一人ということだ。
「ということで、それなりの物が提示できるわ。さて、鏡夜クンの望みを教えてもらえるかしら?」
蛇がカエルを見るような雰囲気で、ねちっこい笑顔を浮かべる佐久間。
だが、オカマバーベテランの鏡夜はその程度で慌てるほど脆弱な精神をしていなかった。
「俺はあっちの世界では、常に女性物の服を着てた。あんたらからは異質に見えるかもしれないが、俺は男性が好きな……」
「詳しく」
最後まで話し終わらない内に、佐久間のインターセプトが入る。見てみると、鼻息を荒くして興奮していた。
「詳しく。はよ」
にじり寄りながら繰り替える佐久間。その反応の仕方を鏡夜は知っていた。そう、それは妹と同じ人種。腐海の主。
ああ。男性がいなくなっても、腐の遺産は残っていたのか。鏡夜はため息を付きながら佐久間をなだめた。
この地区の深夜ドラマの七割は、男装した女性の擬似BL作品だ。女性の本能に刺激するような。女性の為に作られたその作品は、深夜枠とは思えないほどのヒットを連発し、多きときは八割の局が深夜ドラマを擬似BLにしてる時もある位だ。
そして、佐久間はそれにどっぷりとはまっていた。
このままだと、自分をネタに薄い本にされる恐れを感じた鏡夜は、本題に入って流れを変えることにした。
「俺、男の恋人欲しい。その為にまずこの世界の男元気にしたい。そっちに手伝い求める。おっけ?」
「けー」
佐久間は親指を上げながら笑顔で答えた。その顔は、鏡夜が見てきた女性の笑顔の中でも、最上級に輝いた笑顔だった。
「私、恋人欲しい。愛より、偶に一緒に映画みたり食事したい。後、そっちの今までの夜の情事について知りたい。ネタにしたい。おっけ?」
「……けー」
背に腹は変えられない。ネタにされるのは怖いが、それを代償で考えても、十分なほど、佐久間の能力と人格、なにより地位は魅力的だった。
こうして、後ろ暗い取引は成立し、男性ハンター(意味深)が誕生した。
さっそく、佐久間は鏡夜に資料を手渡す。それは男性の個人情報だった。
男の名前はファウル・ハーティ。二十歳。小学四年の時、担任に性的に迫られてから精神障害を患う。
それ以降、今までずっと療養の為建物から出たことが無い。
介護をしている女性は三人。ファウルはこの三人には怯えること無かった為選ばれた。
彼女達三人共、真っ当な介護をしていると思われる。そのため、三人の妊娠経験は無し。
真っ当な介護だと妊娠しない。その辺りで、男性が何故自殺をしていたのか良く分かる話だ。色々な意味で種馬扱いだったのだろう。
「ううむ。なかなかにくそったれな世界ですねぇ」
鏡夜の紛れも無い本音に、佐久間も頷く。
「そうね。私もそう思うわ。でも、なかなか上手くいかないのよね。これでも変えようとがんばってはいるんだけどね」
「難しいことですからねぇ。まあ。とりあえず俺が元気にさせましょう」
二人は頷きあい、未来に夢を見た。腐った夢を。
佐久間は、介護の女性三人に協力を要請した。
治療の為に男性を派遣するという、当たり障りの無い内容に、彼女達は喜んで協力を了承した。
こうして、詐欺みたいな方法で彼らの計画が開始した。
そう。
『草食系は趣味じゃないから肉食系にしてしまおう計画』が、今ここに始まってしまった。
ファウルは一人、部屋でぼーっとしていた。
テレビもつけない。パソコンも起動しない。本も読まない。
ただ、何も考えずに時間を浪費させていた。
未来も夢も何も無い。ただ、無気力に生きるだけ。
それは生きているとは呼べず、死んでいないとしか呼べない様な状態だった。
最初は看病の女性達も、何とかしようと色々手を尽くしたが、その行為に意味は無かった。
無気力で、人生に意味を感じていない。ファウルの人生の大半はこのぼーっとした時間。ただそれだけだった。
そんな枯れ果てた彼を、一匹の獣が窓から狙っていた。
佐久間が実行の許可を取ってくれた。
怪我を防げるマントも用意してくれた。
ファウル君も窓から離れている。
全ての準備、コンプリート……。
そして、鏡夜は、一発の弾丸となった。
ガッシャーン!
「お邪魔します!」
意味も無く、強引に窓ガラスを突き破り、部屋に侵入した鏡夜。
なんということをしてくれたのでしょう。あれほど無気力で無表情だったファウル君は鳩が豆鉄砲食らったような顔になったじゃありませんか!
内心わくわくを隠せない鏡夜は、ガラス避けに使ったマントをばさっと投げ捨て。ファウルを見下ろしながら宣言した。
「俺の名前は鏡夜。君と友達(意味深)になりに来た!」
もちろん。それ以上も可だが。
展開についていけないファウルは、鏡夜と名乗った青年をじっと見つめた。
それは人生で初めて見る自分以外の男だった。
男子同士を合わせたら女の子の相手をしなくなる。そんな下らない理由で、男子同士のふれあいを避けさせられていたファウル。
そして、成人する前にはずっとここに入り、人付き合いが極端に少ないファウルにとって、鏡夜はあらゆる意味で未知の存在だった。
この男は自分と違い、自信に満ち溢れ、自分と違って格好が良く、そして、とても馬鹿そうだった。
内心呆れているが、ファウルは、自分の頬がにやけていることに気づかなかった。
軽く自己紹介をして、たわいない会話をして、そのまま鏡夜は窓から帰っていった。
彼が帰った後に、すぐに業者の人が現れて窓を直していった。ファウルは何もかもが理解出来なかった。
ただ、友達になりに来てくれたのに、まともに会話が出来なくて悪かったと思い、その日の夜に、介護してくれる女性達に会話の練習をお願いした。
次の日、鏡夜はまたファウルの家を尋ねた。
今度は玄関から普通に入ったら逆に驚かれた。
「それで、何の用事でしょうか?」
昨日と違い、あまりどもらずに話すファウルに鏡夜は感心した。どうやら自分が来た意味はあったらしい。
「昨日と一緒さ。友達(意味深)になりに来た」
爽やかに継げて手を差し伸べる鏡夜。
突然手を差し出されて戸惑うファウル。いや、雰囲気的に可笑しい。
ファウルが反応できずにいると、更ににじみ寄り、手を強調する鏡夜。
手を握らないと終わりそうに無い状況に、ファウルは諦めて鏡夜の手を握った。
ファウルはそれで少しだけ、自分に足りない物がわかった。
自分には、こうやって無理やり何かをしようとしたことが一度も無かった。
これくらい、強引に生きても良いのかな。ファウルはそう悩んだ。
鏡夜は久しぶりに男性と手を繋げた幸せを味わっていた。
下らない話を繰り返す鏡夜。誰が酒に飲みすぎて全裸になった。とか、昨日の天気、とか。本当にどうでも良い話だ。
それでも、楽しそうに下らないことを話す鏡夜に、ファウルは自然に笑う様になっていた。
短い時間会いに来て帰る。たったそれだけだが、ファウルの日常に刺激が出てメリハリが出てきた。
笑顔の回数が増え、劇的に改善されたファウルを介助していた女性達は医者に診断を頼んだ。
まだ、精神障害有りではあるが、劇的に回復していると医者は判断した。
要観察ではあるが、このまま行くと回復するだろう。その結果に、女性達は泣いて喜んだ。
そして二週間ほど経ち、その日が訪れた。
ファウルの診断の結果、精神障害無しの判定。
つまり、もう閉じ込められる必要も無くなり、人権も回復する。
この世界で、二人目の正しい意味での男性の誕生で、世界で唯一、男性として復活した例だった。
「僕、鏡夜さんにずっと言いたかったことがあるんです」
非常に熱い視線を送るファウルに、鏡夜はときめいた。
確かに、好みとは違う。俺の好みはもう少しがっちりしたタイプだ。だが、それでもこれだけ熱い視線を送られるのは悪い気がしないな。
ふへへへ。鏡夜は悪い妄想に取り付かれる。
「鏡夜さんのおかげで、本当に大切な人が誰だが、わかったんです!」
そうかそうか。経験だけは豊富だから任せておいてくれたまえよ。たまにはリバでも構わんよ。
先の、更にその先の妄想を繰り広げる鏡夜。酷い顔をしているが、彼に心酔しているファウルは気づかない。
「僕はこの人達と結婚します。良ければ式の仲人をお願いしても良いでしょうか?」
そういってファウルは介護してくれた三人の女性を鏡夜に紹介した。
鏡夜は急激に冷めて冷静になった。
うん。めでたいことだ。確かに肉食系になったしいきなり三人を嫁に取るのはすごいしこの世界だと最高にめでたいことだ。
うん……。めでたいことだね……。
鏡夜は何も答えず、そのまま振り向き部屋を退出しようとした。
部屋の扉の前で、片手を挙げ、軽く振り、そのまま静かに鏡夜は立ち去った。
彼らを祝福するかのように……。
帰ってから泣いた。
佐久間に頭を撫でられながら鏡夜は泣いた。
その日の夜。二人で男装BL映画を見て楽しみ、BLについて語り合った。
思った以上に男装BLはクォリティが高く、鏡夜はこの世界が少しだけ好きになった。
ありがとうございました。