エピソード0
間違い無く、自分は幸せだ。
小心者の父。
豪快な母。
素直な妹。
そう、立花鏡夜にとって自慢の家族だった。
違和感を覚えたのは小学校低学年の頃だ。
自分の服装に違和感を覚え、他の子と話が合わない。
ゲームや玩具、特撮が流行っている中、自分は女の子に目が行っていた。
ままごとが好きで、暇があればいつも女の子達とままごとをしていた。
鏡夜があまりに楽しそうにままごとをするから男の子も参加し、うちのクラスはままごとクラスと言われたりもした。
違和感を抱えたまま生きて、そして遂に決定的な出来事が起きた。
中学二年の時に、同級生に初恋をした。
それは当たり前の様に男だった。
男なのに男に恋をする自分に怯える。違和感が形になり、自分という存在が歪に見えた。
これが自分が女の精神だったらまだ良かった。自分は男の精神でもある、そういう自覚があった。
両親にも言えない。何とか抑えて静かに、そして家族には隠して生きよう。
自分を押し殺しても家族に迷惑をかけたくなかった。それ位、鏡夜は家族を愛していた。
食事の時に、母から無神経な質問が来た。
「彼女の一人でも出来たかい?」
にやにやしながらからかう様に尋ねる母。
出来てないと応えてすねる鏡夜が見たかったのだろう。
中学三年。去年の初恋に諦めをつけ、燻っていた時だった。
「出来たらよかったけどね。難しいね。高校だと彼女の一人位見つけたいね」
作り笑いで誤魔化す鏡夜を母は面白くないといった顔で見た。
からかえない上にありきたりな回答だったからだろう。
だが、父がぶっちゃけた。
「でも、鏡夜は男が好きなんだろ?」
つい、呆然とした顔をして反応が遅れた。
母はびっくりしていた。
「あら!そうなのね。じゃあ彼氏出来たら教えてね」
父はそのまま食事に戻り、母もそれだけ言って食事に戻る。
もう少し何かあると思ったが、両親は本当にそれだけ言って何でも無いたわいない話を始めた。
違うのは妹だけだった。
妹は鏡夜の肩を叩き、嬉しそうに話した。
「化粧道具。貸して上げようか?」
その顔は欲に満ちた顔だった。
小心者だけど細かい所にまで気づく父。
豪快で何でも受け入れる母。
中一にもかかわらず素直に腐りきっている妹。
本当に自慢の両親で、鏡夜はその日初めて家族の前で泣いた。妹は自慢と呼べるか謎だった。
母はご飯が足りなかったのかという謎の発想からピザを頼もうとする。それを家族で止めるのに大変だった。
結局母は止まらず、鏡夜の夕食はピザになった。
疲れずに食べられるご飯が久しぶりで、その日からピザが好物になった。
中学を卒業したらそのまま働きに出た。
ただし、女装してだ。
美しい黒髪を靡かせる。後姿は女性と同じ。
正面から見たら女性だと確信するほどの美人。多少中世的だが、それが味になり一日二桁はナンパされる程。
体躯が小柄なのもだが、妹にずっとメイクを習っていたおかげで、鏡夜は女装は極めていた。
学生の内は流石に迷惑をかけると我慢していたが、卒業したら自由に生きようと決めていた。
仕事を女装して探すという無茶なことに、家族は皆賛成してくれた。
もう後ろ向きなことは考えない。これが自分だ。これが個性だと全面に出し、自分を売っていった。
最初は馬鹿にされ、嘲笑われた。だが、鏡夜は全く気にしてなかった。
家族が認めてくれた。だったら有象無象の暴言など耳に届きもしない。
かならず認めてくれる人はいる。そう鏡夜は信じていた。
機会は案外早く訪れた。
演劇で女装した男というピンポイントな役の募集があり、そこに参加した。
演技が向いていたらしく、演劇は成功した。
監督にべらぼうなほど褒められた。
女装も堂に入っていたし演技も良かった。
声にも芯が通っていたし、男女共の色気も出ていた。
見てくれる人がいて、鏡夜は嬉しかった。
そのままその監督に連れられて夜の街に出た。
鏡夜は、そうか。初体験するのか。
そんなことをドキドキしながら考えていたが、ついたのは別の場所だった。
そこはオカマバーと言われる場所で、鏡夜の先輩達のいる世界だった。
「おばちゃん。この子の面倒見てくれないかい?」
監督は、髭が生え、女装した大男にそう尋ねた。
「あら?綺麗な顔してるじゃない?表の道を歩いた方が良いんじゃない?」
鏡夜を見ながらそう呟くおばちゃん。それが優しさだと、鏡夜にもわかった。
「駄目なんだ。この子はもうそっちにどっぷりつかってるよ」
監督の言葉に、一瞬だけおばちゃんは同情の顔をした。
「そう。だったらとりあえず面接をしてみましょう」
そうおばちゃんは行って、鏡夜を店の奥に連れて行った。
おばちゃんは鏡夜の事を尋ね、鏡夜はそれを全て正直に話した。
自分に違和感を感じたこと。初恋は男だったこと。
そして、家族の売けいれるキャパシティがとんでもなく広いことを。
「キー!羨ましいわ!私の家族なんて私を化物呼ばわりしたのに!」
身長百九十に髭を剃らない女性は他にどう呼べば良いか鏡夜もわからなかった。
「とりあえず採用しましょう。明日朝から来て頂戴。それと、監督ぶん殴っとかないと」
「なぜでしょうか?」
鏡夜の質問に、おばちゃんは正論で返した。
「いや、未成年を連れて夜の店に来るとか論外でしょ」
確かに。鏡夜は今更気づき、微笑んだ。
鏡夜は次の日から、その店で働いた。
仕事は仕入れと配達。掃除などの雑用。おばちゃんは十八を超えるまでは夜の店に一切関わらせなかった。
鏡夜はその店で働き続けた。恩を返したいのもそうだが、何より自分が必要とされているとわかったからだ。
店にも客にも、多くの悩みを持つ人がいた。自分と同じ様な人で、苦しんでいる人もいた。
鏡夜はそういう人こそ救いたかった。自分が家族に救われたから。その人を助けて恩返しをしたかった。
十八になったら即夜のバーの手伝いをした。
盛り上げて、笑わせて、愚痴を聞いて、楽になってもらう。
細かい気配りの出来る父と、何でも受け入れる母を真似、皆を幸せにしていく。
それは演劇にも似た要素で、ままごとにも似ていて、そして家族に貰ったものを反す様にでもあった。
そして、会話だけでは解決できない問題にも手を出していった。
女性問題。性の問題。仕事の問題。
会話と、それで駄目なら何とかなりそうな頼れる先輩に頼り、とにかく一人でも多くの人の助けになりたかった。
そして、鏡夜は見事にやり遂げていった。来客のほとんど悩みを解消していった。
気づいたら男女問わず訪れるようになった。
女装しているにもかかわらず自信に溢れ、人の為に生きるということが町の話題になったらしい。
まさに鏡夜の天職だった。
そして二十五歳。店だけで無くその名声は町中に届き、夜の救世主と呼ばれる様になった。
人助けの一環で、自分と同じ様な悩みの人とロマンスを体験したことはあった。
ちなみに自分はネコ派だった。何のこととは言わないが。
だが、長く続く恋は無かった。大体が一夏の経験(意味深)で終わった。
それはそれで鏡夜は納得していた。少し寂しくはあったが。
それはそんなある日の事だった。
鏡夜は相手によって衣装を変える。
それは男と女装の二択という意味だ。
どっちが相手にして欲しいか。それに合わせていた。
家族に救われた鏡夜は、もう男の自分も女の自分も受け入れられていた。
ちなみにその日は全裸希望だった。何がとは言わないが。
ホテルの一室での治療行為(意味深)も終わり、相手は早々と部屋を退出した。
心に余裕が出たらしく、しないといけないことが見つかったらしい。
鏡夜は笑って見送り、一人になって孤独を味わう。この瞬間だけは好きになれなかった。
辛いわけでは無いが、やはり特定の相手が欲しかった。
せめて電話できる友達が欲しかった。
この町で派手に悩みを解消し続けたせいで、対等な相手がいなかった。
タバコに火をつけ、一服するが、気分は晴れない。
鏡夜は汗を流す為に、シャワー室に向かった。
ちょうどいいことに全裸だ。そのままシャワー室に入ろう。
ガチャ。
ドアを開けるとシャワーは見つからず、何故か知らない部屋に繋がった。
そこには、女性が十人ほどいて、皆がこちらを見ていた。
「キャー!」
女性の絶叫が聞こえる。
「ギャー」
鏡夜も叫んでいた。男には免疫があるが女にはあまり免疫が無かった。何より予想外の事態すぎて叫ぶ以外何も出来なかった。
慌てながらも、鏡夜は二つの事実を確認した。
一つは、あけたはずのドアが無くなっている事。
もう一つは、女性十人、悲鳴を上げながらも、その視線は自分の股間に注目していることだった。
ありがとうございました。
これ本当に大丈夫かな(´・ω・`)